俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 11 魔導師、罠にはまる

ああ、なんでこんなことになってんだろうな、俺。

夜も更けた頃、俺とオズ、ロイザの三人は黒い石造りの屋敷の前に立っていた。ここは知る人ぞ知る、街屈指のアブノーマルな風俗店だ。
店先には俺達と落ち合う約束をしていた、魔術師でも商人でもあるペテン師、デナン・オゼットがいた。

「逃げなかったなぁ、偉いぞセラウェ」

葉巻をふかしながら、ニヤついた顔を向けてくる。後ろに撫で上げた金髪に派手な服がガラの悪さを際立たせ、煙と香水の匂いが混ざり合うこの男の近くにいるだけで、思わず顔をしかめたくなる。

「うるせえ誰のせいでこうなったと思ってんだ、この詐欺野郎」
「そうカリカリすんなって。オーナー怒らせたのはそこの褐色の朴念仁だろ?」

デナンが無愛想に腕組みをしているロイザをからかうように言う。それは正しいがもともとはお前が原因だろうが。俺の弟子に「すごい媚薬がある」とか余計なこと吹き込みやがって。

「あのう、デナンさん。オーナーの人、謝れば本当に許してくれるんでしょうか?」
「んーさあな。俺はそう願ってるけどね」
「……なんだと? てめえちゃんと取り持つ気あんのか? オズが手に入れた媚薬は約束通りくれてやっただろうが!」

あまりに無責任な言い草に腹が立って声を荒げる。それでも飄々とするデナンを睨んでいると、俺を止めるようにロイザが前に出た。

「静かにしろ、セラウェ。また騒ぎになったらまずいだろう。それに、こいつに当たっても状況は覆らないぞ」
「あのな、店で大暴れしたお前のせいなんだけどな? 分かってる?」
「マスター今は怒りを抑えてください。重要なのはこれからなんですから、落ち着いて挑まないとだめですよ」

……まあ、確かにそうなんだが。やばいすでにもの凄いストレスだわ。俺、こういう場所苦手なんだよな。クレッドほどの潔癖ではないが、男女入り乱れた節操のない場所ってのが趣味じゃない。

「あーはいはい。お前ら遊んでないで、もう行くぞ。時間だから」

呆れ顔でのたまうデナンに舌打ちをしつつ、俺達は黙って門を通り抜け、建物の中へと入っていった。


店内は外観とは異なり眩しいほどの照明に満ちていて、金ピカの天井と床がなんとも言えない悪趣味さを醸し出していた。ロビーは吹き抜けで、正面にある大きな螺旋階段が上階へと続いている。

客の姿は見えず、想像していた様ないかがわしい騒音も聞こえてこない。ただ一人階段のそばに立っている筋肉質の黒服の男がこちらに気付くと、威圧的な様子で歩み寄ってきた。

「デナン・オゼットが来たとファレン氏に伝えてくれ」

デナンがそう言うと、その男は少し考えた後に「こっちだ」と言い俺達に上階へついてくるよう促した。
階段を上がりながら、俺は一見平静を装っているオズと無表情のロイザをちら見する。こいつら、本当にこんな店にのこのこ入っていたのか。マジで馬鹿としか言いようがない。
デナンの紹介があって手頃に媚薬が手に入ったんだろうが、店の雰囲気や店員の振る舞いを見ても、真っ黒い匂いがぷんぷんしてくる。

「ファレン様。奴らが到着しました」
「おう、入れ」

重厚な木造りの扉の中から聞こえた低くしゃがれた声に、ぴくりと眉を上げる。あああ入りたくねえ。悪そうな親父が我が物顔でふんぞり返ってるのが、容易に想像できる。
先に入ろうとしたデナンの首根っこを、案内をした男が突然勢いよく掴んだ。ぐえっと情けない声を出すデナンを見下ろしながら、

「お前は外で待っていろ」

と冷たく言い放ち、奴を扉の後ろへ力ずくで引きずる。唖然とする俺と目があったデナンは「ハハ、わりぃ」と苦笑しながらあっさりと身を引いた。
……ってオイ、ちょっと待て。話が違うんだけど。お前橋渡ししてくれるんじゃなかったのかよッ。

だがこの場で余計な揉め事を起こすわけにはいかない。俺は平常心を取り戻し、扉を開けた。目の前に飛び込んできたのは、一目でそれと分かるほどの、SMグッズ満載の大広間だった。壁にずらりと並ぶムチやら拘束具やら、危ない道具の数々。奥にある天蓋付きの巨大なベッドもすぐ目に入った。

「あ〜〜〜オズちゃん! 来てくれたのぉ、嬉しいっ!!」

扉の中にいた存在を認めると、すぐに閉めたくなった。やばい、何あれ、これはまずい。
男の容貌は中年のおっさんそのものなのだが、格好がおかしい。ぴちぴちの清楚なワンピースに金髪のウィッグをつけてご丁寧に化粧もばっちりだ。

気怠そうに赤い革張りのソファに横たわる姿を見て、申し訳ないけど吐き気がしてきた。こいつが風俗店オーナーの大物、ユグラス・ファレンなのか。

「おいオズ、あれがソレか?」
「はい、あの人です」

小声で話しながら、ぞっとする。こんなのにセクハラされたら、トラウマってレベルじゃねえ。なんかもう色々と禍々しすぎる。

「でもぉ、ひどぉい! この前はもっと一緒に過ごしたかったのに、逃げちゃうんだもの」
「あ、はは。すみません、つい恐ろしくなっちゃって……」

思ったより普通の態度で会話しているオズに目を見張る。……こいつ中々度胸あるな。俺が無言で目を泳がせていると、

「………おい。そこの、毒にも薬にもならなそうな呆けた面の野郎。てめえは誰だ?」

もの凄い低い声でファレンから睨まれた。えっそれ俺のこと? 酷くない? 確かに俺はこんなおっさんの好みに引っかかりもしないだろうが。ふざけんなこっちだって御免だわ。

するとオズが即座に「俺がお世話になっている後見人です! 一緒に謝りに来てくれて」と助け舟を出してきた。とりあえず話を合わせるため、「どうも」と軽く挨拶をしておく。

「あら、そうだったのぉ。わざわざ悪いわねえ……でも大丈夫、オズちゃんが私と一晩過ごしてくれれば、ぜーんぶ許してあげるからっ! この前のことも、そこの手が早い大きな僕ちゃんのことも!」

それはロイザのことか。この気色の悪いジジイには、どうやらオズしか目に入ってないらしい。ああなんか、今すぐ葬りてえ…………。
嫌悪感を通り越して、久々にピキピキと本気の怒りが湧いてくる。すると、ロイザが俺の側に寄り、耳打ちした。

「セラウェ……いいだろ? こいつ、ヤッても」

声が明らかに殺気立っている。いや、それは駄目だろ。さすがに殺るのはまずい。この爺の為に指名手配されたくはない。

「待て、俺に考えがある。……だがもしもの場合は、前もって言った通りにしろよ?」
「……ああ、分かった」

ロイザの返事は少し不満げに聞こえたが、かまわず俺はオズを見た。爺に甘い視線で見つめられ、完全に引いた顔をしている。安心しろ、マスターの威信にかけて、お前には指一本触れさせないぞッ!

「あのー、ちょっと待ってくださいよ、ファレンさん。聞くところによるとあなた、お薬マニアなんでしょ?」
「ああ? それがどうした」

俺が切り出した話題に、ファレンははっきりと敵意剥き出しで答える。

「俺ね、凄いモノ持ってきたんです。あなたの店のよりも高品質で、その上倍以上の効果をもつ媚薬があるんですよ」
「………ほう?」

自信ありげに提示した話題に、奴の目の色が変わった。この話はハッタリではない。そう、俺は奥の手として自作の媚薬(弟の精液から精製)を持参してきたのである。これさえあればこの変態の注意を引きつけられるかもしれない。

「その媚薬を複数個無料で差し上げますから、どうかオズのことは諦めてくれませんか?」

クレッドには悪いがこれしか方法がない。もし効果がないとしても知ったこっちゃない。とりあえずこの窮地を抜け出せれば、時間稼ぎにはなる。今はオズの貞操を守るのが先だ。

「そんなに凄い媚薬ねえ……興味はあるけれど……そうだっ! オズちゃんが試してみてくれないかしら? 効果があることが分かれば、今日のところはお家に帰してあげるっ」
「ええっ! そんな……」

はああああ? この変態ジジイ、さっきから虫唾の走ることばかり言いやがって。媚薬の効果が出たとこで確実に俺の弟子を襲うつもりだろうが。もう個人的にこいつをブチのめしてやりたくなってきた。

「いやぁ、そういう訳にはいきませんよ。俺はこいつには汚れてほしくないんで」
「……ああ? なんだと? 俺が汚いっつうのか! 人畜無害な面して舐めたこと言いやがって…………じゃあいいぜ、てめえで証明して見せろ。その媚薬の効果をな」
「は?」
「守りたいんだろう? 出来るよなぁ?」

なんで俺がこの媚薬を試さないといけないんだ。つうかもう効果は知ってるし、すでに試してるし。それどころか実際に10倍の効果がある本成分(弟の精液)だってすでに経験済みなんだが。

「マスター、どうすれば……」

ああまたオズが可哀想に涙目で俺を見ている。どうしたものかと悩んでいると、ファレンがドア付近に立っていた筋肉質の黒服に、とんでもないことを言い出した。

「おい、お前。別室でこの野郎と寝てこい。効果が出たら教えろよ」

ちょ、何言ってんだこのジジイ。ぎょっとして黒服を見ると、何の躊躇もなく頷いた。……は? この店ではそういうことも平常運転なの? むむむむ無理だろ普通に考えて。

「セラウェ、どうする? 事態が悪化してるぞ」
「分かってるよ。もう話し合いは無理だな。アレをするしかない」

ロイザと小声で話していると、黒服の男の鋭い視線を感じた。急に立ち上がったファレンが、扉の外に向かって大声を上げる。

「おい! こいつらを力ずくで取り抑えろ!」

号令と共に数人の男達が部屋に押し入ってくる。やっぱりそう来たか。ロイザの話によれば、この間とほぼ同じパターンだ。
だが同じ轍は踏まないぞ。今回は一応魔導師の俺がわざわざ同行しているんだ。殴り倒して逃げるなんて、そんな横暴なことはしない。

「オズ!」

俺がオズに合図すると、前もって「万が一の場合は転移魔法を使ってロイザと場を離れろ」と言っておいた通り、オズは頷き、即座にその呪文を唱え出した。
ロイザにはその間、敵には手加減をしつつ防戦メインに戦えと命じてあった。

場が男達の騒乱で混乱を極める中、余裕の表情でそれを眺めるファレンを見やった。俺は視線を合わせながら、高速で呪文を唱え始める。
こちらに向かってくる黒服に気付いたロイザが、即座にそいつを羽交い締めにした。

今だーー。
オズの転移魔法が完成されていくのを見届け、詠唱の仕上げに指で古代文字を刻む。これは対象のあらゆる動作を封じる、いわゆる禁止魔法の一種だ。
片付けられていく男達へ怒号を飛ばすファレンをよそに、ロイザがオズのもとへと走り寄る。やがて二人の姿が淡い光の粒となって消え、無事にこの場を離れたことを確認すると、俺は前方に目をやった。

「…………はぁ。うまくいったか」

ファレンを含め、全ての男達は時間が止まったように固まっている。しんとした中で、ただ俺一人がその場に佇んでいた。
はは、戦闘じみたことをするなんて久しぶりだ。俺もともと武闘派じゃないし。どっちかというと研究肌だからな。

その代わり、対象に許可や禁止などの制限を課す魔法や、強化や弱体などを加える補助魔法や支援魔法といったものに長けている。俺には黒魔法を使った派手な魔法は向いてないのだ。魔力の消費もすごいしな。

ああ、つうかぼうっとしている場合じゃない。この魔法の効果は精々数十分だ。その間に仕上げを行わなければ。そう、俺の師匠直伝の記憶を惑わす術式だ。俗に言う催眠魔法。こんな大勢にやったことないから大丈夫かなぁ、とちょっと心配になるが、試す他ない。

「おい、あんたがやったのか、これ……」

……………!?

突然声をかけられ、俺は振り向いた。床に這いつくばっていた男がゆっくりと起き上がる。筋肉質の黒服だ。な、なんで動けるんだこいつーー。

「驚いた顔してるな。どうして魔法が効かないのかって?」
「………お前、魔術師か?」

確かにもの凄い動揺している。この男から魔力は微量にしか感じないし、どう見ても一般人レベルだ。なのに、どうして。
男は俺の問いに対して首を横に振り、微笑みを浮かべた。

「いいや、違う。けど残念ながら、俺の目的は、あんたなんだ」

顔は笑っているが、表情の見えない真っ黒な瞳に戦慄する。その声はどこか楽しげで、俺の心に焦燥をもたらすのに十分な威力を放っていた。



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