俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 61 予期せぬ告白

小さな照明が灯る薄暗がりの中、俺は目を覚ました。横向きで寝ていて、首の下に男の腕がある。
一瞬の内に思考を巡らせ、ああ、クレッドの腕か……とすぐに思い至る。

布団はかけられているが、もう片方の腕も俺の体の上に回されていた。
後ろから寝息が聞こえ、弟がくっついて寝ているのだと分かる。

こいつ、腕痺れないのかな?
疑問に思いつつ、上に乗った長い腕をそっと下ろした。すると、弟が微かにうなる声が聞こえた。

げ、起こしたかも……
慌てて体を起こし、そそくさとベッドから降りようとする。
その時、手首をいきなり掴まれた。

「どこ行くんだ?」
「うわッ」

振り向くと眠そうな顔をした弟が、薄っすらと開けた目をこっちに向けていた。
いつもながら、こいつの動作にはあまり気配を感じないと恐怖が沸いてくる。

「あ、ごめん。起こした?」
「……ああ」

手で目を擦り、眠気を覚まそうとしているようだ。だってまだ夜中だもんな。
それに昨日っつうか数時間前まで、二人で色々していたから。
異常な体力を誇るこいつでも、少しは疲れたに違いない。

「なあ。お前、うつ伏せ以外でも寝れるんだな」

俺が何気なく尋ねると、クレッドは急に頭を起こし、大きく目を見開いた。
瞬きをして驚いた素振りを見せている。

「だって今横向きで寝てたぞ。昔、うつ伏せじゃないと寝れなかっただろ?」
「……そんな事覚えてるのか、兄貴」

弟には珍しく、気恥ずかしそうな顔をした。
俺から昔話をすることは、ほぼない。だからなのか、少々面食らった様子に見える。

「今でも仰向けじゃ寝れないけどな……」
「えっまじで? はははっ!」

俺が思わず声を上げて笑うと、ちょっと困惑したようなムッとしたような顔をされた。
反省しつつも、なんか微笑ましいと思ってしまう。
だってそんな人間、こいつ以外見たことない。

「あとお前、座ったままでも寝れないよな。あれなんで?」
「普通座ったままで寝る必要ないだろ」
「俺は寝るぞ。本読みながらとか」
「それは兄貴だけだろ。ちゃんと横になって寝ろよ」

こっちが質問したのに、いつの間にか俺が注意されている。
ふふっ。俺よりしっかりした正論放ちやがって。

昔は素直で可愛い子供って感じだったのに。
今更だけど、いつの間に成長したんだろう。
俺は十六の時に家を出たから、弟が大人になっていった様を近くで見てないんだよな。
時々家に帰ったときに、顔を合わせていたぐらいで。

「兄貴、喉乾いたんじゃないのか」
「えっ……ああ、そうだった。何で分かったんだよ」
「声が少し掠れてる」

普通の会話のはずなのだが、台詞の最後にニヤっとした意味深な笑みを添えられて、また顔が熱くなるのを感じた。

「別にそんなことねーよっ」
「何が飲みたい? 水でいいか?」

俺の過剰な反応を素通りして、クレッドが体を起こした。見慣れたはずの裸体が現れ、ちょっと目を逸らす。
弟はベッド脇の椅子にかけられたガウンを取り、それを羽織った。

「いや、牛乳がいい」

水の代わりに注文すると、弟が突然ぶっと吹き出した。
え、なにがおかしいんだよ。
白けた顔を向けると、笑いを堪えているのか、奴の背中が震えている。

「分かった。ちょっと待ってろ」

半笑いで寝室から出ていき、しばらくしてグラスに入った牛乳を持って帰ってきた。
手渡され、それを素直に飲み干そうとする。
その様子をじっと見ていたクレッドが、いきなり変なことを言ってきた。

「兄貴、昔から運動した後は、いつも牛乳飲んでたな」

……う、運動だとーー?

今度は俺が牛乳を吹き出しそうになった。つうか少し口から出ちゃった。
慌ててゴホゴホと咳払いをする。

「何言ってんだお前、あんまりくだらねーこと言うんじゃねえっ」
「だって本当のことだろ。剣術の稽古した後、必ず飲んでたじゃないか」

平然と事実を述べられ、言葉に詰まる。
確かに小さい時、俺はまだ剣の稽古を弟と一緒にしていた。
あの頃はいつも一緒にいて、こいつ俺にベッタリで、可愛かったなあ……

図体がでかくなり、時々威圧的な空気を醸し出す今とは大違いだ。
いや今も可愛いとこあるけどさ。
とにかく変貌の仕方が凄くて、何故なんだろうと思っていた。勿論騎士への道を歩んだ事が、大きく影響しているのだろうがーー

「懐かしいよな。二人で親父相手に向かっていっても、片手で遊ばれただけでさ」
「そうだな。兄貴、敵わないと思ったらすぐに剣放り出して、親父に怒られてたよな」
「……おいお前。余計なこと思い出させんじゃねえ」

まあ、こいつの嫌味なとこは意外と昔からあったんだけどね。

それにしても、こうやって話すのは不思議な感じがする。
今の弟に慣れてきたのだろうか。こういう関係になってから昔の話をするなんて、前は考えられなかった。
はは、俺もどこか、色々と受け入れ初めているということか。

……って待てよ。呑気に浸っている場合じゃない。気になっていた事を聞くチャンスなんじゃないか。
カナンの言葉を聞いた時のクレッドの態度を振り返ると、すげえ聞きづらいけど。
でもやっぱり、はっきりさせないと駄目だろう。

「あ、あのさあ。クレッド……」

俺は決心して、うつむいていた顔を上げた。
すると何故か弟の顔がすぐ近くにあった。
迫ってくる感じでグラスを取られ、ベッド脇の机に置かれた。けどすぐにまた視線を合わせてくる。

「おい……?」

真剣な眼差しでじっくりと見つめられ、クレッドの顔が徐々に俺の首下に近づいてきた。
鎖骨を舌先で舐められ、ちゅっ、ちゅっと音を鳴らしながら口を這わされる。

「な、なにっ」

突然もたらされた刺激に体が仰け反る。すると顔を上げた弟が、にやっと笑った。

「さっき、こぼしただろ。舐め取っただけだ」

赤い舌をぺろりと覗かせ、まるでこっちが誘惑されている気分になる。
どう反応していいか分からず固まっていると、今度は唇を俺の口に合わせてきた。

「ん、んん」

二人共座ったまま、クレッドの手が俺の首の後ろに添えられ、深いキスを与えてくる。
ああ、やばい。このままではまともに話が出来ない。
そう感じた俺は、奴の体を両手で押しのけようとした。

「……だめ? 兄貴」

すでに色めきだった声で問われ、俺も自分の顔が火照るのを感じながら、弟の目を見据える。

「い、今は駄目だ」
「どうして?」
「お前に聞きたいこと、あるんだよ」

真剣な声色で告げると、クレッドの顔つきが一瞬変わった。
けれど次の瞬間、俺に構わず体を抱き寄せて、また首に吸い付いてきた。

「ちょっと、ま、待てって」

体をよじりながら、必死に話を続けようとする。
なんで俺の言うこと聞いてくれないんだ。話を逸らそうとしているのか?

「クレッド。カナンが言ってただろ、俺達がやっと仲直りしたとかーーあれって、喧嘩してたって意味なのか?」

俺は肩を掴んで、弟にはっきりと尋ねた。
しかしクレッドは黙ったまま、俺の体を弄ろうとしてくる。
なんか様子がおかしい。やっぱり聞いたらまずいことなのか。

困惑していると、クレッドの手が下のほうに伸ばされた。
おいおい、何してるんだこいつ。真面目な話してるのに……そう思って、俺のを触ろうとしてくる弟の手首を掴んだ。

「待てよっ、なんで無視するんだ? ちゃんと答えてくれよ、知りたいんだ」
「兄貴、こういう事だよ。今教えようとしてるだろ?」

弟が低い声で俺に告げ、目を真正面から捕えてきた。
え……? こういう事って、なんだ。

俺は言葉を失い、呆然と弟を見ていた。
クレッドは苦笑した後、予期せぬことを言い出した。

「昔、俺といけない事したの、覚えてない?」

ああ、いけない事か……こいつと……。 

何それ。
弟の言葉が確かに聞こえたはずなのだが、頭が回らない。
どういうことだ。何かやばい事を、弟とした……というのか?
記憶にない。あるはずがない。

「冗談だろ……?」

俺は震える声で尋ねた。さすがにタチの悪すぎる冗談だ、と思いながら。

「違う。俺は覚えてる。兄貴は忘れてるかもしれないけど」

その言葉は、何故か俺を責めるようなものではなく、淡々と紡がれた。
余計に意味が分からない。
なんだ? 俺がこいつにそんな事するわけがない。

「ま、待てよ……いくつの時の話だ」
「俺が十三歳の時だ」

はっきりと告げられ、文字通り卒倒しそうになった。
何を言い出すんだ、俺が当時の可愛いクレッドにそんな事するわけないだろう。
有り得ない、そんな非人道的なことーー
というか具体的に何したんだ。 

「嘘だろ……そんな……」
「本当だよ。兄貴。信じて」

子供の時の優しい弟を彷彿とさせる話し方をされる。
俺から目を逸らさずにいる蒼い瞳が、わずかに揺らめいている。

覚えてない。でももし、万が一事実ならば、完全に俺が悪い。だって俺は兄貴で年上だ。

泥酔してたとかそういう事か? いやたぶんそんなはずはない。
マジで一体何をしたんだ? 恐ろしくて聞けない。
もう頭がめちゃくちゃなんだけど。

「なあ、もしかしてお前、俺に……ふ、復讐……するつもりで」

俺は声を震わせながら、必死に続けようとした。決して言いたくはない台詞を。
まさか一連の出来事は、俺を許せないからしたことなのか?
思いが通じ合ったと思ったのも、全てまやかしで、俺の妄想だったのか……

顔面蒼白になった俺の前にいるクレッドは、目を丸くしていた。

「え? な、なんで俺が兄貴に復讐するんだ?」

戸惑いながらも、それほど深刻な様子ではない感じに聞き返される。
疑問は晴れてないが、少しだけ胸を撫で下ろした。

「……違うのか?」
「そんな事するわけないだろう。好きな相手に」
「えっ……俺のこと好きっていうのは、本当なのか?」

鼓動がやばいぐらいに打ち鳴り出す中、俺は恐る恐る真意を尋ねた。
するとクレッドは真剣な顔をさらに近くに寄せてきた。

「当たり前だ。何度も伝えてるだろ?」

確かにそうだけど。でもやっぱりよく分からない。
だって今の話が本当なら、俺はこいつに酷い事をしたということだろう。
それなのになんで……

「い、いつから? 俺のこと、いつ好きになったんだ?」

ずっと気になっていたのに、聞けなかったことだ。
呪いが解けたら俺のことなんて、どうでもよくなるんじゃないかって。
 
そんなの覚えてない。とか言われたらもう俺、死ぬかもしれない。
それほどギリギリの精神状態で、決死の覚悟で問う。

するとクレッドは、眉を寄せて切なそうな表情を見せた。
どうしたんだ? 途端に胸の奥がぎゅっと苦しくなるのを感じる。
急に指先まで震えてきて、どうすればいいのか分からない。

「いつからって……ずっとだよ」

弟が俺の手に触れて、感情を乗せるようにしっかりと握ってきた。
その瞬間、他の全てが無くなってしまったみたいに、弟だけが瞳に映されていた。

「俺は……小さい時から、ずっと兄貴のことが好きだ。……好きになったのは、兄貴だけだ」

弟が久しぶりに見せた、俺に縋るような顔。
子供の時に見てきた、あどけない可愛らしい表情。

クレッドの告白を聞いた俺は、すでに奪われたと思っていた心を、再び完全に奪われてしまった。



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