愛すべきもの | ナノ


▼ 22 出会い

「わあ、この巣穴大きいね。これならクローデも入りそう!」
「そうだな。雪が降ってもしのげるだろう」

拠点を移して数日、僕らは新しい住み処を見つけた。奥行きのある洞窟のような穴蔵で、外からも茂みで守られている。
試験の終わりまで残り一週間ほど。天候の不安はあったけれど、あとは気力で乗りきろうと息巻いていた。

周辺の平地で彼が焚き火や荷物の整理をしていたとき、僕はそそくさと人化した。少年の手足が伸びて三角の獣耳とふわふわの尻尾つきだ。
もう少し成長したかなと思ったけど、驚いたクローデが近づいたときにあまり身長差が変わってなくてがっかりした。

「おい、なんでいきなり人化した。素っ裸じゃないか」

彼は慌てて僕に自分のコートを着せ腕の中で暖める。僕はドキドキした。同じ人間の目線で話せるのがやはり好きだ。

「だって、カエサゴの姿じゃいつも手伝い出来ないから。この姿のほうが便利だよ」

見慣れていた道具の扱い方を真似して、僕も拠点作りの助けになろうとした。クローデは「必要ない」と言っていたが、最終的には僕の行動を受け入れてくれた。

一応ニット帽を被り持ってきた服を着て、靴も履く。ああ、やっぱりこっちのほうがしっくりくる。 
獣の毛がないためかなり寒く、余計にこんな環境で動くクローデを心配もしたが。
二人がもっと近い関係に戻った気がして、心が熱くなった。

「ねえねえ、僕少しはたくましくなった? まだ細く見えるかもしれないけど……前よりは成長したよね?」
「ああ……だから腹を見せるなって、オルヴィ」

人間に近い姿をアピールしたくて服をぺらりとめくると、クローデは恥ずかしそうな様子で目をそらし僕の体を隠した。

その態度はなんなんだろう。まさか僕のこと、もう魅力的だと思わなくなったのかな。
屈強なハンターである彼に比べれば、ずっと小さい毛玉みたいなサゴでいたから。

僕は焦る気持ちを隠して彼の隣から離れず、石の上に座って湯を沸かす作業をしているときも、寄り添って話しかけた。
やがて彼がしびれを切らす。

「オルヴィ。そろそろ獣に戻ったらどうだ」
「……どうして? この僕、嫌なの?」
「違う。お前にキスしたくなる」

湯気の立つ鍋をじっと見るクローデが無表情でそう話す。僕の顔も沸騰しそうになりながら、ぱあぁって明るくもなった。
していいよ、して!ってお願いすると、彼は周りを見渡し、僕の顔を包み込むように手を添えて、一度だけ短めのキスをした。

離した彼の顔はどこか赤くて、本意ではなかったようだった。

「……終わるまでは、するつもりなかったんだ」

そう呟いて、また黙々と作業に戻る。寒さのせいか分からないけれど、耳も赤いクローデが愛しく思えた。
彼も僕のことを忘れないでいてくれて、同じ決意を持っててくれたんだ。
僕はちょっと意思が弱くて破ってしまったけど。

「へへっ。嬉しいー。早く交尾もしたいなぁ。ねえ、クローデ」
「……お前、もうちょっと言葉を選べ。今は…」

腕にまきついて幸せを味わっていると、ぴくんっと僕の耳が勝手に動いた。不思議に思って帽子を取り、辺りを見回す。
ずっと森にいるからか、獣人化した姿でも感覚が研ぎ澄まされているようだった。

「もしかして……。僕、ちょっと見てくるね!」
「あ? おい、オルヴィ!」

駆け出した体がなんだか変な感じだ。カエサゴの時より緩やかで重く怠く感じる。
でも僕はそのまま森の中へと足を踏み入れた。そこで見下ろしたものに目を剥く。ばん!とぶつかってしまったのは、姿勢を低くして隠れていたのか、警戒した様子のサゴだった。

そう、この前出会った小さな雄だ。

「んあぁっ! 痛いだろー! 君たちほんとに無礼なやつだなっ」
「ごっ、ごめん! 全然見えなくて! ……えっと君は、ノルテだよね? こんなところで何してるの? まさか僕に会いに来てくれたの?」

二回もこんな偶然はおかしいと思い、目を輝かせて問う。彼はそっぽを向いて「別にっ」と言っていたけど、樹木に囲まれたその場にもじもじと佇むと、僕を見上げた。

「今日は獣人化してるんだ。結構子供なんだね」
「うっ。そういう君は?」
「ボクはまだその時じゃないから。その姿にはなれないよ。お兄ちゃんはもうすぐって言ってくれるけど…」

少し拗ねた顔つきで話す。この子には兄がいるんだと知り羨ましくなった。

「いいなぁ。仲いいの? あ、また一人で出掛けて心配してるかもしれないよ」
「平気だよっ。ボクもうそんなに小さくないし。……君だって、あの雄、ほんとうに悪い人間じゃないの? さっき、君たち口と口つけてたけど」

さらりと描写されて僕は真っ赤になった。見られていたみたいだ。
後ろの尻尾を触りまごつく。

「うん。クローデはすっごく優しい人間なんだよ。僕の両親が亡くなったとき以来、ずっと助けてくれてーー」

僕は同年代のカエサゴ、ノルテに今までの経緯を詳しく話した。すると彼は予想よりもたいそう驚いた様子だった。

「……ええーっ! そうだったんだ。そんなこと、ボク知らなくて。……ごめんね、ひどいこと言っちゃって。君の……両親のことも。大変だったよね。……じゃあ、いい人間もいるのか」

急に申し訳なさそうにする姿に、逆に驚かされた僕は「気にしないで」となだめた。しかし彼はそんな風に人間を疑ってかかっていた理由を教えてくれた。

「家族に聞いたんだ。おじいちゃんの弟は人間にさらわれて殺されたって。だから、皆悪いやつだと思ってた」

うつむきがちに明かされて僕は言葉を失う。目の前の雄の家族も、こんな近い所にも、密猟者の犠牲になった者がいたなんて。

「そんな事があったんだね……僕のほうこそ知らなくて、勝手に自分のことぺらぺらとごめん」
「ううん。君が今安全ならよかったよ。ボク、お兄ちゃんと友達が君たちのこと話してるの聞いてさ。だから気になってーー」

彼が言いかけた時、後ろからすごい大きな声で「おーい、どこだー!」という雄の声がした。ノルテはぎくりとした顔つきで振り返る。

しかし声の主は素早い足音を鳴らし駆けてきて、あっという間に僕らの前に現れた。

「げっお兄ちゃん!」
「お前、また訓練抜け出して何やってるんだよノルテ! ……ん? 君は、この前の……サゴか?」

僕に向けられた若い中型の雄の瞳。僕は彼に見覚えがあった。この雄、最初の頃に出会った二人組のカエサゴの一人だ。
声をかけてくれて、さっと去っていった親切そうな彼ら。

「そうかあ、あなたがノルテのお兄さんだったんだね。すごい偶然! こんにちは、また会えて嬉しいよ〜。そうだ、クローデもいるよ!」

心配をしてくれた優しい彼らが兄弟だと知り、さらに嬉しくなった僕はもう友達になったみたいに話しかけた。

「あれ? でもどうして僕って分かったの? 人化してるのに」
「それは……匂いだ。あと、あの人間の匂いも君からするぞ」

そんな昔の匂いまで覚えてるのかと感心していると、お兄さんの視線が遠くに向けられる。そして「その、クローデだっけ? 彼が心配そうにこっち見てるんだけど」と教えてきた。

驚いて振り向くと、遠くで武器を下ろしたクローデが、やや気まずそうに片手を上げた。
彼もこちらに歩いてきて合流する。

「すまん、ちょっと様子を見ていた。大丈夫か?」
「うんっ。あのねクローデ、彼らは兄弟なんだって」

いきさつを紹介すると、彼もノルテはもちろん、以前会話した雄の兄のこともすぐに分かったようだった。
僕らは互いに自己紹介すると、わりとすぐに打ち解けた。正直、同年代とはいえこんなにカエサゴが話しやすい獣達だということに感動もした。

「そうか、それであんた達はこっちにまた移ってきたんだな。俺達の巣穴もそう遠くない所にあるんだよ。今はこいつの狩りの訓練していて、帰りにうちのばあさんの所に食べ物を届けるところなんだ」

ノルテの兄は名前をドニと言った。兄弟の両親は別の巣穴におり、兄は弟を一人前にするために鍛えているのだという。まるで今の僕と似てる状況だけど、お祖母さんのこともよく気にかけている家族思いの兄弟だった。

そこでクローデが突如あることを申し出た。

「お祖母さんか……二人とも、よかったら彼女に一度会わせてもらえないか? 可能なら話を聞いてみたいんだが。あるカエサゴの雄のことで」

それは他の誰でもない、ジオのことだ。長く森に住むクサゴなら何か知っているかもしれないと考えたらしい。
普段はクールな彼だがずっとジオのことは探っている様子だった。

事情を話すと彼らは快く了承してくれた。念のため兄のドニにも尋ねてみたが、年齢的にも若く、彼のことは知らないと言っていた。


お祖母さんの巣穴は二十分ほど歩いた場所にあった。僕とクローデは彼らの狩りに交じり手土産も用意した。
彼女は穴蔵の奥に一人で暮らしていて、高齢であまり体もよくないと言っていたが、かくしゃくとして元気な婦人であり、僕らのことを歓迎してくれた。

「おや、初めましてのサゴだね。それに人間の良い男。事情は孫から聞いてるよ」

客が来たと外に出てきてくれた細身のクサゴが、木のそばに寝そべり目を細める。彼女は次の瞬間、僕らをじろじろ見て思いがけないことを言った。

「ところで、あんた達番同士なんだろう? こりゃまた、ずいぶん初々しい雄カップルだねえ」

鋭い指摘に僕は目をぱちくりさせたが、クローデは意表を突かれたのか何も飲んでないのに咳き込んでいた。

「すごーい! どうして分かったの? その通りだよ。僕達好き合う番同士なんだ、ねっクローデ」
「……あ、ああ。そうだな、オルヴィ」

遥かに年上であるクサゴの見破りに観念したのか、彼も隣の僕を見て頷いてくれた。
おばあさんは「そんなの経験値だよ。見りゃ分かる。皆もそうだろう」と孫に問い、兄弟も頷いていた。
人間の世界では年の差や性別が問題視されることもあるらしいが、獣の世界では僕は彼を簡単に紹介できたので安心する。

クローデは僕達の経緯を説明したあと、さっそくジオのことを尋ねた。すると彼女からは知らなかった新事実が明かされる。

「ジオ! 懐かしい名前だわ。あの大陸からやって来た美しい雄かい。私が最後に見たのは20年ぐらい前だったけど、また戻ってきたんだねえ。……銀色の毛が混じった美男で、ふらっと現れては雌の注目を一身に浴びてたよ。でも雄には嫉妬されなかった、彼は雌達をまったく相手にしてなくてね、狩りでも強さでも誰も敵わなかったからねえ」

なつかしそうに語るお祖母さんに僕は興味津々で聞き入る。話によると、ジオは元々長距離移動が得意な種族で、他のカエサゴ達と違い特定の巣穴を持たず、この森全域をさまよっていたのだそうだ。

「ふうん。そうだったのかぁ。じゃあいつも一人だったのかな?」
「いや、親しい仲間がいたみたいだよ。けど、噂では密猟者に捕まったんじゃなかったか。詳しくは知らないが……それでジオも、この森から消えたっていう話だったね」
「……えっ? そうなの…?」

聞いていた僕らの空気がどんより落ち込む。彼もまた大事な仲間を無くした一人だったのだろうか。
もしそうなら、とても悲しいことだ。だから僕のことも生い立ちから気にしてくれたのかな。

「クローデ。ジオもそんな経験してたんだね。僕、なんだか彼が他人に思えなくなってきたよ……」

話しかけると、クローデは難しい顔をして「……ああ」と短く呟く。彼も思うところがあったようで、まだ獣人化したままの僕の手をぎゅっと握りしめた。
クサゴのおばあさんはそんな僕らを見て話を続ける。

「まあ、私も長年生きてきて色んなものを見てきたさ。悪い人間もいれば良い人間もいる。それはカエサゴだって同じこと。……クローデは、良いやつみたいだね。オルヴィ?」
「……うんっ! もちろん!」

出会ったばかりだけど、何でも見抜いてしまう瞳をもつ彼女に、お墨付きをもらったみたいで僕は嬉しく思い認める。

「話って、それだけでいいのか? ばあさんに聞きたいことあったら、何でも聞いていいよ」
「そうそう! ボクたちのおばあちゃん、『生き字引き』だから物知りなんだよ!」
「あのねえあんた達。確かに私は寿命が近いけど、過剰に年より扱いすんじゃないよ」

三人が楽しそうに話す中、僕はうーんと腕を組んで考えた。
悩みといえばたくさんあるけど、どれもがクローデや彼との生活に関することだ。そんな個人的なことを明かすのも彼に悪いと思い、単純に気にしていることを尋ねた。

「あのね、僕、見て分かるように今も獣人化してるんだけど。もちろんカエサゴ本来の姿も好きだよ。でも、こっちの姿でもいたいなぁって思うことが多いんだ。それって……やっぱり悪いことかな?」

個人的な話はしないと思ったのに、隣が気になってちらりと見る。すると彼は青い瞳を揺らして、僕の肩に優しく触れた。
困った風に「なに言ってるんだ。全然悪くないぞ」と先に答えるクローデに、照れくさくなる。
おばあさんもはっきりとこう答えてくれた。

「そうだよ、悪いものか。オルヴィ、少し勘違いしてるみたいだね。どっちの姿もカエサゴ本来のものなんだよ。……私には、どうして私ら種族が他の動物とは違って、人間の言葉を話したり、似た姿を持つのか由来は分からない。でも、こう思うんだ。もしかしたら、カエサゴは人間が好きなんじゃないかって。私達の祖先はそうだったのかもしれないよ。……好きなものって、その人に近づくために真似したくなるだろう? 同じものを着て、同じものを食べて、見て、笑って……。だからオルヴィ、あんたがクローデに似た姿を好むのだって、全然おかしいことじゃないよ。私は可愛いと思うけどね」

そう笑って、真摯に話してくれたお祖母さんに、僕は勝手に目頭が濡れていった。なぜなら完全に僕の気持ちにぴったりの答えだと感じたからだ。

「あっ、ありがとう……」

でも段々恥ずかしくなってきて、赤い顔を下げた。しかし隣の雄はかまわずに僕の頬を触り、優しい眼差しで、何も言わずに気持ちを伝えてくれる。

そうだったのか。僕はなんだか最初からクローデのことで頭がいっぱいなんだなぁと改めてわかり、気恥ずかしくも思った。

「さて、そろそろ暗くなってくる。今日は若者達と話せて楽しかったなぁ。またおいで、皆。……そうだ! ドニ、ノルテ。二人にお土産だよ。あの鍵を持ってきておくれ」

お祖母さんが兄弟に頼み、二人は快く返事をしてその場から去っていった。僕とクローデは顔を見合わせたけれど、鍵ってなんのことだろう?

しばらくして渡されたのは、銅色の錆びた古い鍵だった。
クローデはまじまじと見て尋ねる。

「おばあさん、これは……? 何か、開けてくればいいのか?」
「それは自由にしてちょうだい。でもね、きっと役に立つよ。実はそれは、小屋の鍵なんだ。時々孫達も使っているんだけど、今はあんた達に貸してあげる。もうすぐきっと雪が積もるよ。その大事な試験、私らも応援してるからね。無理しないで、使いなさい」

なんとそれは彼らが主に獣人化したときに集まったりしている、いわば別荘のような場所の家の鍵だった。そんなすごいものを貸してもらって、本当にいいのだろうかと思う。

「そうか……ありがとう、おばあさん。ありがたく受け取っておくよ。使うかは分からないけどな」
「まったく。あんた良い男だけどお堅いねえ。あんたは大丈夫でもサゴが心配なんだよ。分かってるね?」
「…ああ、大丈夫。分かってるよ、俺もこいつが一番大事なんだ」

僕の頭をぽすっと大きな手が撫でてくる。くすぐったくて笑みがこぼれ出た。
この鍵、使うときが来るのかな。もしクローデと二人きりで過ごせるなら嬉しい。彼と同じ、この姿でーー。

思わぬ出会いの証をもらった僕達は、あとわずかな終わりの日まで頑張ろうと誓った。



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