俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 10 波乱の予兆

クレッドが去った後、はぁと溜息を吐いてオズとロイザを見た。ああ、なんかこいつらの顔久しぶりに見たな。なんだろう、凄く心にズシンときてる。俺がもう前の俺ではないからか、汚れてしまったからか……?

「マスター、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」
「へ? あ、ああ。平気だ」
「そうですか……? それにしても、あの騎士団長が弟さんだとは。何で言ってくれなかったんですか」
「いや、一応……守秘義務だろう。あいつにも立場があってだな……」

胃がキリキリと痛む。だがオズははっとした顔をして意味有りげに頷いた。

「あっ……そうですよね。内容が内容ですし……でもあんな超絶美形の人がそんな呪いを受けてしまうなんて……酷いことをしますよね」

オズが同情したような顔を見せる。本当ごめんクレッド。男性器不能などという汚名を着せてしまった俺を許してくれ……完全に正反対のことになってるよな、あいつ絶倫だし。つうか実際酷い目にあってるのは俺なんだけどな。

「それほど心配するような事態でもないと思うが。なあ、セラウェ?」

口を開いたロイザが突然俺の首元の近くに顔を寄せた。くんくん、と犬のような仕草で匂いを嗅がれる。うわちょっと今そういうの無理なんだけど。やめろよーなんつって笑う余裕ないんだけど。
……こいつまさか何か感づいているのか? 俺と弟のアレコレなんかもーーいや、まさかな、はは。

「んん? 何かなロイザ君。離れなさい。つうか早く獣化しろ」

まったく、図体のでかい男に絡まれる恐怖がお前らに分かるのか? とにかく今日だけはやめてくれ。もう俺は癒やされたいんだ。早くもふもふの白い毛の中に埋まりたい。はあはあ言いながらその欲求を押さえ込んでいると、いつの間にかロイザが白虎の姿となって俺を見上げていた。

「あああっ!」

俺は歓喜の声を上げて使役獣に飛びついた。そして奴をソファの上へ誘い込むとそのまま二人で寝そべる。一瞬クレッドとのやり取りを思い出し顔を塞いで奇声をあげたくなったが、なんとか振り払った。

「で、オズ。お使いは上手く出来たのか? 持って帰ってきたものを見せてみろ」
「あ、……はい。それがですねえ……」

向かいに座ったオズの様子がおかしい。途端にそわそわして落ち着かない様子だ。……なんか嫌な予感がする。

「媚薬はこれです。上手くいってたんですけど……途中までは」
「どういうことだ?」

俺は起き上がり、オズが鞄から取り出したいくつかの袋の中身を確認した。中にはそれらしき錠剤や粉、瓶詰めの液体など多種入っている。

「おお、ちゃんと手に入れられてんじゃねえか。良くやった。何が問題なんだよ?」

これだけあれば十分だろう、準備は整った。成分の調査はまあいいとして、重要なのは実際に試すことなんだが、どうしよっかなぁ……などと考えていると、オズがやや真面目な声色で切り出した。

「その赤色の錠剤は、実はマスターのお知り合いの、デナンさんからの紹介先で買ったものなんです」
「デナン? あいつと会ったのか」
「はい。他の店先で声をかけられまして、媚薬を探しているところを見つかってしまって……」

デナンは魔術師でありながら商人としての顔が非常に広い男だ。商売の面では使えるのだが、なにせ奴の頭の中は常に金、女、怪しげな薬物で満たされているので個人的付き合いなどはしたくない相手といえる。そういや呪いの元凶でもある炎の魔女を紹介してきたのもこいつだしな。

「まあいい。要点を話せ、オズ」
「はい……。実はその紹介先のお店が……あの……ちょっといかがわしい……プレイとかする場所で……知りませんか? ユグラス・ファレンが経営している風俗店なんですが」

オズが頬を赤くしてとんでもないことを話しだした。いかがわしいプレイをする風俗店だと……? 正直には話せないが俺その店のこと知ってるぞ。乱交SM薬物何でも有りのかなりやばい店だ。もちろん行ったことはないけどな。

「お、おまっ、何でそんなとこ行ったんだ! 馬鹿じゃねーのか!」
「すみませんマスター! デナンさんがどうしても欲しいものがあるって……それが物凄い媚薬らしいんです。あ、その赤いやつなんですけど」
「は? これかよ……つ、つーか何ちゃっかり手に入れてきてんだ。危ない目に合わなかったか!?」

血の気がさぁっと引いてくる。こんな純真そうなやつがあんな場所に足を踏み入れてはいけない。お前はこの汚れた世界の最後の砦なんだぞ。つうか自分があんな目に合ってるせいか、そっち方面がもはや他人事じゃない。

「はは、大丈夫ですよ。気色の悪い爺にちょっとお尻を掴まれたぐらいで」
「はぁ!? ちょっとだと!? たたたた大変なことじゃないかそれ!!」
「ま、マスター? どうしたんですかそんなに動揺して。落ち着いてください」
「あ、ああ、スマン。ちょっと取り乱した」

こいつ結構可愛い顔してるし、なよっとして頼りねえし狙われてもおかしくはない。保護者的立場としては気が気じゃなくなってくる。

「……問題はそこからなんです。媚薬の交渉の際に色々ありまして……簡潔に言うと、ロイザがまた大暴れしちゃって」

……なんだと? 言いづらそうに話すオズに俺は愕然とし、すぐに鬼のような形相で使役獣を見た。眠そうな目でのびのびとソファに横たわっている。こいつ……獣の顔してるから余計に表情が見えないが絶対悪いと思ってねえ……やっぱきちんと釘をさしておくべきだったか。

「おい何とか言えよ、ロイザ」
「俺はオズに手を出そうとした男の手を捻っただけだ。まあ、その男は店のオーナーだったようだが。騒がれて多数の警備が出てきたんで、全員のしてやった。逃亡は上手くいったから安心しろ」

当然のごとくイカれた状況を説明する使役獣に開いた口が塞がらない。こいつ、馬鹿なのかな? なんでそう面倒事持ち帰ってくんのかな? 俺それどころじゃないんだけど。

「大問題だろ……お前……」
「すみませんマスター、俺は平気だからやめろって言ったんですけど……ロイザが止まらなくて」
「セラウェ、俺はお前の使役獣だ。召喚者の思考に同調して行動を起こす。お前があの場にいたら同じことをしていたはずだ」

いやしねえよ。とは心配げに見つめてくる弟子の手前言えない。頭が単純っていうのかなぁ、もう動物だから仕方ないのかな。手が早すぎんだろ。

「はぁ……ぜってー報復されるぞ……」

ため息をつきつつ、すみませんすみませんと頭を下げる弟子の頭をくしゃくしゃと撫でた。ああ、どうすんだマジで。なんか解決策を考え出さねば。あの風俗店を敵に回すのはかなりきついぞ。俺は頭を抱えたまま、ぐるぐると必死に思考を駆け巡らせた。


※※※


しかし、あれから何事もなく一週間ほどが経過した。
俺は風俗店の報復を恐れつつも、実験部屋にこもり自らの研究に勤しんでいた。オズから回収した媚薬を全て調査し、クレッドから採取した精液の媚薬成分を抽出しその濃度を比較する。

するととんでもないことが分かったのだッ! なんとあいつの精液には既存品の10倍以上の媚薬成分が含まれていた。身をもってその恐ろしさを知っている為、それがいかにやばい数字か分かる。

調査を経てなお、二つの疑問があった。一つ目は、この媚薬成分は本当に呪いによるものなのかということ。考えるのもおぞましいが、あいつ特有の天然成分である可能性がないわけではない。
二つ目は、この成分が俺にだけ効果があるという可能性だ。クレッドに刻まれた呪いの印や奴自身の発情具合から考えるに、呪いはおそらく俺にも影響していることが分かるためだ。

そこである邪な考えが閃いた。この抽出した成分から新たな媚薬を作ったらどうなるのだろう、と。そう思いさっそく試作品をすでに数個完成させてみた。10倍じゃ強すぎるから2倍ぐらいでな。売ったらきっと大繁盛するだろう。金に興味が薄い俺にとっては、好奇心から作ってしまったというほうが正しいのだが。

まぁ、もし二つ目の疑問が当てはまるとすれば、この試作品もゴミ同然になるんだけどな。とにかく試用してみるほかない、と俺は無駄に意気込んでいた。

「マスターっ、大変です!」

バタバタと大きな足音をたてながら、突然オズが部屋のドアを開けた。ああ、やっぱ来たか……半ば覚悟してた俺は「なんだどうしたぁ?」とやる気のない返事をしつつ振り返った。
そこにいたのは、手の中で羽をバタつかせる赤い魔法鳥を取り押さえようと必死な弟子だった。一目見て状況を把握する。

「それ……デナンの伝書鳩じゃねえか」

うんざりした声で肩を落とした。正確には魔術で作られた架空の鳥だが、あいつが俺に用のある時はいつもこれを飛ばしてくる。大半は面倒ごとなんだが。

「はい、マスターにメッセージですよ! どうしよう、たぶんあの風俗店のことですよね?」
「だろうな。そいつを貸せ」

焦り顔のオズから鳥を渡されると、急に静かになったそれが俺のほうを向いて喋りだした。

『おい、てめえセラウェ! お前の弟子達が暴れたせいでな、俺の立場がどんだけ悪くなったと思ってんだ。ユグラス・ファレンの野郎、お前らを連れてこいって怒り狂ってんぞ! 俺が話つけてやるから弟子共々詫びに来い。場所は知ってんだろ、逃げんじゃねえぞ!』

喋り終わった赤い鳥は即座に光状となって舞い上がり消えた。…………えーっと、どうしようマジでこれ。俺はひきつった顔でオズを見た。案の定、可愛い弟子は怯えた様子で震え上がっている。

「マスター……どうすんですか……やばいでしょこれ」
「…………俺が聞きたい。…………ああああ! 行くしかねえか……すげえ嫌だけど」

盛大に溜息をついて、腰掛けていた椅子に再びドサッと背中を預けた。天を仰ぎこれからの未来を夢想する。くそが絶望しか思い浮かばねえ。

風俗店で暴れたあげく詫びいれって、当然俺ひどい目に合わされんじゃないのか……しかもオズとロイザを連れてというのは不安要素でしかない。あんなことやそんなことされてトラウマ発動したらどうすんだよ。

「はあ…………」

この呪いの連鎖は一体どこまで続くんだ。自分で蒔いた種とはいえ、俺はもう嘆くしかなかった。



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