俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼  18 長髪の騎士と戦闘狂

「何を……してるんだ! 貴様ッ!」

長髪の騎士が部屋中に響くような怒号を上げ、室内へと突き進んでくる。腰に携えた剣に手をかけ即座に抜き出し、その切っ先を何のためらいもなく俺の上に跨るロイザに差し向けた。
あっという間の出来事に俺が唖然としていると、ロイザが剣先に押されるようにゆっくりと後ろへ下がり、俺の上から身を退いた。

「俺の予想とは違う奴が来たな」

床へ降り平然とそう言うと、騎士を鋭い目つきで見据えた。その間も剣先がブレることはなく、騎士は間合いを取りながら様子を伺う。

「ご無事ですか、メルエアデ殿」
「は? はい、いや、ちょっと……」
「貴様、何者だ? どこから侵入した!」

駄目だ、完全に誤解されている。とっさに起き上がり、弁明を試みようとしたその時、ロイザがとんでもないことを口にし始めた。

「簡単に侵入を許すお前達が悪い。結界だが何だか知らんが、俺にはまるで効き目がないようだな。俺の目的が知りたいのなら教えてやろう。そこにいる間の抜けた面をした男だ。だがまずは特別にお前の相手をしてやってもいい、俺を楽しませてくれるのならな」

何言ってんだこいつ、そんなに煽って状況を悪くしてどうする。長文すぎて不自然だし感情がまるでこもってない。ただ暴れたいだけなんだろうが、時と場所を考えろ馬鹿野郎。しかしロイザの煽りを間に受けた様子の騎士の形相はさらに険しいものとなった。

「ふっ、ふざけたことをッ……」

突如騎士がロイザの喉元を狙い長剣で突きに向かった。ロイザは素早くそれを交わして身を屈め、騎士の懐へと突進する。拳を腹へ一発入れようとした寸出の所で静止すると、騎士の眼前で怪訝な顔を見せた。

「お前……この力は何だ? 魔力ではないな」

変化を察知したロイザが後ろへ飛び退った瞬間、騎士の周りにぶわあっと青い光の粒子が放たれた。円で型どるように騎士を囲むそれが部屋中を包む勢いで拡がり、ガタガタと周りの家具や窓ガラスがきしみ始める。

「大天使リメリア様により聖騎士が授かりし守護の力ーー聖力だ。……その身のこなし、貴様こそ只者ではないな? 覚悟しろッ!」

ーーな、何これ、どうしちゃったのこの人?

俺が面くらっていると、らせん状に生み出された突風の中、青いオーラに包まれた騎士が憤怒の面構えでロイザの姿を捕え、剣を大きく振りかぶろうとした。やばい、何か知らんがこのままじゃまずい。さすがに俺の使役獣がダメージ食らうかもしれん。

「ははッ! おもしろい! ここへ来た甲斐があったぞッ!」

俺の懸念をよそにロイザが完全に愉悦の表情で叫び出した。騎士が剣を振り下ろすと同時に姿を消したかに見えたロイザは、即座に騎士の背後に回りその首に腕をかけようとする。

奴の不意打ちに対し僅差で身を翻した騎士の一突きが再びロイザの顔面を狙う。不思議な光の粒子を纏う刀身を片腕で受け止めたロイザには傷ひとつなく、ゆっくりと上げたその顔には享楽の色が帯びていた。それは久々に戦闘狂である奴の片鱗をうかがわせた瞬間だった。

「やはり聖騎士というのは、街中の小物とはひと味違うようだ。……だがまだ足りん」
「……き、貴様ァ……ッ!」

焦燥を宿す騎士の目がぎらついている。目の前で不毛な争いが繰り広げられ、俺の喉は渇き、心臓はうるさく鼓動を響かせていた。なにこの二人、俺を置いてきぼりにして戦いに興じてやがる。こんな狭い部屋の中で、色々とめちゃくちゃにして……。
常人離れしたロイザのスピードに反応している騎士にも驚くが、そろそろ終わらせないと大変なことになるぞ。

「ーーそこまでだ。静まれ、ロイザ」

俺は息を吸い込んだ後、出来る限りの威厳を放つ声で使役獣に命じた。その瞬間、ロイザはピタリと動きを止め、あっさりと騎士から距離を取った。

……あー! も、もうっふざけんじゃねえよ、ビビらせやがって!!
内心そんな気持ちで俺が奴を精一杯睨みつけても、使役獣はすでに無表情に戻っている。もう、こいつの世話すんの止めよっかな。本気で俺の身がもたないわ。

「どういう……ことだ……?」

突然戦う意志を放棄したロイザの前で、騎士が立ち尽くす。青いオーラが静まっていき、やがて部屋に静寂がもたらされた。

「す、すまない。どうかこの男の無礼を許してくれ。こいつは侵入者ではなく、俺が使役する幻獣なんだ」

俺は正直に騎士に告げ、頭を下げた。正確に言えばこの部屋をここまでめちゃくちゃにしたのはこの騎士だと思ったが、始めたのはロイザだ。幻獣だと明かしたのは、ただ侵入してきた知り合いだというには、今の戦いぶりもあって到底信じられないだろうと思ったからだ。

「……詳しく説明して頂けますか」

重苦しい空気の中、未だ騎士の気配に殺気が見え隠れするのを感じる。柔和に見えた顔立ちは依然として、それに似合わぬ猜疑に満ちた表情を浮かべていた。

「つまり、こいつは人間じゃないんだ。半実体ゆえに結界を通り抜けてここへ入ることが出来た。主である俺が心配だったんだろうが……許されぬ行為だと承知している。申し訳ない」
「……本当なのですか、メルエアデ殿。……ですが、先ほどこの男は貴方の上に……」

…………あ、やべえ。それ見られてたんだった。ぶわっと汗が吹き出そうなのを抑え、必死に平静を取り繕う。

「あーいやぁ、それは、奴の悪ふざけというか……本気じゃないんで。な、ロイザ」
「ああ、まあな。いつもしている事だ」

は!? お前そこで余計なこと言うんじゃねえよ、俺の印象悪くしてどうすんだこのクソ白虎は。
……いや待てよ、まずいぞこれは。この騎士にはクレッドとのアレな姿をすでに見られている。こんな風に弁解しても、もう俺ただのふしだらな人間というレッテルが貼られてしまったんじゃないのかーー

「本当に、お前はメルエアデ殿に危害を加えるつもりはないのか」
「当たり前だ。俺の主だからな」
「では何故俺に向かってきた?」
「言っただろう。ただの遊びだ」
「……なんだと貴様……ッ!」
「だが思ったより楽しめそうではあったな。……ところで、お前の団長はお前よりも強いのだろう?」
「貴様と団長に何の関わりがある!」

騎士とロイザの会話を聞いていて、もうハラハラするどころじゃない。このままじゃロイザまで捕まるんじゃないか。そう不安が襲う中、騎士が俺のほうを向いた。おそらく屈辱と怒りを感じているのだろう、冷たい表情をしている。

「貴方の使役獣であると証明して頂けますか、メルエアデ殿」
「い、いやそれは……どういうわけか、この部屋では獣化させることが出来ないんだ。異なる結界が張ってあるらしい」

そう告げると、騎士が考え込んだ顔をした。ドキドキと心臓が鳴り響く。もはや俺にとっては、少しの間の沈黙にも耐えられる雰囲気ではない。

「分かりました。どちらにせよ、この事は騎士団長に報告せねばなりません。一緒に来て頂けますね? ……その男も一緒に」
「は、はあ……」

騎士が険しい目をロイザへ向けるが、奴はもうすでに事の次第に興味が失せたかのごとく、何事もなかったかのような顔をしていた。
ああなんでこうなった。もう嫌だ。こんな状況がクレッドに知れたら、どうなってしまうんだ? やっとこの間、ほとぼりが冷めた感じだったというのに……。それもこれも全て、こいつのせいでッ。

「もちろん俺も同行しよう。騎士団長のもとへな」

ロイザが俺の憎悪の眼差しをものともせず、口元にかすかな笑みを浮かべる。
え……お前、まさか、これが狙いだったのか……? クレッドに会って何するつもりだ? まさか今以上の大事件を引き起こすつもりなのか?
我が使役獣ながら、戦慄が走る。もうなんか、精神的疲労からぶっ倒れそうだ。

「おい、お前、余計なことするなよ」

騎士の前であるにも関わらず我慢が出来なくなった俺は、声を絞り出すようにロイザに釘を刺した。俺の方を向いた使役獣の灰色の瞳に、再び愉悦の影がチラつくのを俺は見逃さない。

「お前がそう命じるのなら」
「……こ、このッ……本当に分かってんのか! 大人しくしてろって言ってんだよ!」
「まずはお前が落ち着いたらどうだ? 使役者なら大きく構えていろ。セラウェ」

この野郎、普段無口なくせにペラペラと……。こいつ、明らかに興奮状態に見えるしまだ満足してそうにない。完全に戦闘に快楽を求める顔つきになっていやがる。どうしよう。もう手に負えねえよ。
俺達のくだらないやり取りに業を煮やしたのか、騎士のゴホン、という咳払いが響いた。

「では団長のもとにご案内しましょう。その前に改めてーー私はハイデル騎士団長の部下、ヴァレン・ネイドと申します。お気軽にネイドとお呼び下さい。メルエアデ殿」

弟の側近でもある騎士が丁寧な口調でそう告げる。今までの殺気を自発的に消し去ったかのごとく、騎士は微笑みを浮かべて俺に会釈をした。俺は少々ひきつった笑顔で応えながらも、これから起こりそうな修羅場に心の準備をし始めていた。



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