大好きなオスにぶっかけたい
山猫族に伝わる子作りの伝承。それは「好きな相手に男のアレをぶっかけると、妊娠する」というものだ。
今日晴れて成人を迎えた俺は、祝い酒で盛り上がる夜のパーティーをこっそり抜け出した。
栗色の毛並みを颯爽と風にきらせ、森林を駆け抜けていく。山のふもとにある人間の集落へ向かうために。そこに住む人族のオス、愛するナージェにいよいよ、思いの丈をぶっかけるためにーー。
愛するといっても、ナージェは俺のことなんか知らない。
人間を警戒する山猫族は「残虐な人族には近づくな」と口をすっぱくして言ってくるため、俺はいつも猫の姿で遠くからストーキングしているだけだ。
でも今日は違う。成人した一人前のオスとして、想い人に愛を伝える日なのだ……!
石造りの建築物が並ぶ集落に、山猫の姿で入り込んだ。いつもの道のりでナージェの家に向かう。外の松明のそばには、武装した門番が立っていた。
俺は裏手にまわってナージェの寝室の窓際にたどり着いた。
重なる薪の上に飛び乗り、中の様子をうかがう。寝台のカーテンの隙間から、太さのある長い足が見えた。
やっぱり。週末のこの時間、ナージェはよく酒を飲んで寝ているのだ。
俺は山猫の姿から、人の姿へと変化した。
栗毛で白肌の若者が映る窓を静かに開ける。気配を消して侵入した部屋の中は、暖炉の火がぱちぱちと暖かく、つい眠気が誘った。立てかけてある弓矢や刀類に、ナージェの勇ましい戦闘姿を思い浮かべ興奮が増す。
「……ナージェ?」
寝台のカーテンに手をかけて現れたのは、がっしり逞しい体躯の大男だった。
村でも見たことがないほど、隅々まで鍛えられている戦士の体だ。身長も俺の2倍、いや1.5倍はあろうかと思われる。
耳より長めの美しい金髪に、開けたら神々しいまでの金色の瞳。
見とれている場合じゃない。
俺は口にくわえて持ってきていたお香を取り出した。これは村のお婆からもらった人間用の眠気薬だ。
ナージェは強い。起きてしまったら俺は間違いなく負けてしまうため、近くの小机にセットして香を焚く。
そうしてようやく、俺はナージェにかかったシーツを開いた。
するとなんと……!
ナージェは何も身に付けていなかった。初めて見る大きな逸物に目が釘付けになってしまう。
しゃぶりたい。大好きなオスのものを舐め回して味わいたい。
でもそうしたら起きてしまうかもしれない。今日は我慢して目的を達成させなければ……。
身軽な体をナージェの腰に股がらせ、自分のちんぽを握った。こんなに格好いい想い人を間近に見られて、もうすでにカチンコチンになっている。
「はぁ、はぁ、ナージェ」
真っ白な自分の肌と、人族の雄々しい褐色肌のコントラスト。これから汚してしまうことに、罪悪感と背徳感が混じり合う。
「んあっ、あぁぁ、でるぅっ」
すぐにイッてしまいそうになるが、大切な初夜の交わりを終わらせたくない。
俺はナージェの上に覆い被さり、口を顔に迫らせた。いつか唇に出来るかもしれないから、その時のために取っておきたくなり、ナージェの男らしくすっきりとした頬に軽くキスをする。
すると我慢出来ずにぶるるっと下半身が震え始めた。山猫族は射精が早い。
実際に確認したことはないが周りの男達が言うには、早くて回数をこなすタイプなのだそうだ。
「や、やばっ、もう出ちゃう、ナージェぇえっ!」
例にもれず俺も一回目をナージェの腹筋に出し終わると、興奮冷めやらずすぐにまた勃起した。
今度は筋肉の張った胸筋をめがけて発射し、他にも脇腹や腕や足、調子に乗って鎖骨あたりにも出してしまった。
「んあ……はあぁ……ん」
これが、子作り……。
本当は愛する人にも起きていて欲しかったけれど、今日は我慢だ。まだその時じゃない。
ぬらぬらと精液をまとう屈強なオスの体を見下ろしながら、俺は人生において最も大事な仕事を終えた。
立ち上がり、再びナージェの頬に口づけを落とす。名残惜しく部屋を後にする前に、プロポーズ用に絞めたトカゲを顔の横に置いた。
「ナージェ、また来るね」
眠っている想い人に声をかけて、俺はこっそりと窓を通り抜け、また山猫の姿で走り去ったのだった。
翌日、俺はナージェの起床時間を狙ってまた窓枠に潜んでいた。
耳をぴんと立てて中の様子を伺うと、人影があった。室内の異様な光景に目を引かれる。
「……というわけだ。見れば分かるだろうが、起きたらワシの体が野郎の精液にまみれておった。どこのどいつだ? こんなふざけたことをしやがったのは!」
腰にタオルを巻いた後ろ姿のナージェが、布で体をごしごし拭きながら、前に一列に並んだ男達に叫んでいる。
けれど、俺には人間の言葉が理解出来ず、何を言っているのか分からない。
「恐ろしいっすねえ、ガチムチな首長にそんな変態的なことをするとは……命知らずな野郎だな」
「ええ。貴方が男もイケる口とはいえ、身の毛もよだつお話です。うちの氏族の犯行とは考えたくありませんし……きっと外部の者の仕業なのでは」
武装した若い男と眼鏡の男が、真剣な顔で何やら話し込んでいる。
もしかして、俺の子作りの儀式が問題になってしまっているのだろうか。いつもは凛々しい顔のナージェの眉毛がつりあがっていて、びりっとした殺気が窓越しに伝わってくる。
どうしよう……本能のままにぶっかけてしまったが、やっぱり人間にはまずかったか……。
「おや、見てください。やはり窓が開いていますよ。不用心ですねえ。まったく、酒を飲んで寝るからこうなるのです」
悶々と考えていたところに、いつの間にか眼鏡の男がやって来て、ガラス窓を引こうとした。
すぐに隠れようとしたが、中にいる男達と目が合ってしまう。その中でも驚きの表情をしたナージェが窓の近くに歩いてきて、下に隠れた俺のことを見つけた。
「おい、おまえ。そんなとこで何をしてるんじゃ? こっちに来い」
太い腕を伸ばされ、予期せぬ展開にまばたきを繰り返す。
ナージェは途端に表情を柔和なものにし、俺を両手で抱き上げた。
分厚い胸板に包まれ、部屋の中に上がり込んでしまう。
「可愛いのう。腹が減っておるのか?」
下がった目尻に見つめられ、喉を武骨な指で撫でられた。俺の全身が瞬く間に沸騰しそうになり、くらくらと目がまわっていく。
「にゃあ……にゃあ……」
「んん? どこから来たのだ。名はなんという?」
まさか。遠くから見ているときはまるで気がつかなかったが、ナージェがこんなに猫にデレてくる人間だったとは。
感動して嬉しくて、涙がにじみそうになった。
「似合わねえなあ、なんすか首長。それ新しいペットすか?」
「はっ、ワシはこう見えて獣が好きなんじゃ。……ペットか、それもよいな」
二人が何を話しているかまるで分からないが、ペットという言葉だけ聞き取れた。ナージェは機嫌が良さそうで、こっちまで嬉しくなる。
「待てよ。今のワシは少し匂うかもしれんな。こいつが可哀想だ。おいちょっと、湯を浴びてくるから見といてくれ」
ナージェは突然抱いていた俺のことを、眼鏡の男につきだした。
えっ。もう飽きたのか?もう少し一緒にいたかったのに。
悲しい鳴き声を出した俺の頭を触り、ナージェはどこかへ行ってしまった。
しかし俺は捨てられたのではなく、その後人族の者達に手厚い世話を受けた。眼鏡が連れてきた側仕えの二人は、普段ナージェの身の回りのことをしていて俺も知っている。
森林を駆け回っていたせいで汚れていた体を桶の温かい湯で洗われ、ふわふわの布で包まれる。
食べ物も水も与えられ、寝床に使える大きめの籠まで用意してもらえた。
そこで俺は気づく。
もしかして俺は、ナージェの伴侶として認められたのでは?
この丁寧すぎる歓迎の仕方は、そうに違いない。
清潔になり温まった体同様、ほくほくした気持ちで俺は体を横たえた。
ナージェはやがて戻ってきた。寝起きとは違い、神々しい金髪を後ろに撫でつけ精悍な顔立ちで現れる。人族の長の証である民族服をびしっと着込み、その立ち姿に改めて見惚れた。
やっと二人きりになれたと思い、俺は一大決心をする。
このままの姿では、やや分が悪い。見劣りしないよう一匹のオスとして自己紹介をする必要がある。
「にゃぁ」
腰を上げて声をかけるとナージェは笑みを作り、目の前に膝をついてまた俺を抱き上げようとしてくれた。
同時に俺は、人の姿に変化することにした。ふわ、と現した人間の手足と胴を初めて見せ、緊張して反応を待った。
「んっ……? な、なんじゃ……!?」
俺は全裸だった。唖然としたナージェの見開かれた金の瞳が突き刺さる。
頭の先から爪先までじろりと眺められ、体が熱くなっていく。
「おまえ……化け猫だったのか? いや……そういえば先程の栗色の毛並みと、黒い縞模様……その姿ーー山の上に住む山猫族の特徴に似ておるな……」
俺はひたひたと裸足で近づいて、大男の前に立ち見上げた。夢にまで見た出会いの瞬間に我慢できず、腕をがっしりとした胴体に回す。
「ナージェ。俺を覚えてる? ずっとこうしたかったよ……」
うっとりと見つめると、ナージェは驚きつつも、少しだけ頬を赤くしたように見えた。
でも俺の言葉はやっぱり伝わってないみたいだ。
「今、ワシの名前を口にしたな……知っておるのか?」
俺を抱きつかせたまま腰をそっと支えられ、優しく何かを聞かれている気がする。
首をかしげていると、「そうだ、ナージェだ。おまえは?」と自分と俺を交互に指して名を告げたため、俺ははっと顔をあげた。
「セティ。俺はセティだよ!」
「……セティ? それがおまえの名か?」
やっと通じた、それに初めて名前を言ってもらえたと喜びに舞い上がった俺は、何度も頷いた。
そして周りをきょろきょろと見渡し、暖炉のそばに置いてある大きな弓と矢に手を伸ばす。自分の体には合わずよろけそうになるが、それをナージェに向かって射るようなポーズをとった。
「おっおい! なんじゃいきなり、危ないじゃろう、おまえ刺客だったのかっ?」
「ナージェ、思い出して。俺が森で密猟されそうになったとき、ナージェがこの弓矢で敵を射ってくれたんだ、やっつけて助けてくれたんだよ」
必死に二人の出会いを説明する。それは本当の話だ。山猫族の毛皮目当てに狩猟を行う犯罪者から、俺を救ってくれた優しいナージェ。
数十メートルも離れていたというのにあの時のニヒルな笑みと「もう大丈夫だ」とまるで俺に話しかけているかの様な勇猛なオスの姿は、けして脳裏から離れず俺を痺れさせたままだ。
猫の姿に戻ってばたんと倒れ、死んだフリをしたりと当時の回想にひと芝居打つと、ナージェは最初ぽかんとしていたが、だんだん顔つきが変わってきた。俺のことを思い出してくれたのだろうか。
「そうか……おまえがあのときの、猫だったのか。今よりもっと小さかったが……信じられん。それでワシに会いに来たのだな。……なんと健気な猫じゃ」
ナージェと対等でいたくて再び人化した俺のことを、もの珍しそうな笑みで見つめ、頭をくしゃりと撫でた。
「ナージェ!!」
「うおおっ! おい、落ち着け。おまえ真っ裸じゃぞ、さすがにワシも目のやり場に困るのでな……まったく、やたら艶かしい体をしおって…」
受け入れてもらえたと信じた俺は、夢のような出来事に興奮し、また抱きつく。
そして腕を巻きつかせていたナージェの胴を、はたと思いじろじろ眺めた。おもむろに上の服をたくしあげて、ナージェの硬く引き締まった腹筋に再会する。
「……な、なにをしておる? ワシの腹がどうかしたか」
昨日ここに俺の源をぶっかけたのだ。ナージェはもう、孕んでくれたのだろうか。
気になって気になって仕方がなくなった俺は、事態が飲み込めていない様子の婚約者にまた説明することにした。
「ナージェ、ここ。もう孕んだかな、まだ早いかな?」
ナージェの腰に自分の下半身を押し付け、揺らす。起きている時だから恥ずかしい思いはしたが、気が済むまで擦りつけたあと、ぱっと離れた。そしてすかさず、両手を使ってお腹が丸く膨らんだ動作をして見せた。
ナージェは呆気に取られていた。ああ、どうして俺は人間の言葉が話せないんだろう。もどかしくてたまらない、こんなにも「俺はナージェを孕ませたいんだ」と伝えたいのに。
「なるほどな……分かったぞ。ではおまえだったのか、昨日ワシにあんなことをしたのは……」
目の前のオスの顔が、だんだんと上気していく。俺の言うことが通じたようだが、怒ってはいないみたいだ。
「あんな風に好きなだけぶっかけおって、見かけによらず、たいそうな変態じゃなあ。それにあの不思議な香に死骸は……あれはおそらくワシへの土産の品じゃな?」
にやりと色めいた金の瞳に見つめられ、俺は思わずうんうんと頷いた。
ナージェから色香がぷんぷん漂ってくる。猫の俺には分かる。このオスは、発情のフェロモンを発している。
「つまりおまえはワシに、求婚しに来たのだな。ワシの子が……欲しいんじゃろう? のう、セティよ」
ナージェは俺の名前を呼んで、初めて俺の腹にそっと大きな手のひらを乗せてくれた。
思いが……通じた。
じわりと涙で潤みそうになるほど、感動的な瞬間だ。
「参ったのう。こんなに愛くるしい者に求められるとは……。ついワシも、おまえを孕ませてやりたくなってしまうのう」
ふふ、とはにかむように笑うナージェを、俺は何も知らず幸せな思いで見上げていた。
その日から俺は、人族の首長の屋敷で毎日を過ごすことになった。
今までは遠くから覗き見しているだけだったのに、食事をしているナージェや、書斎で仕事をしているナージェ、戦闘訓練の指揮をするナージェや、皆と会合したり宴を開いたりするナージェを全部間近で見ることが出来た。
「首長。いっつもそのふわふわのペット連れてますねえ。ちょっと触っていいすか?」
「駄目だ。こいつはただのペットじゃない、ワシの花嫁になったんじゃ。はっはっは!」
耳と頭をわしゃわしゃと撫でられて幸せになる。酒が入り豪快に笑うナージェの声が好きだ。
なぜか外にいるときは猫の姿でいることをナージェは好んでいたから俺はそうしていたが、本当は人同士の姿でくっつくこともしたい。
皆が寝静まった夜の時間は、そんな俺の願望を叶えてくれるチャンスだった。
「ナージェ……ん、んあっ……ああっ……」
ここに来て何日かした後、ベッドにこっそり潜り込んで一緒に寝ることを許されてから、俺はときおり子作りを決行した。
就寝時はいつも裸のナージェを見ていると我慢出来ず、人化しては自分の性器をこすり愛する者にぶっかけを行う。
ばちゃっと上半身にかけたときに、仰向けで寝ていたナージェの瞳が開いてしまった。
「ん…………なんじゃ。またおまえ……こんなことしおって」
目を擦りながら体を起こし、腰に股がっている俺と向き合う。がっしり鍛えられた体にドキドキが止まらず、俺はたまらず猫なで声を出した。首に腕を巻きつかせて下から見上げると、ナージェが口元を少し上げ、目を細めた。
「積極的だのう……こんな細っこい体にまとわりつかれるとなあ、ワシの忍耐もそろそろ音を上げそうじゃ」
色づいた低い声が俺の耳元に近づく。耳から首に、ナージェのじゃりっとした髭の生えた頬が当たり、びくんと肩が跳ねた。
太くたくましい腕が背中に回され、俺はぎゅうっとナージェの胸板に押しつけられる。
「ナージェ」
「うん? ほれ、口づけじゃ。顔を上げろ」
「……ナージェ?」
「どうした、真っ赤にしおって。ワシと口を合わせたくはないか? ……セティ」
唇を重ね合わされた。ほどなくして分厚い舌に口をこじ開けられて、俺の舌を絡めとってくる。初めてのキスで大人のナージェに翻弄されて、力がみるみるうちに失われていく。
「ああ、可愛いのう。一生懸命吸いついてきおって……おまえは接吻が好きなんじゃな」
話しかけながら何度も唇を塞がれ、全身がとろけていく。
気持ちいい……俺がさっきまでしていた子作りよりも、何倍も上回る気持ちよさだ。
ファーストキスを済ませて以降、俺はナージェによくキスをされるようになった。
これはもう完全に、伴侶として認められたのだと多幸感でいっぱいになる。
そんなある日、転機が起こった。午後になり、部屋の籠の中でうたた寝をしていた俺のもとに、ナージェと二人の男が入ってきたのだ。一人はナージェの側近の眼鏡で、もう一人は白髪の温和そうな老人だった。
「にゃあっ?」
こう見えて人見知りの俺は、近づいてきて膝を落とした老人から後ずさる。
するとナージェが俺のそばに寄り添い、優しく見下ろした。
「大丈夫だセティ。怖がらんでもよい。この者は他の集落から招聘した研究者でな、山猫族の専門家なのじゃ」
「そうですよ、セティ。首長が貴方と喋りたいってうるさくてですね、私が奔走して見つけ出したのです」
二人が何か言ってるが、まだ警戒心が解かれない俺に、衝撃的なことが起こる。
「はじめまして、セティ。私の言葉が分かりますか? 山猫族に出会うのは、十数年ぶりですが」
……えっ。
なんだこのじいさん。いきなり俺達の言葉を話し始めた。唖然とする俺同様、ナージェと眼鏡も興味津々の顔をしている。
俺は思わず人の姿をとった。裸になってしまい驚かれるが、すぐにナージェが大きい布で体をくるんでくれる。
「……あんた、誰? どうして山猫語喋れるんだ?」
「野性動物の保護をしているユルゲンといいます。遠くの地方ですが、以前山猫族の村にお世話になったことがありまして、その時にあなた方の言葉を覚えたのですよ」
発音や表現が難しいと言われる山猫族の言語を、こんな風にペラペラ話せる、しかも動物保護の人間。イコールナージェと同じく、優しい人間に違いない。
それだけでなく、村の山猫達が危惧するような酷い人間には、俺はこれまで会ったことがなかった。少なくとも、ナージェの周りには親切な人達が集まっている。
丁寧に話しかけてくれる老人に感動した俺は、ひとまず来てくれた礼を言う。これで俺はもっと伝えたい言葉を、愛するナージェに贈れるかもしれない!
安心した様子で眼鏡は部屋を後にし、職務に戻っていった。
ナージェと通訳をしてくれるユルゲン、そして俺の三人は、丸いテーブルを囲んで話を始めた。
「もうナージェは気づいていると思うけど、俺はナージェの伴侶になりたいんだ。でも、毎回頑張ってはいるんだけど、ナージェのお腹、中々膨らまないなぁ。どうしてだろう? そこんところ聞いてほしいな」
ユルゲンに前のめりで説明したが、怪訝な顔をされた。そこで俺は覚悟を決め、夫婦生活について惜しげもなく明かす。
「ほう……これはこれは……そんなことをしていたのですか、セティ。首長は知っておられるのかどうか……いや……」
途端に考え込む研究者の老人は、やがてナージェに口を開いた。するとナージェは最大限まで金色の瞳を見張らせたのだった。
「な、なんじゃと……!? セティは、このワシを孕ませようとしていたというのか? ……本当かそれは……」
通訳をしてくれるユルゲンを介し、俺は何度も肯定する。
ユルゲンは続けて人間の言葉でナージェに何かを伝えているようだった。
「首長。確かに山猫族の言い伝えでは、交尾時に相手の体に射精をすることで、子作りがうまくいく、といった迷信が存在します。きっとセティはそれを信じているのでしょうね」
「……そうじゃったのか。それであんなに一生懸命、おまえというやつは……」
揺れ動くナージェの瞳をみて、俺の心はざわざわしてきた。どうしたのだろう、何か問題があったのだろうか。
「セティ、こちらに来い」
柔らかい目元を作ったナージェに、猫の時にされるみたいに手招きされ、俺は思わず椅子から立ち上がった。
近くに立つと脇の下に手を入れられ、とすん、とナージェの膝の上に乗っけられる。
嬉しくなった俺はすぐに分厚い胸にほっぺたを擦りつけた。
「おまえは凄い男じゃな。このワシにそんな大それたことをやってのけようとするとは……うむ、惚れたぞ、セティ。らしくもなく、おまえにときめいてしまっておる」
優しい顔に見つめられて、なんとなく褒められていることが分かった。
「首長、本当のことをセティに伝えますか?」
「いや、言わないで良い。その代わりに、こう伝えてもらえるか。ーーおまえはもうワシのものじゃ。子作りのことは心配するな。ワシがたいそう可愛がってやるからの」
ナージェは俺の腹を円を描くように撫でながら、見惚れるような笑みを浮かべた。
俺はまだそのとき、分かっていなかった。晴れて伴侶と認められた今、この愛するナージェが何をしようとしているのかをーー。
それから一週間が経ち、その夜も俺は大きな寝台の上で真っ裸で眠っていた。
ナージェは最近忙しいようで帰りが遅い。今日も仕事の後、風呂を浴びに行った。もうそろそろ帰ってくると思う。それを俺はまどろみながら心待ちにしていた。
「おかえり。ナージェ」
布団の中に潜り込んできた男に俺は抱きつく。するとナージェは目を丸くした。
「言葉を覚えたのか? 偉いのう、セティ。ただいま」
そう言って嬉しそうに笑うと、暖かい胸に包み込んでくれる。最近は昼間も二人の時間がとれず寂しかった俺は、衝動的に強く抱きついた。
「好き。好き。ナージェ」
それも新しく覚えた言葉だ。あれから研究者のユルゲンが俺のために人族語の授業をしてくれるため、少しずつ言葉も覚えてきた。
ナージェは急に黙り、少し頬を紅潮させて、照れたように笑う。言葉が通じるだけで、互いの反応が変化する。嬉しさも倍増になっていく。
「ワシもおまえが好きじゃ。可愛くてたまらんぞ」
頭を撫でて抱き寄せられる。
「ここのところ忙しかったじゃろう。実はな、おまえとの婚姻の儀の準備をしていたのじゃ。成人したら自由だとは聞いておるが、山猫族に挨拶も行かなければならんな」
頭の上でつらつらと話される言葉は、まだ難しくて分からない。不思議な顔の俺を見兼ねたナージェは、ふっと笑いかけた。
「明日またゆっくり説明をしてやろう。……とにかくじゃ、もう眠いか? セティ」
顎を持って視線が俺の口元にやってくる。
あっ、キスをされるんだ。途端に胸がどきどきした俺は、うっすら目を伏せてナージェの口づけを受け入れた。
そしてしばらくくちゅくちゅと絡められた後、俺は胸に掴まった。
「ナージェ。子作り。子作り」
胸を揺さぶるように懇願すると、ナージェの凛々しい金の眉が驚きに揺れる。
「……参った。そんな誘い方をしおるとは。どこまでも愛いやつじゃ。初夜まで待てぬのか、セティ。……いや、おまえはすでに何度もワシに求愛していたな。……そうか、ならばワシも……男として待たせるわけにはいかんかの」
真剣な顔で喋っているナージェを、根気よく待つ。するとナージェは突然体を半分起こし、俺の上に覆い被さってきた。
大きな体は体重をかけないように顔の横に手をつけて、俺を囲っている。なんだか恥ずかしい。
ナージェは俺の首筋にキスをした。そんなところにされたのは初めてで、体がびくびく動き、俺は両手足をばたつかせた。
「こら、暴れるな。ワシにこうされるのは、嫌か?」
嫌?
そう聞かれて首を振って否定する。びっくりしただけで、嫌なんてことない。だって、愛するナージェだからだ。
しかしナージェの振る舞いは、俺の羞恥をさらに加速させていく。シーツを剥ぎ取られ、向かい合ったナージェの顔が、俺の上半身に近づいた。首を手のひらで撫でながら、胸元に吸い付いてくる。
「おまえのここはやらしいのう……色づいていて男を誘っておる」
乳首を吸ったかと思うと、舌先で転がしてくる。ナージェは、ナージェは、一体どうしちゃったんだ。なんでこんなことしてくるんだっ?
「やあぁ……んあ、あ、……や、あぁ」
「ほうら、もうおまえのちんぽもこんなに濡れておる、気持ちいいじゃろう?」
手でさすられて腰が跳ね上がり、我慢できなくなる。初めて触ってくれて喜びと熱に頭がぼうっとしてくるが、山猫族はすぐイッてしまう。
まだ子作りもしていないのに、そんなの格好悪い。
でもナージェは俺が思うよりもっと強くて、強引で、魅惑的な生き物で、抗えないのだ。
目をつぶって耐えていると、太ももにちゅっと口が触れた。慣れない刺激はそれで終わりじゃなくむしろ始まりで、やがて俺の勃起したものは濡れた口の中に含まれてしまった。
「やっ、やっ、だあ、だめ、んああっ」
ナージェが俺のちんぽをその大きな口にくわえ、巧みに舌を絡ませたり、吸い上げてくる。両足の間に金髪の頭が上下し、なにかすごい淫らなことをされているのだとわかる。
「はあ、んっ、んぁっ、吸っちゃだめ、ナージェ、出ちゃうよぉ、やだってばぁっ」
「ほれ、すべて飲んでやる、口に出すのじゃセティ」
「……あっ、ああっ、だ、だめえ、んん、んっ、で、でる……っっ」
はあはあ激しく息を切らした俺は、完全に力が抜けて両腕を上げたままシーツに寝そべった。
俺の精を飲み干したナージェがにやりと笑い、また覆い被さってきて口を塞いできた。
ナージェの呼吸が激しくなっている。キスの勢いが増して、俺はなすすべもなく頑張って舌を絡ませるだけしかできない。
これは、経験の差なのだろうか?
今のところ男として完全に負けている。人族の交尾とはこんなにも濃密で激しく、翻弄されるものなのか。
俺は負けじと一念発起して、ナージェの体を押し倒した。上になってびっくりした顔に見上げられたが、俺だって出来るんだ。してもらったみたいに好きな人を気持ちよくしたくなる。
「こら、セティ。これ以上ワシのを大きくしてどうする」
ナージェの勃起したものを必死に舐める。なんでか分からないけど、このままじゃナージェのペースに乗せられてしまう。好きにされてしまう。
……嫌ではないけど、そんなのこわい。恥ずかしくてたまらない。
「ナージェ。きもち、いい?」
「……ああ、とても良いぞ。小さい口に頬張って……可愛いの」
覚えたての言葉を伝えると、ナージェが微笑む。可愛いという言葉も何度も言われて、すっかり覚えてしまった。好き、の二番目に嬉しい言葉だ。
「だがセティ、そろそろ離してくれんか。おまえの口も大いにそそられるが、ワシはおまえ同様、子作りをしたいのじゃ」
子作り、という言葉にぴんと反応して顔を上げた。
やった、もうすぐしてもいいんだ。そうワクワクした俺は、あぐらをかいていたナージェに体を抱きあげられた。俺はその上に股がるように座らせられる。
こうやって近くで向き合うの、大好きだ。広い肩に包まれて、安心が生まれる。
しかしその安らぎは、次の瞬間、また予期せぬ行動をするナージェによって奪われてしまった。
「もうちょい腰を上げられるか、セティ」
両尻を大きな手に鷲掴まれて、びくりと背中が反る。ナージェの手は、いや指は……なぜか俺の尻の真ん中に当てられて、ゆっくりと円を描くように撫でてくる。
「ふっ、ん……っ、なにっ、ナージェ……っ?」
「ここも気持ちがいいんじゃ、セティ。今から教えてやるからな」
俺は訳がわからずただ頑強な体に掴まっていた。肩にあるキズ、首にあるキズを数えながら、愛するナージェがしてくれることだと思い耐えていた。
しかし太い指がぬらりと濡れた液とともに、ぬるっと中に入ってきてしまい、思わず悲鳴をあげる。
「んあぁっ、やぁ、だめ、やだ、ナージェぇっ」
俺が必死に抵抗しても、ナージェの指は俺の中を変な動きで撫でてくる。弱めだがぐるぐると広げるように、ときどき壁をこすってくるみたいにしてきて、変な声が止まらなくなってしまった。
「バカ、ばか、バカぁっ」
涙声で訴えるとナージェはぴたりと指を止めた。使いたくなかった非常用の言葉が通じたみたいだ、少し焦ったような顔で見つめられる。
「おお、泣くな泣くな、セティ。すまんな、しかしワシはもう止められん、おまえを否が応でも、自分のものにしたくなってしまったのじゃ」
呼吸を浅くしたまま、またキスをされる。そんなことでごまかされるかと反抗心が生まれるものの、ナージェのキスは気持ちがいい。なんでも許せてしまう気になる。
いつもよりももっと柔らかな口づけに気を取られているうちに、またお尻を指に攻められ始めた。口が繋がっているせいか、中が柔らかくなってきたせいか、だんだん奥のほうが疼いてきてしまっている。
「や……あ……なに、んあ、あ」
「……んん? セティ、おまえワシの指を締め付けてきておるぞ。感じてきたか?」
興奮を覗かせるナージェに、言葉は分からないが素直になれず、首を振る。
しかしナージェは俺の腰を両手でもって、膝立ちにさせた。
視線は自然と、大きく反りたったナージェの逸物へと向けられる。
おっきい……さっきよりももっと形が張りつめていて、男らしく存在を示している。
「こっちじゃ、セティ」
腕をそっと引かれてまた抱き締められる、かと思ったら、俺の尻の間には大きなナージェのものが宛がわれた。
な……なにをしているんだろう。俺の濡れてしまってるそこに当てて、今にも入ってきそうな状態で、亀頭の部分がぐぐっと押し当てられた。
「よいか、セティ。子作りをするぞ。やっと繋がれるのじゃ、ほれ、ワシに掴まっておるのだぞ」
信じられないことに、ナージェの大きな逸物は、そのまま中へと進んできた。狭い入り口から押し入るように、ずぷりと分け入ってくる。
「あっあっ、んやああぁっ!」
衝撃に跳ねる腰をがしっと掴まれ、動きを確かめるように少しずつ上下に動かされる。
「……うむ、やはり全部は入らんな。……大丈夫だ、ゆっくりじっくり動くのでな」
「は、あぁっ、ん、ああっ、ナージェ、ナージェっ」
無我夢中で掴まり、助けを求める。こんなに大きなものが入ってしまっているのに、不思議と苦しいだけで、もっとぞわぞわしてくる。こんなの変だ、おかしい。
「ああ、ワシはここにいるぞ、大丈夫だ。痛みはあまりないじゃろう? 良い油を使っておる、次第に刺激がよいものに変わるはずじゃ」
ナージェの腰の動きがだんだんと大きくなってきた。俺はただ掴まっているだけで、何をしているのかも分からないが、寝台がぎしぎしと揺れ、二人の動作が淫らに映って仕方がない。
「んやっ、ああっ、奥、来る、だめえっ」
太くて硬いちんぽがズプズプと俺の中を前後する。奥に達する瞬間と出ていく瞬間が繰り返され、中がじんわりと疼いてきた。
これは何なのだろう。頭が変になってくる。
「気持ちよくなってきたようじゃな、セティ。ワシが奥を突くたびにきゅうっと締まって喜んでるようじゃ。……本当に可愛いのう、おまえは」
下からずぷっ、ずぷっ、と打ち付けられながら、ナージェに見下ろされてキスをされ、全身に愛撫を受ける。
気持ちがいい……。
ナージェのちんぽ、全部が俺の気持ちいいところに当たって、体を包まれて、自分が飛んでいってしまいそうになる。
「よいか、セティ。これが子作りじゃ」
「……子作り?」
「ああ、そうじゃ。こうしておまえの良いところを何度も刺激してな……」
瞳を細め下から揺らされながら、俺は必死に掴まりそれを受け止める。
「……それからこうして中にたっぷり、男の精子をかけるのだぞ」
ナージェの動きが激しくなる。上に座っていた俺は、後ろのシーツの上に押し倒された。
今までの優しい触れ合いが嘘のように、覆い被さってきたナージェが俺の太ももをがしりと持ち、奥まで貫いてくる。
「あっあっ、ああ! ナージェ! んあっ、はあっ、んああっ!」
結合部がぬちゃぬちゃと卑猥な音を生み出し、俺はさらなる快感に晒されて考えが止まってしまう。
これが、子作り……なのか。
このままでは、ナージェの精液が俺の中に出されてしまう。
そうしたら、どうなる?
俺にはよくわからない。でもなぜだか、体が、それは大変なことだと本能的に声を上げている。
「ああ、イッておる、イッておる。中が痙攣しておるぞ、セティ」
「や、あ、ああ、だ、め」
「ほれ、我慢するな、もっとワシのちんぽを絞り取るのじゃ」
「ひゃあっ、んあぁっ、ナージェ!」
俺はされるがまま揺さぶられ、何度も達してしまった。イッた後もナージェは離してくれず、終わりのない快楽に意識が飛びそうになる。
「ああ、セティよ、ワシの精を飲んでくれるか、ワシはお前を孕ませたい」
激しく欲情したナージェがまるで獣のように熱を与えてくる。ようやく分かった。俺は、ナージェに孕まされるのだ。
こんなに気持ちいいなんて知らなかった。交尾は、子作りは、交わり合う二人が深く愛し合うものだったのだ。
それでもいい、ナージェの精を受け止めたい。このまま俺の中で出してほしい、中でいっぱい、イッてほしい。
「かけて、かけて、ナージェ」
熱に浮かされたまま訴える。俺は愛する者を孕ませるつもりだった。それなのに今はこうして、ナージェを心から、体の奥底から、欲しがっている。
「ああ、セティ、なんと愛らしいのじゃ、よいぞ、種をつけてやるからの、では、いくぞ……!」
ぷしゅうう、と中に大量の精液が注ぎ込まれるのを感じた。長くて長くて、俺の射精とは比べ物にならない。
「…………く、……ああ、はあ………セティ」
「ん、あ……あぁぁ……」
やがてずるりと引き抜かれ、二人の浅い息づかいだけが響く。まだ硬いまま形を保っているナージェの逸物をうっとりと見た。
なぜだろう、もっともっとその愛するオスの象徴を愛おしく感じた。
キスをねだるとすぐに塞がれる。足を絡ませて腰を擦り付けた。
「セティ……嬉しそうな顔じゃの。気持ちがよかったか?」
抱き合いながら俺は頷いて、さらなる抱擁を求める。
「うん。気持ちいい。嬉しい、ナージェ……」
「……そうかそうか。可愛いやつじゃ。もう離したくなくなるのう」
ぎゅうっと広い腕に閉じ込められたまま、汗で濡れた額にナージェの唇がそっと触れる。
ああ……幸せな気分。最初の計画とまるで反対のことになってしまったのに、俺は一体どうしちゃったのだろう。
しばらくふわふわと寝台の上でまどろんでいたが、腕枕をしていたナージェがふとこちらに笑みを向けた。
「ではセティ。そろそろ続きをしようかのう、子作りは一度では終わらんからな」
「……ん? ナージェ? 子作り……?」
「そうじゃ。おまえも毎日したがっていたじゃろう。ほれ、ワシの上に来い」
まだまだ元気な様子のナージェに促されて、目を丸くした俺はぶんぶんと顔を横に振る。
だってさっきたくさんしたばかりなのに、またすぐなんて無理に決まってる。
あんなに気持ちいいことが連続したら、俺は絶対どうにかなってしまう。
「むり。明日。明日」
「無理とはなんじゃ。分かっておる、明日もその次の日も、毎日しような。約束じゃ、セティ」
俺は満面の笑みを浮かべるナージェの腕に捕まり、幸せな悲鳴を上げた。
どうやら当分の間は、この幸福から抜け出せなくなってしまったみたいだ。
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