俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 50 敵わない男

聖地の周辺を荒らし回る渦中の敵「巨体の化物」を追って、俺と弟、そしてネイドと使役獣の四人は古城の跡地へと向かっていた。

まだ寒い冬の森の中を馬で駆け抜け、白虎が並走する。途中、騎士の集団が茂みに倒れているのを発見した。
俺達が馬から降りて近寄ると、奥に司祭と結界師の姿があった。
淡い黄緑色の光の粒が周囲に漂い、負傷した騎士達に治癒魔法を施していることが分かる。

「ハイデル、君も来たのか。エブラルならこの先だ」
「ああ。今から向かう。イヴァン、お前も敵を確認したのか?」
「いいや、我々はついさっき到着したところだ。この惨状を見たまえ。厄介な対象だと言わざるを得ない。まあ君達が居れば、大丈夫だとは思うが」

司祭とクレッドが話すのを横目に、結界師と目があった俺は奴に話しかけた。

「ローエン、大丈夫か? 手は足りてるのか」
「ああ、セラウェ。問題ない。それより司祭から事情を聞いたが、君が無事で良かったよ」

眼鏡の奥の瞳が揺れ、心から安堵した表情を向けられた。少し気恥ずかしくなる。

「ありがとな。心配かけて悪かった」
「いや、俺達がついていながら、危ない目に合わせて申し訳ない。……ところで、君も奴のもとに向かうのか? くれぐれも気をつけたほうがいい。この騎士達の傷跡は魔法によるものだ。致命傷は免れているが、大きな殺傷を一撃で与えられている」
「えっそんなに強い敵なのかよ。しかも同じ魔術師ということか……分かった、用心するよ」

真剣に助言をくれる同僚に対し冷静に返そうとするが、内心動揺しまくりの俺だった。

「ネイド。君に頼みがあるんだが。僕らと一緒に騎士達を運ぶのを手伝って欲しい。重症を負った者を回復師の元へと連れて行きたくてね」
「……そうですね。宜しいですか、団長。出来るだけ早く戻りますので」
「ああ。その方がいい。彼らを頼む」

えっ、確かにそれが最善だというのは分かる。だが戦力が一人減ったことに情けなくも不安が募る。
なぜか今、無性に嫌な予感が過ぎったのである。突如淀んだ真っ黒な空気が襲い掛かってくるような……

すると隣にいたクレッドが俺の腰をいきなり掴み、自分の方に引き寄せてきた。
おい公衆の面前で何考えてんだお前。

「どうした兄貴。俺だけじゃ不安か?」

仮面の奥から発せられるクレッドの低い声色にぞくっとくる。なんで俺が心細くなってんのが分かったんだこいつ。

「違えよ。俺はお前が心配なんだ。敵がどんな奴か分かんないだろ」
「……それは嬉しいが、俺の心配事は兄貴だけだ。大人しくしていてくれよ」

真剣味が滲む弟の言葉にどきどきして頭がぐらついてきた。これから大事な局面だというのに。

「おい俺は除け者か? お前達がそんなに怖いと言うのなら、この俺が守ってやる。安心しろ」

低い位置にいる白虎が自信げに言い放ち、俺達兄弟の冷ややかな視線が浴びせられる。お前の存在が一番怖いんだけどな。
そう突っ込むのを堪えて、俺達は再び馬に乗り司祭たちに別れを告げ、目的地へと向かった。


※※※


枯れた草木が広がる荒野の中心に、高くそびえる灰色の古城が目に入った。半分崩れ落ち、瓦礫に佇む寂しげな城のすぐそばに、呪術師の少年の姿を発見する。

奴が掲げた右手の先から、眩い閃光が宙に向かって走った。立ち昇った光の柱がバチッバチッと大きく弾けるような音を発したかと思うと、天上が震えるほどの雷鳴が辺り一帯にとどろいた。

「うわ……あいつの雷魔法の威力、すげえな……」

強大な魔力量もさることながら、その繊細で儚げな外見からは想像できないほどの力量がうかがい知れる。

「エブラル! 奴はどこだ」

クレッドの大声に呪術師が振り向く。落ち着いた様子で俺達のもとに向かってくる奴の表情はどこか、ぴりぴりと殺気立っていた。

「ああ、ハイデル殿。もう少しです。直に姿を現しますよ。……セラウェさん、よく来てくれました。今こそ私のお願いを聞いてもらいたいのですが」

願い? 言ってる意味が分からず唖然とする。
けれど呪術師がそう告げた瞬間、ロイザが異変を察知したかのように大きく吼え上げた。
とっさに身構えた俺だったが、急に体が地面から浮き上がりそうになる。

言葉を失い全身を強張らせると、がしっと上半身をクレッドの腕に掴まれた。
同時に片手で剣を抜いた弟の周辺に、真っ白な眩い光が円状に立ったのである。

「邪魔しないでくださいよ、ハイデル殿。今あなたとやり合ってる暇はないんだ」
「……お前、俺に殺されたいのか」

物騒な言葉を投げかけるクレッドに、呪術師がようやく普段の食えない笑みを浮かべた。何を考えてるんだ、このガキは。

「てめえ、エブラル、なんで俺にまた魔法ぶっ放してんだよっ」
「セラウェさん、言ったでしょう? あなたにはいつか私のお手伝いをしてもらうと。今がその時なんです。思ったより時期が早かったですが」
「は? 何の話だ」
「あなたは良い囮になるという話です。……ああ、もうじきここに来ますよ。あの男が……」

少年が静かな怒りを入り混じらせ告げた瞬間、クレッドの手に力が入った。だが視線はまだ呪術師を捉えている。
あの男って何だよーー俺が、囮だと?

視界は未だに弟の守護力が発する白い光に包まれ、よく見えない。
するとクレッドが突然バッと身を翻した。俺は奴の背中に隠され、わけが分からず鎧に捕まる。

「……あいつが、『巨体の化物』か?」

弟の訝しむ声が聞こえ顔を上げると、白い光の先に人影が見えた。
ガシャッ、と硬質の足音が鳴り響いてくる。なんだ、鎧を身に着けた騎士なのか。

「セラウェ。これはまずいぞ。よく見てみろ」
「え?」

使役獣の否定的な言葉を聞いたのは、いつぶりだろう。
気になって確認すると、その男は確かにとんでもなく大柄だった。グレモリーと大差ない。

全身プレートアーマーで、顔を覆う兜の裾から肩までの金色の髪がなびいている。
手には馬鹿でかい大剣を握りしめ、素振りをするように大きく振りかざしながらこちらに向かってくる。

…………ちょっと待て。俺、この男、知ってるかもしんない。

「あれは、騎士か……いや、傭兵か……?」

クレッドが防御の構えを解かないまま呟く。
いや、そのどちらでもない。俺には奴の素性がわかっている。

「違います。ああ見えて、奴は魔術師ですよ。……正確には、妖術師ですが」

エブラルの嘲笑に満ちた言葉が突き刺さる。何故お前がそれを知っている……知り合いなのか?

「おい、そこの白虎! お前こんなとこで何してんだ? 飼い主に売り飛ばされでもしたか!」

……げっ。やっぱりそうか。この横柄で無礼な物言い。体と同じくでか過ぎる荒々しい声。
俺は怯えながら弟の背に隠れた。もう兄の誇りとかどうでもいい。

「お前の知り合いのようだな、白虎」
「ふん、そんな軽々しいものならば良かったのだがな」
「どういう意味だ」
「あいつは俺の、元主だ」
「……は?」

珍しくクレッドの間の抜けた声が聞こえた。
やべえ、まじで会いたくない。というか、巨体の化物ってこの男だったのか?
何してくれてんだよ、俺と弟の職場で。完全に犯罪者じゃねえか。

「元主ってなんだ。どういうことだ、兄貴」
「さ、さあ……俺にもよく分かんねえ……」

しらばっくれている俺をよそに、気がついたら化物はすぐそこまで来ていた。だが何故か今すぐ戦闘を始めようという雰囲気ではない。

「おいメルエアデ。私を無視するな。お前に会えるのを長らく待っていたのだぞ」
「俺は別に待ってねえよ。今俺の使役獣と久々の再会なんだよ、エブラル。邪魔すんな」

近づいてくる鎧の巨体にロイザが唸る。俺は依然としてクレッドの影に身を隠していた。

「ハハッ! ロイザ、元気にしてたか? なんかお前の飼い主、恥ずかしがって顔見せてくんねえみたいだな。…………この騎士、一体あいつの何なんだろうなあ? そんな大事そうにかばいやがってよ」

やっぱバレてたか。バレないはずがない。この最強最悪の妖術師に。

「おい、てめえ。後ろに隠してるそいつ、俺の所有物なんだが」
「……貴様は誰だ」

クレッドが例のごとく怒りを溜め込んだ声質で問う。
ああ、またこうなるのか。一難去ってまた一難ってやつか? でもたぶん、これが一番最悪なことになると思うんだよな。

「今言っただろうが、聖騎士。俺はセラウェの所有者だよ」

嘲るように言う男の文言に我慢できなくなった俺は、弟がブチ切れる前に身を乗り出した。

「誰があんたの所有物だ。変な言い方やめろ」
「ん? やっとその可愛い面見せてくれたのか、バカ弟子。おら、こっち来いよ」

俺達のやり取りを聞いて、即座に弟が俺に向き直った。仮面の奥の蒼目が揺れ動いている。
ごめんな、いつも……。もうそんな謝罪の言葉しか浮かばない。

「クレッド。認めたくないけど、この化物は俺の師匠なんだ」
「誰がバケモンだ、馬鹿野郎」

俺の暴言を咎めながら師匠が自ら兜を脱ぎ去る。まるで獅子のたてがみを思わす金色の髪と同色の琥珀色の瞳がばっちりこちらを見た。

彫りの深さと造形から美男子と言える部類ではあるが、常に人を小馬鹿にしたような尊大さと粗暴さが外面に表れてるのが残念なところだ。

「おい聞こえなかったか? セラウェ。俺が呼んだらすぐに来い。お前もそこの使役獣と同様、まだまだ躾が必要みてえだな」

このジジイ、好き放題いいやがって……。苛つきから唇を噛み締めていると、クレッドの剣がもう一度真っ直ぐと構えられた。

「この男が師匠というのは本当か」
「……ああ、認めたくはないが真実だ」

俺が苦渋に満ちた返事をすると、弟の体が小刻みに震えだした。

「ふっ……そうか、……くく……はははははッ!」

えっ。どうしたの俺の弟。いきなり笑いだしてるんですけど。もしかして壊れちゃった?

「セラウェ、お前の弟大丈夫か?」
「ハイデル殿。気持ちはわかりますけど、落ち着いて……」

近くにいた使役獣とエブラルから心配の声が飛ぶ。
クレッドの笑い声が治まるのを待っていると、奴は再び俺に向き直った。

「なあ……俺の許容範囲も、とっくに限界を越えてるんだが……」

ひっ! 弟が虚ろな声で恐ろしい事を言っている。

焦りで気が動転しそうになりながら、俺は師匠と弟の間に割って入った。
相変わらず見上げるほどの大男ぶりに辟易する。俺が暑苦しくてガタイが良すぎる男が嫌いなのは、師匠のせいだろうと確信する。

「なんだバカ弟子。この聖騎士、お前とどういう関係だ」
「こいつに手を出すな、師匠」
「ああ? 俺のもんに手を出したのはその野郎じゃねえか。退けよセラウェ」

分かっている。脅し文句を述べながら怖い顔を作ってはいるが、この男はただ面白がっているのだ。弟子が珍しく自ら人との関わりを主張するのを見て。

でもここで退くわけにはいかない。この男、マジでしつこいから。

「嫌だね、俺は別に師匠のもんじゃねえ」
「……へえ。お前男もイケたのか、知らなかったぜ。もっと淡白な奴かと思ってたが、そういう事は早く教えろよ。寂しいだろうが」

そう言って俺の顎を乱暴に指で上向かせた。俺は勢い余ってバシン! と手で振り払う。
む、無理。この減らず口のおっさんを黙らすにはどうしたらいいのだろう。

「うるせえセクハラジジイ! あんたに関係ねえだろ!」
「おい否定しねえのかよ。何があったんだお前。ロイザ、お前の主について知ってること吐き出せ」

急に胡散臭い心配顔を浮かべて、白虎の使役獣に問いかける。しかし白いもふもふは固く口を閉ざしていた。
よしそれでいいぞ、師匠には何も喋るな。面倒くさい事この上ない人間だ。
だが俺の弟が黙っているわけがなかった。

「なあ……もう、ヤッていいか? このうざい野郎……」

頭上から凍りついた声色のぞっとする言葉が降ってきた。

「いいぞ、弟。やれ。俺が許す」

急に下から白虎の許可が下りる。おい駄目だ、そんなの。この師匠は、認めたくないが、めちゃくちゃ強いんだぞーー

「やめろ、クレッド」
「何故だ? 俺は許さんぞ、この男のふざけた振る舞いを」
「おいバカ弟子、早く俺のそばに来いっつってんだろ。素直に言うことを聞けば、今はそいつに手出すのは勘弁してやるよ」

俺達の不毛な会話を聞いていたエブラルの溜息が辺りに響いた。

「はあ。やっぱりこうなるんですか。……おい、メルエアデ。お前には騎士団宿舎での尋問を受けてもらう。忘れるな、お前の犯した罪が大きいことを」
「はッ! 俺がお前の言うことをはいはい聞くとでも思ってんのか? エブラル」
「お前こそ一人で私達に勝てると思ってるのか」
「一人じゃねえよ。俺の弟子と使役獣がいるだろうが」

……はい? なんで俺があんた側にカウントされてんだ、ふざけんなよ。

けれど単純にそう思っていた俺は馬鹿だった。約一年ぶりに会う師匠の本当の凶悪さを忘れていたのかもしれない。

この男はいとも簡単に自らの転移魔法で対象の背後へと周り、まるでロイザのごとく自慢の体術で敵の体を締め上げ、対象の間合いから瞬時に移動することが出来る破格の肉体の持ち主だということを。

そして俺は常にそんな師匠の、被害者であるということを。



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