▼ 7 終
「んッ……んん……先生、もう離して……」
「……まだダメ、足りないよ田中」
「む、無理だって……俺、もう出ねえよ…っ」
「俺は出るから大丈夫、もうちょっとだけ…しようぜ」
おかしい。
ずっと俺とセックスしたがっていた生徒が、腕の中で逃げたそうにもがいている。
正常位でキスを繰り返し、腰が止まらない。
挿入をして腰を振れば振るほど、自分の形に馴染んでいく。数時間前まで処女だったとは思えないぐらい、田中はもう俺にぴったりになっていた。
理性が崩壊したあとは、転げ落ちていくように奴の魅力にやられた。
小生意気な口調も、男っぽい顔つきも、頑丈な肉体もーーすべてが美味しく、可愛く思える。
「なあ、先生とのHどうだ。よかったか?」
「……は? なにオヤジみたいなこと聞いてんだよ。いいからそろそろ抜けよ!」
「つんつんすんなよ。お前が誘ってきたんだろ? 正直に言えって」
まだちんぽが挿ったまま、頬を撫でて尋ねた。
田中が視線を逸らし、触れたところが赤く染まっていく。
「良かったよ、すげえ……」
肝心なところは素直な奴で、そういうところが中々気に入っている。
「先生、あんたどうしたんだ…? なんかおかしくないか。昨日はあれだけ冷たかったのによ」
「……え。まあそれは悪かったけどな、俺だって必死だったんだよ。お前の誘惑すり抜けるのに」
若干気まずい思いで答えると、田中がやけに大人びた笑みを見せる。
「結局すり抜けられなかったな」
「ああ、そうだな。……お前にハマっちゃったかも」
ぐっと抱き締めたら、小さい悲鳴が上がった。
俺は普段、寝たら速攻冷めるタイプなのに、こんなに熱が治まらないのは珍しい。
単なる相性の問題なのか分からないが、田中の体が肌に吸い付いてきて、離れられなくなってくる。
「俺もそうかもなぁ……なんてな」
余裕ぶった17才に対し、眉が自然にひくついた。
「なんだそれは。お前いい加減にしろよ」
「あ? なんで先生が怒るんだよ。あんた切れ所意味分からねえ」
呆れたように言われて顔を近づけた。そうだ、俺は本気だ。
「責任取るって言っただろう。忘れるなよ、田中」
「……なぁ、それどういう意味? まさか俺の為に、学校辞めるとかいうなよーー」
途端に焦った表情で問い返す生徒だが、その時、突然チャイムが鳴った。この一軒家のだ。
俺はもちろん顔面蒼白になる。
「おい! 誰か来たぞ! どうすんだ田中!」
「落ち着けよ、郵便とかだろ。ていうかどいて先生」
繋がった部分を一瞥して、また恥ずかしそうに促された。俺は素早くブツを抜き、急いで近くの服を着込もうとする。
田中は重そうな腰を上げて少しさすると、Tシャツとズボンに着替え、玄関へ向かった。
ほんの一瞬で現実に引き戻され、己がやったことの重大さがのし掛かる。
部屋の扉を少しだけ開けた俺は、廊下から玄関の様子を伺った。
しかし、外ではとんでもないことが起きていた。
「と、父ちゃん……なっ、明日じゃないの? 帰ってくんの……」
「よう、ただいま育太。いやあ、お前がやっぱりちょっと心配になってな。こいつも帰ろうってうるさくてさ」
嘘だろう。田中のお父さんが帰ってきてしまった。
血の気がどんどん引いていくが、悲劇はそれで終わらない。
「おはよう、育太くん! この前はすまなかったね、君のプライベートに立ち入りすぎたなって、俺反省して……隆さんにも怒られちゃったし。今日はそのリベンジに来たんだよ、これからもっと君と仲良くなれるよう、頑張るつもりだ!」
朝っぱらから先輩の声が響き渡り、田中が頭を抱えてうなだれるのが目に入った。
「あんたな、色々ズレてるぞ。つうか声でけえんだよ。……はあ。とにかく恥ずかしいから中入れよ」
……ちょっ、中に入れてどうするんだ、担任の俺がここにいるんだぞ。
その前に靴が玄関に置きっぱなしだし、居間に荷物も置いてある。
言い逃れ出来ないじゃないかーー。
いや待て。下手に取り繕わないほうがいい。
堂々としていればいいんだ。こいつを抱く前に、俺は覚悟を決めたのだ。
教師であると同時にひとりの男として。
服を正した俺は鏡で身だしなみを整え、部屋を出た。
窓から光の射す居間には、すでに三人の男達がいた。
「あの、おはようございます。田中のお父さん」
俺が声をかけると、主に田中親子が驚きに目を見張り振り向く。
平常心を保ちながら、荷物から眼鏡を取りだし装着する。
「あ、あんた何やってんだ、俺の家で……育太、どういうことだ!」
「……えーっと、父ちゃん落ち着いて。先生昨日から泊まってるんだ。俺のこと心配して来てくれてさ」
保護者にじろりと睨まれ、激しい疑いの目が突き刺さる。
この間の一件のせいか、まるで信用されていない。
実際俺はほんの数分前まで、受け持ちの生徒と許されざる事をしていたのだ。
「俺に親身になってくれて、悩みとかも軽くなったよ。だから先生のこと怒らないでほしい」
そう述べる田中は憑き物がとれたかのように、すっきりした面持ちだった。
確かに親身に触れ合いはしたが……
俺はしかめっ面で殺気を放つ父親に向き直った。
「ええ、それは事実といえばそうですが。お父さん、お話があります」
「……なんだ。先生」
「この間の件なんですが、田中との交際を認めて頂けませんか。私は本気です」
「はっ? 先生…? 何言ってんの?」
目の色を変えた保護者より先に、唖然とした声を上げたのは田中だった。
「……冗談だよな?」
しかし奴の首もとが少し赤らんでいるのを見逃さない。
俺は眼鏡を直し「聞こえなかったか。本気だ」と一言かっこつけて告げた。
「お前何を言い出すんだ、ふざけるなよ! 俺は刑事だぞ、逮捕されたいのかッ」
豹変したお父さんに掴みかかられそうになるが、彼は背後に控えていた先輩に羽交い締めにされた。
「隆さん、落ち着くんだ」
「落ち着いてられるか、離せ! 俺の息子だぞ! ……ッお前まさか、育太に手を出したんじゃ…?!」
「ち、ちげえよ父ちゃん、んなことないから」
田中はなぜかへらりと頬を緩めて否定した。
おいつくならちゃんと嘘つけよ。そう思ったのだが、俺も嘘をつくのは得意ではなかった。
「それはなんとも言えませんが……我慢します。約束します」
「……てめえ、ふっふざっ、本当に豚箱に入れるぞッ」
お父さんに恫喝されながら、冷静に覚悟を表明する。
保護者の面前でこんな罪が、身勝手が許されるわけはないだろう。しかし、大事な生徒をこの手で守ることこそが俺の本望であり、責務なのだ。
「お前はどうなんだ育太、こいつのことなんか好きじゃないだろう? たぶらかされたんだろう!」
「違うよ。……俺がしつこく頼んだんだって。上手く言えないけどさ……父ちゃん、ちょっと先生と話させて」
会話を中断して部屋に戻るとすぐ、俺は扉に押し付けられた。
ガタイのいい高校生にすごい気迫で睨まれている。
「おい先生、どういうことだよ」
「お前こそなんだよ。お前が望んだんだろ? 俺の恋人になりたいって」
まっすぐに目を見て尋ね、確かめるように顔を近づけた。微かに反応する頬に手を添え、キスをする。
奴は驚いたようだが、抵抗せずに腰を震わせている。
考えてみれば、夜通し抱いたのにこいつピンピンしてるよな。さすが若さが違うな。
「言ったけどさ……親に言うなよ」
恥ずかしそうに顔を背けられ、俺は首をひねった。
「どうしてだ? 本気じゃなかったのか。悲しいな、俺は真面目に受け取ったぞ。先生と一回やったらもう飽きたのか?」
「一回じゃねえだろ、何回もやりやがって!」
瞬時に手のひらで奴の口を塞ぐ。この生徒は馬鹿なのか、まだあの二人が外にいるんだぞ。
「んん!」
真っ赤な顔で睨まれても、俺はここまで来たら引くつもりはないのだ。
やがて解放された田中は近くのベッドに腰を下ろし、おもむろに俺を見上げた。
「先生、付き合うって……どうするんだよ」
「さあな。普段は学校で教師と生徒として話したり、表面上は普通にするしかないだろうな。宣言した手前、キスまでしか出来ないし」
「……えっ?」
一瞬戸惑う奴の顔が、そそる。
俺の中でまた不埒な欲望が顔を出す。
「なんだよ、足りないか? さっきみたいなこと、またしてほしいの?」
「……知らねえ」
目を逸らす生徒の本当の気持ちが、教師の俺には分かっている。
その後俺たちはどうなったのか。
いつも通りの日常に、秘密の関係が加えられたのは確かだ。
田中のお父さんにはまだ認められていないが、二人の仲は静かだが熱々と育まれている。
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