俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 17 腹を空かせた使役獣

ソラサーグ聖騎士団へ拘留されてから、すでに五日が経とうとしていた。二日目に騎士団長かつ実弟のクレッドがこの部屋を訪れたのを最後に、俺は相変わらずひとりぼっちで監禁状態となっていた。

「ああっ、俺はいつまでこの部屋に閉じ込められてんだっ」

日に三度、係の者から食事が届けられるだけで、外に出ることも叶わず、自由がまるでない。そろそろ誰か構ってくれないと、頭が狂ってきそうだぞ。

ベッドに横になったまま、体を丸めて溜息をつく。あいつ、あの日以降全く顔を見せない。忙しいのは分かるが、全くの放置というのはどういうことなんだ? あんなことをしておいて。俺を惑わすようなことを、たくさん言っておいて。

なぜか体が疼く。一人でしても、満たされない。どうなってしまったというんだ、俺の体は……。
こっそり手を下に伸ばそうとする。……いや、まだ明るいうちから何やってんだ俺は。でも他にすることもないし……

「暇そうだな、セラウェ」
「…………あ?」

とうとう幻聴が聞こえてきたか。あー、つーか、この声俺の使役獣の声だわ。はは、確かにお前のもふもふの毛は恋しくなってきたが……今忙しいんだよ。

「……え!?」

驚いて振り返ると、白虎の使役獣ロイザ(人型)が腕組みをして、窓際に寄りかかり立っていた。

「お、お前……どうやって入ってきたんだ、つうかいつからそこに居た?」
「お前が独り言を喋りだした頃からだが。ここへは獣化して忍び込んだ。領内に結界が張り巡らされているようだが、もともと半実体の俺には効かんぞ」
「な……なに……」

俺はこの部屋で一人でいることに慣れてきていたせいか、とっさに頭が回らず、口を開けたまま間抜けな面を晒していたに違いない。ロイザに不審な目を向けられた。

「おい、セラウェ。いつまでここに居るつもりだ。何故さっさと抜け出さない?」
「は……? 出れるわけねえだろ、捕まってんのに!」
「やろうと思えば出来るだろう。全く、家でだらけているのと変わらないなお前は」

くそ……なんでこいつに説教されなきゃなんねえんだ。ああ、たぶんこいつ腹が減って苛ついているのか。最近魔力の供給が出来なかったからな。

「俺がここにいるってすぐ分かったのか?」
「ああ。デナンが俺達のところへ状況を説明しに来た。ファレンの風俗店は違法薬物の売買で取り締まりを受けたのだと。なんでも人を思いのままに操れる合成薬らしいが」
「ああ? なんだそれ、怪しすぎだろ。ほんとにあの店真っ黒だったんだな。……つうかデナンの野郎、上手く逃げやがったのか」

あいつは常にそうだ。面倒毎を人に押し付けて自分は旨味だけをさらっていく。一度地獄に落ちればいいのになと思う。俺達はあの日偶然風俗店にいたせいで、こんな目に合ったのだ。間が悪かったとしか言いようがない。

「オズはどうした?」
「街の周辺の宿屋にいるぞ。お前が解放されるのを待っている」
「え、そうなのか? なんか悪いな……でも俺いつ出れるか分かんねえんだけど」

可愛い弟子は責任を感じ、なおかつ俺の身を案じているに違いない。申し訳無さを感じながら溜息をつくと、ロイザにふんと鼻で笑われた。マジ腹立つなこいつ。

「それなら心配ない。昨日オズが騎士団からの手紙を受け取った。お前は近いうち、解放されるようだ」
「は!? 本当か?」
「ああ。だから俺達がこうして迎えにきてやった」

自信ありげに言うロイザだが、なんとなく手放しで喜べない。というか、はいそうですかと簡単には信じられない。
呪術師エブラルはあれから何も言ってこないが、このまますんなり帰らせてくれるのだろうか。そもそも、クレッドだって……

「なんだ、嬉しくないのか? ……まあどうでもいいが、俺は腹が減ってるんだ。お前が解放されるまで待てん。早くよこせ」

畳み掛けるロイザを見て、まるで中毒者の禁断症状のようだと半ば呆れる。やっぱり餌となる魔力が欲しかったのか。こんなとこ誰かに見られたらどうするつもりなんだよ。怪しげな褐色の男を連れ込んだとなれば、俺完全に出てこれなくなるぞ。

「あのなぁ、とりあえずお前はすぐに帰ったほうがいい。バレたらやばいぞ。それにお前ほど魔力の蓄えが豊富にある幻獣なら、オズに少し分けてもらえば保つだろう」
「オズには拒否された。俺が怖い上に疲れるから絶対に嫌だと」
「……あ、そう。なんか可哀想だな、お前……」

ロイザへの魔力供給は、普段俺がこいつと添い寝していることで自動的に行われる。別に変な意味じゃないし、変なことをしているわけでもない。定期的に時間をかけて詠唱儀式を行うよりも、日々少しずつ魔力をくれてやったほうが楽なのだ。それに、単に白い毛の塊が気に入っているというのもある。

「分かったよ。じゃあ早く獣化しろ。さっさと済ませて帰れよ」
「獣化は出来ん。この部屋には不思議な力が掛かっている」
「……え?」

何言い出すんだこいつ。途端に寒気がしてきたんだが。

「どういう意味だよ、それ。お前が獣化出来ないっておかしいだろ。力が弱められてるってことか?」
「さあな。だが嫌な感じだ」

ちょ、ちょっと……お化けとかそういうあれ? 俺そっち系苦手なんですけど。
いや、違う。ふざけている場合じゃない。つまりこの部屋には、敷地内にかけられた結界とは異なる部類のものが掛けられている可能性があるということか。

「じゃあどっちにしろ、俺が逃げるのも無理そうだな……」

そこで俺を襲い、逃亡したあの男のことを思い出した。あいつは、どうやってこの敷地から逃れることが出来たんだろうか。もしかして、ロイザのように完全な実体を持たない存在なのだとしたら……。気乗りはしないが、もう一度エブラルと話す必要があるのかもしれない。

「おい、セラウェ。とっとと始めろ」

しばし考え込んでいた俺に痺れを切らしたのか、ロイザに急かされる。しょうがなく俺はこいつの注文を受け入れることにした。

「……はぁ。じゃあそこに跪け。ベッドの下だ」
「ああ、分かった」

俺はベッドの足の方に腰を掛け、命じた通り床に膝をついて座ったロイザの顔を手で上向かせ、額を手のひらで覆う。呪文を唱え、自らの魔力を使役獣に注ぎ込む。
久しぶりに行ったそれは、俺にとって些か疲労を伴う作業に感じられた。確かにこれはオズでは足りないかもしれない。

サイズの話ではないが、こいつはそもそも大型の幻獣で、俺の手には余る代物なのだ。師匠の元で修行していた時に、遺跡で偶然見つけた魔導書に不思議な力を持つ白虎が封印されていた。本当は師匠が使役するはずだったのだが、面倒くさいからと最終的に俺に託された。

こいつの魔力に見合うように俺自身も努力してきたはずだが、元々の力の差は歴然としていて、明らかにロイザの方が上だ。だが使役者という立場上、俺がこいつの世話をしなければならない。たとえ暴れん坊で、時折手がつけられない問題児であろうと。

儀式が終わると、俺はそのまま後ろのベッドへ両手をついた。頭をうつむかせ膝をついて座るロイザを見つめる。

「おい、終わったぞ。腹は満足か?」
「……ああ。だが、美味くはない」
「なんだと?」
「セラウェ。お前、味が変わったな」

…………な、何を……こいつ……。

「え? は? 頭大丈夫、ロイザ君?」

必死にとぼける俺の目を見て、使役獣は不敵な笑みを浮かべた。なんだよその顔、仮にも使役者に向かって失礼だろうが。あ? 魔力に味もクソもあんのかこの野郎。

「指摘しただけで、咎めているわけではない。俺はお前に使役される身だからな。ただお前に従うのみだ。……だが、何か思い当たるフシがあるのか?」

意味有りげな顔で俺を見てくるこいつが憎い。普段無表情な奴がここぞとばかりに楽しそうな顔をすると、無性に腹立たしくなるのはどうしてだろう。

「別にありませんけど」
「ならいいんだが。……と言いたいところだが、少し試してみたくなった」

そう言って、ロイザは体を起こした。座っている俺のすぐ前に立ち、片手で俺の肩を押す。ベッドに倒され目を見開く俺を、無表情で見下ろしてくる。感情を表さない、白虎の時と同じ灰色の瞳がじろりと俺を見ていた。ベッドに上がり膝をついたロイザが、ゆっくり俺に迫ってくる。

「何を……試すつもりだ? お前」
「先に教えては、つまらないんじゃないか?」

そう言いながら俺の体に顔を近付ける。鼻先を服の上に持ってきて、匂いを嗅ぐような仕草をされた。俺は顔をしかめて奴を足で押し返そうとする。

「おいあんまり近くに来るな。何やってんだよお前は」
「匂いを確かめているだけだ」
「ふざけるなよ。その姿でやっていい事と悪い事があるぞ」
「獣化するよりお前の好みかと思ったんだが……セラウェ」

その一言で何故か頭に血が上った俺は、上体を起こしロイザの胸ぐらを掴んだ。主従関係というのは舐められたらお終いなんだよ。何の戯れか知らんが、俺を誰だと思ってんだ? この短絡思考動物は。

「てめえ……調子にのるなよ」
「ああ、ちょうどいい頃合いだ」
「ーーあ?」

ロイザがそう言った時、扉がドンドンと叩かれた。っは? まだ夕食まで時間あるけど何? どばっと汗が吹き出そうになるが、気配を殺し静かに耳を澄ませた。

「セラウェ・メルエアデ殿。騎士団長の命により、貴方にお伝えしたいことがあります。扉を開けてもよろしいですか」

それは男の声だった。予期せぬ訪問に心臓が跳ね上がる。ま、まずい。部屋の中にはロイザがいる。こんなところを見られたらーー
俺は小声で「早く消えろっ」とロイザを追い立てる。しかし奴はまるで状況を把握する気がないかのように、その場から動こうとしない。

「……メルエアデ殿? ……眠っておられるのか?」

再びドンドンと大きな音が扉に響く。するとロイザが俺の腹の上にいきなり跨ってきた。おいこのパターン何度目だよ、俺変なフェロモン放っちゃってんのかと不安が襲う中、声を出すわけにもいかず必死でジタバタもがく。

「おい、大人しくしろ!」

信じられないことに、そう叫んだのはロイザだった。…………は? こいつの大声なんて久々に聞いたんだけど。呆気に取られていると、バタン!と急に扉の開く音がした。

固まったまま目線だけ移すと、そこには青い制服姿の騎士が立っていた。濃い茶髪が肩より長めの、人の良さそうな顔をした青年だ。
この男、知っている。俺がクレッドから尋問を受けた時に、部屋に入ってきた奴の側近だ。そして今まさに再び、俺は同じ男に最悪のタイミングで、最悪の場面を見られてしまった。



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