俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 5 呪いの男、襲来

二人が家を出てから数日、がらんとした家の中で俺はわびしく暖炉に薪をくべていた。部屋中温かくすることは出来るが、もふもふの毛の塊を失った今、とくに寒い季節での一人寝が徐々に堪えてくる。
早く帰ってきて欲しい、弟子(食事係)と使役獣(高級毛布)……いや、駄目だ駄目だ。早く帰るのはまずい。何故ならあの悪魔がいつこの家にやって来るとも知れないからだ。

広いテーブルの上に積まれた文献を漁る一方で、作り置きしてもらった遅めの昼食に行儀悪くがっつく。分厚い生地のガウン一枚で椅子の上にあぐらをかいていても誰も咎める者はいない。まぁそれはそれで寂しいんだが。

「あぁー、にしても、手がかりねえなぁ…………」

虚しい独り言が宙に漂う。クレッドにかけられた呪いと類似する事案を片っ端から調べているのだが、今のところ目ぼしいものがない。
男を対象とした性的な呪いの例として記されているのは「配偶者以外には勃たない」だの「獣姦以外に興奮しない」だの「尻じゃないとイケない」だの、内容は結構えげつないが正直ふざけてんのか? と文句を言いたくなるほどくだらないものばかりだ。
クレッドの「男と百回性交しなければならない」という呪いも負けず劣らず酷い部類ではあるが。

「ああっ面倒くせえ、なんで俺がこんな目に……」

広げられた文献を全て脇へ押しやり、顔を突っ伏する。ああ、静かだなぁ。このまま寝ちゃって、起きたら全部夢だったとかになってないかなぁ……。そんなふうに夢想していると、ドンドンドン!と誰かが玄関扉を大きく叩く音が聞こえた。
う、うそ。もう来たの……?

あんな乱暴に戸を叩くなんて、明らかにオズとロイザじゃない。この家を訪れる人間はめったに居ないしーーわざとらしくブルブル震えてしまうほど体が能動的に動くことを拒否する。

「おいーー兄貴、いるんだろう?」

ほんのわずかの沈黙の後、悪魔の囁きが俺の耳まで届いてきた。くそがマジで来やがった。しかも奴の言葉遣いから考えてどうやら一人らしい。

「あー、ちょっと待って。今開けるから」

リビングから各部屋に通じる廊下の一番近い所に玄関がある。すぐそこに奴がいるという恐ろしい事実に背筋が凍る思いがするが、ひとまず深呼吸をして立ち上がった。とりあえず出るしか道が残されていない。
思い切って玄関扉を開けると、そこにはこの間のような威圧的な鎧姿ではなく、質の良さそうなロングコートを羽織った弟が立っていた。白い頬と鼻先がほんのり赤くなっている。

「よ、よお、クレッド」
「…………中へ入っていいか。寒くてたまらん」
「ああ、入れよ」

外は一面真っ白の雪景色だ。降っている量は多くないが気温は氷点下といったところか。すでに外へ出て三日目の弟子達が少し心配になるが、それよりも今は目の前の男だ。
クレッドをリビングへ招き入れた俺はとりあえずソファへ座ってもらうことにした。その際何故か高級そうな赤ワインを手渡された。土産を持参してくるとは結構気遣いしてくるタイプなのか……つーかよくある兄弟の訪問ぽくないか? なんて一縷の望みに期待をかけてしまいそうになる。

「中は暖かいな。今日はあの子供はいないのか?」
「ああ、オズのことか。あいつは子供みたいだが一応俺の弟子だ。今は用事を頼んでいてしばらく戻ってこない」
「そうか……」

台所のカウンターを挟んで茶を用意しながら普通に話してはいるが、俺の心臓はもの凄い勢いで鼓動を刻んでいる。なんにも動じていませんよ的な表情を作るのがこんなに辛いものだとは思いもしなかった。

「で、どうやってここまで来たんだ?」
「馬車だ。今日は早めに職務を切り上げてきた。明日は休暇を取っているから、泊まるつもりだ。よろしくな」

…………はい? きゅ、休暇? 泊まり? 何言ってんのこの人。つーか何がよろしくなの!?
焦る気持ちを抑え、俺は茶を持ってソファ前の低い机の上へ慎重に置く。俺の手震えるなマジでと呪文のように唱えながら。

「え、えーっと、泊まるって……冗談だろ?」
「冗談? この前約束しただろう。忘れたのか」
「約束だと……? そんなもんしてねえぞ」

おい、なんで俺が逆に責められてんだよ。ブチっと何かが切れそうになるのを我慢しながら表情を変えないように努める。ってお前が勝手に言っただけで泊まりの約束した覚えなど毛頭ないんだが。明らかに俺の貞操危ないだろうが。
溜息をついてソファにどかっと腰を下ろすと、前に座ったクレッドが鋭い目つきで静かに俺を睨んでいることに気付いた。

「でも、兄貴も少しは覚悟してくれたんじゃないのか……?」
「は? か、覚悟って何のーー」

俺が言い終わる前にクレッドがいきなり立ち上がった。ややややばい、何がこいつの逆鱗に触れるのかもう分からないぞ俺には。つうかこいつが家に入ってきてまだ十数分しか経ってないし落ち着いて話するべきなんじゃないのかなぁ、とひきつった顔をしながら目で訴える俺。

「……そんな格好で足開いて」
「は?」

地を這うような低音で呟かれ、いつの間にか目の前で中腰になって覆いかぶさろうとしてくる弟の前で固まる。え、なに俺のガウン一枚のだらしない格好のことを言ってるわけ? 人がうだうだしている頃合いにお前が突然やって来るからだろうがッ!

そうこうしている内にクレッドの足が俺の膝の間を割ってソファへと押し付けられる。ねえそれって男が男にやるポーズじゃないから、その前に弟が兄に欲情ってマジで笑えないから。

「待て、おい、クレッド。ちょっと冷静になろう」

俺も冷静になって考えたいのだが目の前のすでに余裕がない男を見るに、どうしよう時間がないぞと内心焦りまくっていた。だがこんな状況でも主導権を完全に失うわけにはいかない。

そう思った俺は咄嗟に奴のズボンからシャツをずばっと引き出し、両手でめくりあげて上半身を露わにさせる。眼前に現れたのは男でも惚れ惚れするような均整の取れた肉体美だった。腹筋はもちろん割れていて、がっしりした胸筋に比べて腰が思ったより細めで引き締まっている。
これは女が見たら即効落ちるな、とすぐに判断がついてしまう自分が腹立たしい。あ、しかも乳首の色が薄い。

「クソッ」

素直に悪態をつきながら、動きを止めたまま俺の視姦に晒されている弟の面をちらと覗いた。端的に言えば、どうしたらいいのか分からないといった混乱と困惑の表情を浮かべている。

「おいおい、なんだ固まって。お前こそ、こういう事態は予測してなかったのか?」

意地悪く笑い、さも余裕があるかのように見せながら体をペタペタと触る。よしこのままでいい、俺がこいつの体を弄っている間は手出しが出来ないだろう。それに目的は別のところにある。何よりもまず「それ」を明らかにしなければいけない。俺だってなし崩しに襲われるわけにはいかないんだからな。

「……ぅあっ…………そんな、ふうに……触るなっ……」
「はは、どうした? これぐらい我慢しろよ」

台詞に心がこもっていないため棒のようになってしまうが仕方ない。だが、ふふふ、こいつまたこの前のようにイヤらしく喘ぐつもりか? 悪いけどお前のアレを触ってやったりしないから、そんなつもりで体をまさぐってるわけじゃないからな俺は。

「はあっ、あ……っ」

しかし体を触られているだけでこの感じ様、ちょっと異常じゃないか。こいつ呪いのせいで体内に媚薬が入っているような状況になっているのではないかという疑念すら湧く。そうでないとしたら恐ろしいレベルの変態だ。
あ、そうだ忘れてた。とっとと調べないと。

「こっちも見せろ」
「はっ……な、何をっ」

俺はかまわずクレッドのズボンに手をかけ、一気に下ろそうとした。だが太ももの張った筋肉のせいかすんなりいかず腰より少し下がった状態で引っかかってしまう。ああでもパンツまで脱げなくて良かったと少し安心していると、そんな俺の前に思わぬモノが飛び込んできた。

「なッ! や、やめろッ!」

焦った大声が頭上から降ってくるのも無視し、肌の上に描かれた異質な光景から目が離せなくなる。
そう、ちょうどパンツに少し隠れた太ももの上辺りに、黒のインクで刻まれた絵らしきものを発見したのである。

「なんだこれ……入れ墨か……?」
「見るな! くそッ!」

弟が本気で怒りながら悪態をつくのは珍しい。だがそれ以上に体にこんなモノを入れているとは。
真っ白な肌に浮かび上がった文字と記号からなる黒の刻印ーー。あくまで表面上清廉潔白なイメージの弟からは程遠いほど、それは禍々しい存在感を放っていた。



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