俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 49 帰還、波乱の予感

その日、騎士団宿舎の廊下を弟と共に歩いていた俺のもとに、もはや懐かしく響く弟子の甲高い声が届いた。

「マスター! 会いたかったですっっ!!」

突然のことに心臓が止まるかと思いながら振り向くと、頬に土らしき汚れがついたオズが泣きそうな顔で俺に飛びついてきた。

「……良かった、無事で……」

一言呟き、俺の胸に小さな顔を埋める。
ちゃんと帰ってきたのか。ほっとして思わず弟子の茶髪に手をのせ、よしよしする。

「オズ、心配してくれたのか? 俺はもう大丈夫だ。安心しろ」
「……マスター」

感動の再会中なのだが、ちょっと隣にいる弟の反応が気になり、ちらっと確認した。するとクレッドは意外にも穏やかな面持ちで俺と弟子の様子を眺めていた。
だが奴の顔つきが次の瞬間一変する。険しい視線を向けた先にいたのは、俺の使役獣だった。

白虎の姿をしたロイザが俺を見て、距離を詰めてきた。というよりも、気付いたらすでに走って飛びかかってくる勢いだった。

「うわあぁッやばい、オズ避けろッ!」

俺はそれまで抱擁していた弟子を突き飛ばし、とっさに身構える。
情けないことに自分の使役獣に対してビビったのか、ぐっと目を閉じた。けれど何も襲ってくるものはいない。

あれ……
不思議に思ってゆっくり目を開けると、すぐ前に弟の背中があった。しかも剣を抜いている。

「おい、クレッド?」

真っ直ぐ刀身を構える弟の正面にいたのは、唸り声を上げて威嚇する白虎だった。
ええと……まさか修羅場なのかな?
冷や汗を垂らしながら身を乗り出すと、弟が伸ばした腕に遮られた。

「セラウェ、お前の弟が邪魔だ。退かせ」

ロイザの苛立つ声が投げかけられる。珍しく余裕が失せた台詞に、仕方がなく奴の要求をのまざるを得ないことを悟った。

「クレッド、剣降ろせ。大丈夫だから。こいつ腹が減ってんだよ」
「兄貴……」

納得がいかない様子の弟をなだめるように告げ、その場の緊張感を解こうとする。
黙考の後、剣を仕舞ったクレッドを確認すると、俺はロイザに近づいた。

すると使役獣はいきなり俺の上に覆いかぶさってきた。その場に押し倒され、完全に乗っかられる。

「うあッ、重い、ロイザッ」

無言で憤りの表情を浮かべる弟に見下ろされるものの、俺は白虎をないがしろに出来ず、されるがままになっていた。
そんな俺達を近くに座り込んだオズが呆れたように見つめている。

「マスター、こいつ変なんですよ。ずっと苛々してて」
「そうか。疲れたんだろ。休ませてやろう」

上に乗った白虎の重量に腹が痛くなるのを我慢しながら、俺は白い毛を撫でた。
すると白虎は四足を伸ばして起き上がり、なんとそのまま人型に変化しだした。

頭をもたげた褐色のロイザが現れ、絶句する。おい弟の前で何してくれてたんだ、この使役獣は。

「……何の真似だ、獣」

案の定、上からクレッドの冷えた声が降ってきた。ロイザは膝立ちで俺の上に跨ったまま、涼し気な笑みを弟に向けた。

「俺を獣と呼ぶな。小僧」
「じゃあ何て呼んでほしいんだ? あとその呼び方もやめろ」
「気に食わないのか? 俺のことは白虎でいいぞ、弟」
「……俺はお前の弟じゃないんだが」
「我儘な子供だ。……なあ、セラウェ」

心なしか使役獣の声が愉しそうに聞こえる。こいつ、俺の弟で遊んでんのか。
けど前より二人の距離が縮まってる気がする……と思うのは少し無理があるだろうか。俺が攫われてた間に、何かあったのかな。

「でも可愛いだろ、こいつ。仲良くしてくれよ、主の為に」
「ふん、お前の弟次第だな」
「……おい白虎。そろそろ退けよ」

俺と使役獣の会話にクレッドが割り込んでくる。するとロイザは目を細め、再び不敵に笑った。

「なんだ、随分と余裕が出てきたじゃないか。俺の主から、何か褒美でも貰ったか?」
「まあな。お前には教えたくないけどな」
「ほう? 素直なお前は少し気持ちが悪いな」

今の素直だったか? ロイザの言葉を疑問に思いつつ、いいから早く俺の上から退いてほしいと心の中で願う。

「団長、只今戻りました」

突然どこからか男の声が響き、皆が一斉にその方向を向く。すると全身鎧姿の騎士がこちらに向かってくるのが見えた。

「ネイド。遅かったな」
「すみません、色々と手間取りまして。……主にそこの獣のせいで」

騎士の言葉尻が急に下がる。えっ、まさかお前また何かやらかしたのか?
疑惑の目で使役獣を睨みつけると、ロイザはにやっと笑い俺の腕を引っ張り上げ、自身も体を起こした。

「あー、ネイド。もしかして俺の使役獣が迷惑かけたかな? スマン許してくれ」

立ち上がった俺はわざとらしく頭を掻きながら、弟の側近である騎士に速攻で謝罪した。

「……セラウェさん、聞いてもらえますか」
「へっ何を?」

温厚な騎士にしては珍しく冷たい低音で話しかけてきた。一瞬緊張が走る。

「あのですね、この男全く人の言うことを聞かないんですよ。戦闘時に俺がこう動けと言っても完全に無視です。それだけじゃない、魔物を食い散らかして残虐の限りを尽くしたあげく重要文化財であるイーニア庭園跡地をめちゃくちゃに破壊しやがってそれでも平気な顔して反省の色もない、もう俺はどうやって上に報告すれば良いんですかね?」

ほぼ息継ぎもせずに長文を連発した騎士に、空気がしん、となった。俺も呆然とした面持ちで瞬きを繰り返す。

「えっ……ごめんよく分からなかったんだけど。大丈夫……?」
「すみません大丈夫じゃありません」

騎士のつれない返事に身がきゅうっと縮こまる。

ーーまずい。あの温和なネイドがおそらく仮面の下で怒り狂っている。俺はわなわなと震えながら使役獣を見た。

「お、おまっ、そんなヤバイ事したのか? 嘘だろ? 嘘だと言ってくれよロイザ!!」
「まあ間違ってはいないが。大げさな騎士だな、少し暴れただけだろう。大目に見ろよ」

やれやれ、と芝居がかった表情で言い放つ使役獣の顔を、初めて本気で殴りたくなった。
縋るように弟の顔色を伺うと、クレッドは何故か俺に憐れみの目を向けていた。

「兄貴、大変だな……だが、躾がなってないんじゃないか?」
「すみませんが同感です」

即座に弟に同意して頷くネイドから、冷ややかな視線を感じた。

「ごめんって、まじで……。オズ、助けて……」

二人の騎士の微妙な眼差しを感じ窮地に陥った俺は、恥を捨てて弟子に助けを乞う。
するとサッと目をそらされた。なんだよ薄情者! 俺の味方もういないの?

「起こったことは仕方がない。こっちで何とかするから気にするな、兄貴。だがこれからはその白虎の手綱をしっかり握っておいてくれ」

いつもの俺に対する甘さも笑顔もなく、弟に事務的に言われ、俺はじと目で使役獣を見た。だがもちろん奴が人間の思いを理解するはずがない。

「ネイド。結界師はどうした? お前と一緒だったはずだ」
「あ、はい。奴なら司祭に呼ばれてすぐに別の任務に向かいましたが」

二人が会話を再開した時、遠くの方からバタバタバタ!と大勢の足音が聞こえてきた。
同じく鎧姿の大男の騎士グレモリーが、何人かの騎士を引き連れてやって来るのが分かった。

「おい、団長! 現れたぜ! 例の巨体の化物だ!」

大声で叫ばれた知らせは、信じ難いものだった。……えっマジで。俺は途端に体を強張らせる。
弟を見ると、眉間に皺を寄せ、すぐにグレモリーの元へと歩み寄った。

「どこだ。確保したのか」
「いや、まだだ。場所は北西の古城跡、すでに奴に襲われた魔術師共が見つかってる。化物はエブラルが追っているようだが」
「そうか。分かった、俺もネイドと向かう。お前たちは神殿の守りを固めてくれ」
「了解した。あとな、団長。落ち着いて聞いて欲しいんだが……」
「なんだ」
「エブラルがそこの魔導師を連れてこいと言っている」

グレモリーが急にこっちを見て顎で示した。

…………は? なんで俺が?

突如向けられた矛先に目を大きく見開く。だがクレッドの形相はもっと凄まじかった。

「何を言っている、正気か? そんな事を俺が許すわけがないだろう!」
「俺にキレんなよ団長、奴は本気だ。それに化物はかなり強敵らしい、うちの騎士達をいとも簡単にのしやがった。拘束するには呪術師の力が必要だろうが」

段々恐ろしい話になってきて、つい身震いする。俺がそんな場に投入されたらどうなってしまうんだ。
つうか何故エブラルは、一番頼りない俺なんかを呼びつけようとするんだ。
制限魔法が目当てなのか? いや明らかにあの呪術師の力のほうが上だろう。

「時間がねえ、早く決めてくれ」

急かす騎士に対して、クレッドが考え込むように口を閉ざす。俺は意を決して二人の間に入った。

「おい、俺も行くよ。役には立たないだろうが邪魔はしないから」
「兄貴……?」
「何かあったらお前が守れよ」
「それは当たり前だ」
「じゃあ良いな。行くぞ」

守ってもらう立場で偉そうな言い方をする自分が笑えたが、一刻を争うようだし仕方がない。
けれどそんな俺の前にオズとロイザが立ちはだかった。

「おい俺も行くぞセラウェ」
「俺も行きますよマスター!」

おいなんだこいつら。安いドラマみたいな事やってる場合じゃねえんだぞ。
でも、戦闘の匂いを感じたらしく目が輝いている使役獣は置いといて、涙目で心配そうな顔をする弟子は放っておけない。

「お前は絶対駄目だ、オズ。ここに居ろ」
「なんでですか? もうマスターと離れたくないです!」
「頼むから言うこと聞け。たぶん危ないから。心配なんだよ俺は」
「そんなあ……」

泣きそうになる弟子の頭を撫でる。だってこれ、ただの任務じゃないよな。化物を相手にするんだろ?
大事な弟子を連れて行けるわけない。つうか化物ってマジで何なんだよ。どんな猛獣みたいな野郎なんだ。

「じゃあ俺はいいのか、セラウェ」

明らかに愉しそうな顔で俺に尋ねるロイザ。こいつの存在どうしよう。今揉み合ってる時間はなさそうだ。
クレッドが気になり視線を送る。すると奴は予想に反して何かを目論むような笑みを浮かべていた。

「いいぞ。お前も一緒に来い、白虎」
「……えっ団長。本気ですか?」

弟の言葉にネイドが驚きの声を上げる。俺もびっくりだよ。どういうつもりだ。

「役に立つかもしれん。いざとなったら俺が止めてやる」
「ふっ。お前に止められるほど簡単な男じゃないぞ、俺は」

本当だよ。使役者である俺ですら中々止められない男だぞ、このクソ白虎は。

「じゃあ決まりだな、団長。おい、魔導師とそこの褐色の野郎、くれぐれも気をつけろよ。今までの任務とは違うぞ」

黙って様子を見ていたグレモリーが真剣な声色で告げる。
今までの任務って、俺正直簡単な魔物しか相手してないんだけど。自分の戦闘経験じゃ全く歯が立たなそうで怖い。

まあ弟達とこの不安要素のある使役獣、それにエブラルが居ればなんとかなるのか……?
必死に平静を装いつつ、俺は出発しようとする騎士達の後についていった。



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