俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 6 恥ずかしい印

「どうした、これ……お前」

こんなもん入れるセンスしているとは知らなかったぞ……と若干ショックなのを隠しながら、俺はふとある考えに思い至った。違う、この入れ墨はただのファッションではない。もしやーー。

「これが、呪いの印だ……」

さっきまでの興奮もどこへやら、クレッドはがっくりと頭をうなだれて呟いた。そのまま力なく俺の隣へ腰を下ろす。やっぱりそうか。正直言って、お世辞にもかっこいいとは言えない入れ墨だ。というより、ちょっとダサい。教会に忠誠心を誓う聖騎士が太もも上部にこんなものを入れているとは、誰も思いもよらないはずだ。

「そうか……。この前も見せたがらなかったが、恥ずかしかったのか?」
「なっ……! 恥ずかしいに決まっているだろう! こんな……モノが……肌に」

こいついっつも顔を赤くして恥じらってやがるな。そんな表情ばっかり見ていると、こっちの密かな加虐心にだんだん火がついてしまいそうになる。いや、半分は純粋な好奇心ではあるが。

「なんでこんな所につけたんだろうなぁ、魔女も……」

そう言って何気なく刻印部分に触ろうと手を伸ばすと、「うわぁッ」と過剰なまでに腰を引かれた。おいおい、さっきと全く立場が逆転してるぞ。だがこれは使えるーーかもしれない。俺はニタりと笑って奴に詰め寄った。
半裸でズボンがずり落ちたままのクレッドが怯えた顔でジリジリと後ろへ下がる。

「見なきゃ分かんねえだろうが。見せろ、いいから早く」
「い、嫌だ……」
「嫌だじゃねえ。この前から進歩の無い奴だな。呪いをとく手がかりがあるかもしれないだろ?」
「……くっ」

これ以上文句を言われる前に、さっさと調べてしまおう。そう思った俺は半ば無理やり奴の下半身へと飛びついた。げっ、顔のすぐ近くにある股間の存在に気づき若干身を引く。けれど印をよく見ない内に終わらせることは出来ないと覚悟を改める。

「なぁお前ちょっと横向きになってくれる? 正面はきつい」
「はぁ……っ? や、やめろよっ、もう……」

文句を言いながらも渋々言うことを聞いてくれる弟が初めて少し可愛いと思えたぞ。パンツに隠れた部分までめくろうとすると、頭上からクレッドの変な声が漏れた。

「うぁ、……もう、嫌だ……」
「あーもうちょっと、もうちょっとだから」

弱々しく抵抗する弟が憐れにも思えたが必死になだめて刻印を凝視する。刻まれた文字は所々潰れていて読みづらい。しかしその文字自体には見覚えがあった。あれ、ひょっとしてこれ古語のガウル文字じゃないか?
しかも待て、これ俺もしかして読めるかもしんない……必死に脳内の記憶を洗い出そうとする。

ガウル文字は古代のトリエジア地方において広まったもので、使用する民族の少なさから文献も豊富ではない。俺の記憶によればあの地方に魔術を操る名の知れた血族が居たような……駄目だ思い出せん。少なくともこの文字によって書かれた魔導書は手にしたことがなかった。それぐらい珍しい刻印だ。

そして文字の上にまるでワインのラベルのごとく付けられた紋章のような印。黒い翼に似た形が二つ刻まれている。コウモリとか悪魔の羽根のようにも見えるが、何を意味してるんだ。魔女の家紋か何かか?
考えながら改めて黒い文字をじっくりと見つめる。…………あ。ああー! そうだ、これは……なになに。

『血を分けた、同胞(はらから)に、呪いあれ』

そう、書いてある。やべえ読めた、俺天才かッ! ーーって、ちげぇよ。何テンション上がってんだ馬鹿じゃねえのか。「はらから」って別名、兄弟のことじゃねえか…………。

「兄貴……何か分かったのか?」
「ひぃ!」

あ、やべ、突然投げかけられた言葉に命を取られそうなほどの恐怖が襲った。どうしよう、この文字の意味を解読してあまつさえ「この呪い俺にも責任あるわ」なんてすんなり白状出来るわけねえ。ひとまずこの問題はここで終わらせて、何も知らないフリをするんだ。そうだ。そうしよう。

震える声で「ああ、分かったというほどじゃないが……」と言いながら何気なく印を指で撫でると、「く、んあぁッ」というまたしても妙な喘ぎ声が弟から飛び出した。
一瞬沈黙する兄弟。何が気まずいって、俺の方に別に愛撫してやろうとかそんなつもりが微塵もないことなんだよね。それに今それどころじゃないんだけど、と内心汗ダラダラになりながらも一応話を振ってやる。

「お前、それ……いつもそんななの?」
「そ、そんなって……何が」

いや、しらばっくれてももう遅いだろう。やっぱこの感じ方おかしいだろ。可哀想なぐらい反応してるし。これじゃ日常生活もままならないんじゃないのか。

「いつもではない……普段はこんな風にはならない。鎧を身に着けているしな……。確かに性欲は増しているが、自制出来るレベルだ。しかし、何故か兄貴の前にいると、どうも抑えられなくなってしまう」

えっ……ちょっと。今かなり衝撃的な事実を告白されたんですけど。弟の口から性欲という言葉も聞きたくなかったが、それより後の言葉が聞き捨てならない。俺の前で、なんだって?

やっぱりこれ、この呪いって俺半分関係あるよな。だって普通そんな都合よく俺だけに反応するわけないでしょ。それにこの刻印……もうほぼ決まりだわ。
絶望を肌で感じながら、なんて答えればいいのか必死に考えを巡らせる。

「あー、……ほんとに?」

バカか俺はッ。無難に聞き返してどうする。だが諦めたように無言で頷くクレッドを見て、人知れず心に湧き上がってくるものがあった。……罪悪感……そして兄としての責任感だ。
こいつが明らかにしてくれた俺への感情(性欲)に応えられるもので俺が持っているのは、もはやその二つしかない。というかそれ以外に俺の背中を押してくれる感情をこいつに対して何も持ち合わせていない。

けれど、果たしてそれだけで渡りきれるのか? 魔女が残した呪いの世界に渦巻く欲望という名の大海原をーーあ、駄目だ意識が飛びそう。

「ま、まぁとにかく、お前が誰彼かまわず襲いかかるような事態に陥ってないなら、いいんだけどよ……」
「ああ、それは大丈夫だ。前にも言ったように、兄貴以外には手を出すつもりはない」

こ、こいつーー。再びブチっと頭の中で何かが切れそうな音がしたが、考えないフリをする。あーなんかもういいや。どうにでもなれやと投げやりになってくる。

「そういえばさぁ話の流れでお前が俺にそういう事をするってなってるが、反対という可能性はないのか?」
「反対……?」
「ああ。だからお前が入れられるっていう……」

うわ、何言ってんだ俺、流石にそんな気色の悪い話を直接口に出しちゃまずいだろう。きっとこいつも引いてるはず……

「いや。俺が入れるほうだ」

が、即答され俺は唖然とする。え、なんで決まってんだよすでに。確かに俺はお前に入れたい気持ちなんて微塵ももってませんが。だからと言って入れられたいなんてその数百倍思ってもないけど。

「……何故分かるんだ? え?」
「魔女がそう言っていた。それに本能的に……そう感じるんだ」

ほ、本能って……お前マジで切羽詰まってんじゃねえか。入れたくて仕方がないってか? しかも兄貴の俺に? 完全に呪いの被害者だよ……いや待てよこの場合被害者は俺だろどう考えても。

「それで、兄貴。印のことなんだが」
「……ああ、印な。その文字は見たことがある。だがどんな意味なのかは調べないと分からねえ。もう少し待ってくれ」
「そうか、分かった。助かる」

もう嘘をつくのも段々板についてきたな、俺。サイテーだわ……実際呪いの責任の半分は俺にあるんだし。
すっかり落ち着いた顔で話すクレッドを見て束の間ほっとしていたのだが、我に返ってみれば、俺達ろくでもない格好してるんだぞ。お前まだズボンずり下がったままだしな。

「じゃ、じゃあ、俺ひとまず着替えてくるからここで待ってろ」

立ち上がりそそくさとその場を後にしようとする。つまりその場を動くなよと念を押したはずなのに、思った通りこいつが言うことを聞いているはずもなく、パシッと手首を取られた。

「服は必要ないだろう? ああ、でも違う部屋のほうがいいな。ここだとやりにくい」

そう言われ、笑顔をひきつらせたまま固まる。
きっと俺がこいつに無関係のそこら辺の女ならば、やや品のないこんなド直球の誘い文句でもコロっと落ちただろう。端正な顔立ちと胡散臭い笑顔にやられて。しかも半裸だしな。普通の男なら罵られて終わりだろうが、こいつは別だきっと。

だがな、お前は忘れてるかもしんないが、俺はお前の兄貴なんだぞ? お前にその覚悟があるのか? もちろん俺にはない。けれどこの時なんとなく予感がしていた。ああたぶん俺、もうすぐ突っ込まれんのかなってーー。



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