俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 87 俺、魔導師だった -家族編2-

「兄さん、そのへんにしておけば……? 兄貴、苦しそうだろ」

依然として俺に長い抱擁をしっ放しの次男、シグリットを冷たい目で見下ろしながら、クレッドは淡々と述べた。
いつものように無理やり引き剥がそうとはしない。やっぱ子供時代の憧れの騎士に対する尊敬の念が、まだ一応ちょびっとは残ってるのかなぁ。

「そうだよ、シグ兄さん。いい加減離してよ。俺、息苦しいんだけど」
「もうちょっと我慢してくれよ。久々なんだから」

そう言ってさらにぎゅっと力を入れてくる。弟より長めの深い金色の髪が、耳元に当たりくすぐったい。
頑な態度に呆れてると、痺れを切らしたクレッドが睨みを効かせながら凄んできた。その殺気立つ気配を感じ取ったのか、ようやく八つ年上の兄に解放され、俺は深い溜息をつく。
すると何を思ったか、シグリットは今度は末っ子を標的にした。

「なんだなんだ、クレッド。焼きもちか? 心配するな。お前にも俺の平等の愛を与えてやるからーー」

言いながら、がしっと力強く抱き締め、というか自分より長身のガタイの良い男に抱きついているように見える。
弟は直立不動で真顔だった。実はこの光景も初めてではない。次男は俺達二人に対して、いつも過剰なスキンシップをしてくるのだ。

「おい、兄さん。俺はもう子供じゃないんだが」
「そんなこと言ってもな。俺の中ではセラウェは七歳、お前は四歳のまま止まってるんだよ。ああ。可愛かったなあ、小さなお前達。もちろん、今でも十分可愛いぞ?」

何を恥ずかしげもなく言ってるんだろう、この兄貴は。
確かに上の兄二人は、それぞれ十五歳の時に家を出て寮生活を始めた為、俺とクレッドに対しては幼少時の記憶が一番強く残っているはずだ。

感慨深げな兄をどこか白けた目で見ていた俺だったが、なんだろう。ちょっと今までとは違う妙な気持ちが湧いてきた。
だってクレッドに抱きついてる男なんて、この兄しか見たことがない。

「もう止めとけよ、シグ兄さん。絵面がきついぞ」
「え、そう? 確かにこいつ、硬くて抱き心地悪いんだよな。俺はお前のほうがいいや、セラウェ。身長差もちょうどいいし」

はは、と軽口を言い優美な笑みを向ける軟派な騎士。また聞き捨てならない事言ってやがる。
しかし体を離されたその瞬間、クレッドは俺以上に顔に血管を浮き上がらせていた。

そんな中、母は後から現れたマリアと着々とテーブルの準備を進めていた。
ヴィレは父と少し話したのち、マリアと共にテラスを後にした。どうやら久々の家族水入らずの場を作ってくれたらしい。

「あなた達、いい年していつまでじゃれ合ってるの。お茶の用意出来たわよ。ほら、お父さんも怖い顔しないで。息子が三人集まったんだから」
「べ、別に俺はそんな顔してないが。……ところでシグリット、お前の兄はどうなってるんだ。帰って来れるのか」

え。まさか長男も来るのかよ。なんで今回よりによって家族総出なんだ。
動揺を隠しつつテーブルの席についた両親のもとに向かい、俺達三人は腰を下ろした。

家族揃っての場面に緊張が走る中、ちらっとクレッドを見ると、和やかな微笑みが返ってきた。
今のところ、こいつの存在は俺にとって癒やしでもあり、ある意味爆弾でもある。皆の前で少したりとも、お互いに妙な素振りを見せてはならない。

「そうそう、親父。兄貴なら二日後に到着するよ。同じ騎士団とはいえ、俺と違って重要な役職についてるからな。忙しいんだろ」

シグリットは軽やかな口調で、母が皆の前に並べたケーキをすでに口にしながら伝えた。
親父は納得したように頷き、何故かそのまま俺の顔をぎろっと見た。
なんだよ、また小言の再開か? 恐れながら皆と同じく紅茶と菓子類に手をつける。
ああ、一番離れたとこに座ってるのに、威圧感がここまで届いてくる。

「セラウェ。さっきの話の続きだが、お前クレッドの騎士団に所属しているんだってな」
「は? いや、正確には教会だよ。何人かの魔術師がいるところだ」

師匠の話の流れで俺の近況がバレてしまったが、親父のしつこさからして隠しておかないほうがいいだろう、そう思ったのが間違いだった。

「ほう。どういう経緯でそこに入ったんだ?」

そう問われた瞬間、皆の注目が一斉に俺に集まった。やべえ、正直に言えるわけねえ。風俗店でのアレコレからその後の顛末まで、何一つ話せる事がない。
まだ教会に入ってそれほど長い時間が経ったわけではないが、もう少しマシな活動しとくんだったーー

不自然に固まる俺に自然な感じで声をかけてきたのが、母と兄だった。

「でも凄いじゃない、セラウェ。クレッドが団長やってるとこでしょう? 私はよく知らないけど、名誉なことよね。ああ、でもあなたのことだから、危ない目に合ったりしてるんじゃないの」
「本当だよな、母さん。俺も心配だよ。可愛い弟に何かあったらどうしようってね。クレッド、お前ちゃんと守ってやってくれよ。セラウェは家族の中で一番弱いんだから」

おい。この親子、好き勝手に結構失礼なこと言ってるんだけど。まあでも話がそれて良かったのか。諦めつつ俺は隣に座った弟に目を向けた。

「もう酷いなあ、二人とも。何も問題ないし、俺は大丈夫だよ。な、クレッド」
「ああ。今はもう大丈夫だ。俺が見ているから、兄貴のことは心配しないで」

なんだその含みのある言い方は。嘘でもいいから断言してくれよ。若干睨みつけると、弟はにこにこしていた。何がそんなに嬉しいんだ、この弟は。
けれど親父がそのまま黙っているはずがない。

「それで、何故教会に入ることになったんだ。クレッドの口添えか?」

このしつこいジジイ……それ以外何があるっていうんだよ。ちょっと考えりゃ分かるだろうが、石頭。
何者の不同意も許さない的に腕組みをする父に向かい、俺は真っ直ぐとそのギラついた青い目を見据えた。けれど俺より先にクレッドが口を開いた。

「そんな事はないぞ、親父。元々は他の魔術師の推薦だ。兄貴の能力が買われたんだよ。十分教会の助けになってくれてるし、これからも期待されている。心配するのは分かるが、俺に任せてくれ」

弟が力強く断言する。そんな耳に優しい言葉たち、初耳だぞ。
一瞬、俺この先も教会に居なきゃなんないのか? と考えたのは否めないが、何にせよこいつ、俺のことを助けようとしてくれてるのかも。

「クレッド、お前……優しいな」
「えっ。何言ってるんだ、兄貴……だって本当のことだろ?」

弟が甘ったるい声色で囁き、うっとりした目つきをしている。
……ん? 何故か互いに微笑みながら見つめ合ってしまった。これは端から見てかなり不気味な光景だぞ。
おかしな態度を見せたらまずいと思っていたはずのに、自分からしでかしてしまうとは。

「ほう。それは結構なことだが。お前達、いつからそんな結託するようになったんだ? とくにクレッド……お前、何か以前と様子が違うな」

おいおい、何を言い出すんだ。それ以上突っ込むのは止めてくれ。恐る恐るクレッドを見ると、何故か奴は妙に真剣な顔つきをしていた。

「結託ってどういう意味だ。俺は昔から一貫して兄貴の味方だぞ」
「……なっ、お前さっきは俺と意気投合してたじゃないか。こいつの師匠を倒そうって」
「それとこれとは話が別だろう、親父。あくまで兄貴の側に立った上での判断だ」

普段より強気に物を言う弟を横目で見る。父は末の息子に対して一瞬ぐっと言葉を飲み込んだが、二人はいつの間にか言い争いを始めた。
似たもの同士なのか何なのか、もうよく分からなくなってきた。
口をつぐんで紅茶を飲んでいると、隣のシグリットが顔を覗き込んできた。

「セラウェ。親父はああ言ってるが、俺は弟達が仲良いの嬉しいぞ? 二人いっぺんに可愛がれるからな」

淡い茶色の瞳をじっと向けて優しく伝えてくる兄を前に、少しドキリとした。
普段あまり関わることはないが、血の繋がりというものは、やはり嬉しいものなのかもしれない。

「ありがとう、兄さん。俺誤解してたよ。いつもベタベタうぜえとか思っててごめん……」
「え、お前そんな事思ってたの? でも俺止められないや。もう性分だからな」

俺のきつい物言いにも全くめげる様子なく、兄はにっこりと笑った。そうやってすぐに開き直るところは、まるでクレッドみたいだ。
考えてみたら、うちの男共って皆頑固だよな。ある意味芯が強いとでも言うのか。

「おい、シグリット。お前まで裏切るのか。まったく……」

俺達を見やってまだぶつぶつと何かを言っている父を、隣の母が慰めるように背中に手を添えて話しかけていた。
何なんだろう、もうすでに疲れてきた。
しかしその日のハイデル家の出来事は、それで終わりではなかった。


ようやくお茶とケーキを楽しみながら、俺達は他愛のない話を始めた。
しかし、しばらくすると廊下から血相を変えた世話役のヴィレが現れた。顔が真っ青になり、慌てた様子でテラスに入ってくる。

「奥様、旦那様! たった今、大奥様の執事の方からご連絡があったのですが、オルガ様がお怪我をなされて重症であるとーー」

その報告に、一同は騒然となった。オルガとは母の実母であり、俺達兄弟の祖母のことだ。
賑やかだったお茶会が一転して緊迫した空気になり、母が慌てて立ち上がった。

「ええっ、お母さんが? ど、どうしましょう、早く行かないとーー」
「落ち着くんだ、イスラ。すぐに皆で向かおう。ヴィレ、馬車の手配を頼む。それと家のことは任せたぞ」

気が動転した様子の母をなだめ、父が冷静に伝えると、ヴィレは固く頷いた。
しかし祖母の屋敷は馬車だとかなりの距離がある。一刻を争う状況に、俺はある提案をすることにした。

「親父、俺の転移魔法で行ったほうが早い。魔力量の関係で五人同時は無理だから、二回に分けるけど」
「……ああ、そうか。それは助かるが」

皆は一瞬驚きの表情を浮かべたが、父は珍しく俺の言う事を素直に聞き入れたようだった。
詳しく説明している暇はない為、了承を得た俺は自らの詠唱をもって、まず両親を転移させることにした。
その後、兄弟二人と共に目的の場所へと向かった。



※※※


祖母は俺達の祖父にあたる夫を亡くした後、執事と何人かの使用人と共に大きな屋敷で暮らしていた。
齢八十を超える老婦人ではあるが、かくしゃくとして口も達者な元気な人というイメージだ。
例によって俺は手紙を送る事はしていたものの、会うのは家族に対して同様、数年ぶりのことだった。

屋敷の執事に通され、俺達家族は祖母の寝室へと向かった。
中に入ると、どこか弱々しい様子でベッドに横たわる祖母オルガの姿があった。

「お母さん! 大丈夫? どこを怪我したの、お医者さまには見てもらった?」
「ああ、イスラ。あんまり大きい声出すんじゃないよ。骨が折れてんだから響くだろう」

口調は普段通りハキハキとしてて、気力は失われていない。ほっと胸を撫で下ろすと、父がぐいっと身を乗り出した。

「えっ。お義母さん、骨折したんですか。さすが、その割には元気そうに見えるな」
「ルフリート、お義母さんと呼ぶな。オルガさんと呼べと言ってるだろう。まったく、結婚した途端にこれだよ」

祖母が睨みつけると、父は一瞬怯んだ。この三人は両親が十代の頃から知っている仲なのだ。
何故なら祖母の夫は騎士であり、なんと父の剣術の師匠でもあった。
そういうわけで昔から親父は祖母に頭が上がらない。端から見てると、もの凄くいい気味だ。

「もうお母さんてば、いつもこの人のこと虐めるんだから。それで、どうしてそんな事になったのよ」
「長椅子から転げ落ちちゃってね。私ももう年かもね。あら、珍しい。良い男揃いの孫たちが、こんなにたくさんやって来てくれたのかい」

若干遠目で様子を窺っていた俺達は、声をかけられると、ベッドの周りに集まった。
まず最初に祖母の手を握り、わざとらしく膝をついたのは兄シグリットだった。

「お祖母ちゃん、心配しただろう。危ない真似はもう止してくれ、心臓が止まるかと思ったよ」
「大げさな男だね、お前は。安心しな、先に心臓止まるのは私だよ」

おいおい、すげえ際どい冗談言ってんな。兄が祖母の勢いに押され苦笑すると、次にクレッドが前に進み出た。

「大丈夫か、お祖母ちゃん。どこが折れたんだ。まだ痛むのか? 兄貴に見てもらうといい。きっと治せるぞ」
「あんたはいつも言う事が合理的だね。私そういうはっきりしてるの好きだよ」

そう言って上機嫌に笑った。クレッドの言葉は好評だったらしい。でもなんでこいつ俺の名を出すんだ、自信有りげに言いやがって。
すると祖母は後ろで突っ立っていた俺のことをじろっと見た。
げ、俺の番だよ。何言われんだろう。

「じゃあセラウェに治してもらおうか。あんた魔導師なんだろ? 複雑骨折ぐらい簡単だよね」
「……えっ。うーん。たぶん出来ると思うけど……じゃあやってみるか」

簡単に言ってはみたものの、とりあえず患部の具合を確認し、症状を入念に聞き出した。
この程度なら、例えばカナンのような専門回復師に見せなくとも、俺の治癒魔法で事足りると判断した。
ああ、俺でも役立つことあるんだなあと思いつつ、集中するため他の皆には外に出てもらった。

祖母と二人きりになり、無心になって呪文を唱え始める。
負傷の度合いから通常より多めの魔力を必要とした為、空気中に僅かな緑の光粒が漂った。

目を閉じていた祖母を起こし、施術を終えたことを伝えた。

「すごい、もう痛くないわ。やるじゃないか、セラウェ。あんた魔術の事となると、中々手際が良いんだね」
「そ、そう? ありがとう。このぐらいなら余裕だよ」

若干見栄を張ったが、祖母はにこりと笑って満足そうだった。
しかしその後、祖母は予期せぬことを言い出した。

「お願いついでにもう一つだけ、頼まれ事してくれないかねえ。あんたが適任だと思うんだよ」
「別にいいよ。どんなこと?」
「私の代わりに買い物に行ってきて欲しいんだ」
「なんだそんな事か。簡単じゃん。どこで何買ってくればいいの?」

祖母はにやりと目を細め、なんだか急に怪しげな雰囲気を醸し出した。

「ちょっと遠いんだけど。トリエジア地方にある宝石商のもとでね、ピンクハートのペンダントトップ買ってきて」
「…………は?」

俺は耳を疑った。ちょっとお使いってレベルじゃねえだろそれ。立派なクエスト案件じゃねえか。
目を見張らせて実祖母を見やると、今度は至極真面目な顔をしていた。冷や汗が首筋にだらりと垂れる。

「ちょ、意味が分からないんだけど。冗談でしょ?」
「私それがどうしても欲しいのよ。あんた達のお祖父ちゃんとの思い出の品でね……」

何やら遠い目で語りだした祖母の前から、すぐに逃亡したいと思う俺だった。



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