俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 9 呪いの男、去る

シャワーを浴びた後、俺は鏡の前に立っていた。寝不足で酷い顔をした自分の姿を見ながら昨日のことを思い出し、自己嫌悪と恥ずかしさに頭を抱える。のろのろと服を着込んでいると、突然後方からバン、と大きな音がした。

「兄貴、ほら、言う通りにしたぞ」
「……戸を叩くぐらいしろよ」

何の断りもなしに浴室のドアを開けられ、不機嫌な面で振り返り奴を睨みつける。足元がふらつき真っ直ぐ立っているのもやっとな俺に比べ、すっきりした面持ちで今日も美麗っぷりを発揮している弟が手にしていたのは、蓋付きの四角い透明なグラスだ。中にはこいつの精液が入っている。

「お前すげえな、朝っぱらから」

研究資料としての採取を自分で頼んでおいて言うセリフでもないが、何か毒でも吐いてやらないと気が済まない。マジで精力凄すぎだろ。それにこの憎き白い液体……こいつのせいで俺はッ! あんなに乱れて……っ。思い出しただけで涙が出せるぞ、今の俺なら。

「もうすぐ昼だぞ。まぁ、確かに昨日は少しやり過ぎたが」
「……少しだと?」

駄目だこいつと話していると殺意しか沸かない。なんか気分が殺伐としてくるんだよなぁ。それなのに俺あんなに感じちゃって、はっ全く笑えねえよ。

そう、あれで終わりじゃなかったのだ。最後のほうは意識が飛んでしまいあまり覚えていない。言っておくが、あんな風に突っ込まれんの俺初めてだったからね? 対してお前はなんでそんな元気そうなんだ。もはや体力の違いだけじゃないだろ。

「腹が減ったから兄貴が寝てる間に適当に食ったぞ。あと風呂も借りた」
「ああ、いいよ」
「兄貴は食わないのか?」
「まだいらねえ」

言いながらリビングへと向かう。昨日は何だかんだで事後そのまま寝てしまった。目覚めてもまだケツに違和感がある。涼しい顔をしてソファでくつろぐ弟が心底恨めしい。俺が台所のカウンターでクレッドの様子を伺っていると、奴が俺に視線を向けてきた。

「なぁ、兄貴……こっちに来てくれないか?」
「……な、なんで」
「隣に座ってくれたら教える」

俺が素直に言うことを聞くとでも思ってんのかなぁこのお馬鹿さんは。向こう数週間はこいつの側へ寄りたくない気分なんだけど。昨日の醜態を思い出すと頭が痛くなるが、俺にだって自衛する権利はあるんじゃないのか。

「来ないのか? じゃあ俺からそっちに行くぞ」

くそっ、いちいち高圧的な奴だ。俺は聞こえるように舌打ちをしてソファへと向かい、腰を下ろした。対面ではなく奴が座っているほうのソファだ。こいつに言われたからじゃなく、面を合わせて座るのは何となくトラウマだからな。

「今日はちゃんとした服装だな、つまらん」
「……殴るぞ」

上下の衣服に毛編みの羽織まで着込んで徹底したつもりだ。二度とこいつの前でだらしない格好はするものかと誓う。

「どうして不機嫌なんだ?」

そう尋ねる顔は薄っすらと笑っている。昨日はあんなに余裕のない顔を晒していたくせに、マジでむかつくなその笑顔。俺は昨日のおかしさをまだ引きずっていたのかもしれない、楽しそうな弟を見て衝動的な気持ちに駆られた。

「お前がこういう事したからだろ」

俺の全サド気質を集合させて冷たい表情を浮かべ、奴をソファへと押し倒した。というよりちょっと押しただけで簡単に倒れてくれた。思った通りクレッドは目を丸くして俺を見上げている。ああ、これだよこれこれ。俺が求めていたのはそういう顔なんだ。間違ってもこいつの下で女々しく喘いでいる自分じゃない。

「兄貴……?」

囁かれた言葉には、わずかな焦りが見てとれた。明るく色素の薄い蒼目が見開かれたまま、だんだん息づかいが早くなり胸の辺りが上下している。こいつ、なんでこんなに早く興奮状態になるんだよ。普段の清まし顔と差がありすぎるだろ。
見下ろしながら、どうしたら俺は昨日の恥辱を払拭出来るのか考えていた。こいつを押し倒したところであまり意味はないのかもしれない。だってこいつ、明らかに喜んでるもんな。

「……お前、勃ってるだろ」

出来る限り感情を抑えた声で言い放つ。「え……?」と小声で聞き返す弟の顔が赤く染まっていく。ほら、やっぱり嬉しそうだ。俺はこんな変態にあんなことを許し、その上抱き合って奴のアレを中にーー色々考えていると頭がのぼせてきた。
馬鹿か俺はこんな時間から何を考えているんだッ。起き上がり距離を取ろうとすると、腕を取って引き止められた。

「……兄貴、したいのか?」
「……したいように見えたか?」

不機嫌な表情を崩さずに問い返した俺に対し、クレッドはこくりと頷いた。俺がしたいのはちょっとした仕返しだ。だがやはり失敗だったらしい。熱に浮かれたような顔つきで、完全に期待を含んだ目でこっちを見ている。

「誘ってくれたのかと思ったが……したい時は言ってくれ。俺はいつでも出来る」

い、いつでもって……。一瞬思考が停止した俺を真っ直ぐ誠実な目で見つめてくるのはいいんだが、使い所間違ってるぞお前。自分でけしかけたくせに、こうも真っ向から来られると逆に罪悪感が募ってきた。

「悪い、からかいたくなっただけだ。まだケツ痛いし……」
「そうか。昨日激しくしすぎたのは俺にも責任があるからな」

いやほぼお前の責任だろ。そう頭の中で突っ込むと、クレッドが俺を上にのせた状態で起き上がった。距離が近づいてドキリとする。昨日もこの体勢からおかしなことになったよな。ああ、つーか完全に自業自得じゃねえか。

「……お、おい」
「ん?」

何をするでもなく向かい合っていることに胸がざわつく。どうしたって昨日のことを思い出す。こいつの体やら腕やら、息づかいなんかも……俺が目線を定められないでいると、クレッドの両腕が背中に回され抱きしめられた。ぎゅっと力が入り首元に鼻先が触れると、ついビクッと反応してしまう。

「んっ、なんだよ」
「ここ……昨日も感じていたな、兄貴」
「へ、変なこと言うなっ」

なんなんだこの雰囲気、おかしいだろう。混乱する俺をよそにクレッドの唇が首に触れ、音を立てながらそこに口づけしていく。時折舌先で舐められ、背中に何かが走りぞくぞくする。確かに首付近は弱い……じゃなくて何また反応してるんだ俺はッ。

「ん……ぁ……」

力が抜ける俺を支えながらクレッドが目線を合わせてくる。ただならぬ雰囲気に息をひそめていると、急に鋭くなった奴の視線が俺を通り越して後ろに向かった。

「いいところなんだが……帰ってきたみたいだぞ」
「は?」

間抜けな声で聞き返すと、ちょうど玄関の扉がガチャっと解錠される音が聞こえた。わずかな間もなく扉が開かれ、そこには数日ぶりに顔を合わせることとなる我が弟子、そして使役獣の姿がーーやばい完全にこいつらのこと脳裏から消し去っていた。

「マスターっ、ただいま帰りました! ちゃんと生きてますかぁ?」

ドタドタドタと二人分の足音と共に、オズの明るい声が響いてきた。こんなことしてる場合じゃねえ、慌てて起き上がろうとすると足が引っかかり体勢を崩す。咄嗟に伸ばされたクレッドの腕に後ろから抱きかかえられ、ちょうどその場面をばっちり二人に見られてしまった。

「…………あ、お、おかえり」
「マ、マスター……?」
「いや、これは違う。誤解するなよ」

何が違うのかよく分からないが、奴の手を振りほどき慌てて体勢を立て直した。リビングへ入ってきたオズの顔は明らかに動揺を隠せないでいる。後ろに控えていた人型のロイザは相変わらず涼し気な顔をして無表情だ。

「あ、お取り込み中でしたか。俺達もうちょっと出てますので、ごゆっくり……」
「いや違うから! こいつ俺の弟だから!」
「え……そんな嘘つかなくても平気ですよ、マスター。俺、偏見とかないですからっ」

笑顔が少し引きつってんぞお前。つうか何の偏見だよ、変な勘違いするな。……いやあながち嘘というわけでもないのか? 若干自分でもショックを受ける。

「信じられないのも無理はないが、本当だ。セラウェの弟のクレッド・ハイデルという。この間は失礼した」

淀みなく発せられた弟の言葉に、俺は心の中で舌打ちをした。一言余計なんだよお前。その他所向きの胡散臭い笑顔も久しぶりに見た気がする。

「ほ、本当にご兄弟なんですか? 全然似てないなあ、びっくりです。ん? というか、この間って……」
「……お前自然に失礼なこと言ってるぞ、オズ」
「す、すみません。えっと、でもどこかでお会いしましたっけ?」
「ああ。以前騎士たちを連れてここを訪れた。騒がせてしまい申し訳ない」
「……えっ! もしかして、騎士団長さんですか?」
「そうだ」

や、やべえええええ。クレッドの奴何故か自分で正体を明かしやがった。俺が奴のことを呪いのせいでイン◯になったと偽ったことを知らずに……。いや正確にはこの弟子がそう勘違いしているだけなんだが。恐る恐るオズを見ると、顔を赤くして恥ずかしそうにしている。

「あっ、そうだったんですか。あはは、全く気が付きませんでした。まさかリメリア聖騎士団の団長がマスターの弟さんだとは……す、凄いことですよねっ、マスター」

完全に目が泳いでいる。こいつ俺の弟が騎士団長だということより、イン◯だということの方に動揺しているに違いない。俺に同意を求めてくるが、俺も挙動不審気味に「お、おう」としか答えられなかった。なんか、スマン弟よ……。

「君は……?」

俺達の思惑も知らずに、クレッドは静かに佇むロイザに視線を向けた。そういえばこの二人、背格好がよく似ている。長身でガタイが良く筋肉質だ。ロイザは褐色の肌に白髪で、顔立ちは涼しげだがクレッドに負けず劣らず整っている。タイプは全く異なるものの美男と称し得る二人が一気に視界に入ると、もの凄く鬱陶しい。

「ロイザだ。セラウェとは主従関係で結ばれている」
「主従……?」

お、おい、誤解を招く言い方するなよ。妙な感じに聞こえるだろうが。明らかにクレッドが怪訝な顔つきで俺を見た。

「兄貴が従うほうか?」
「ちげーよッ! こいつはな、魔術研究の助手みたいなもんだ」

ニヤリと嫌味な笑顔で言われ、思わず声を荒げて反論する。すると奴は満足そうに「それは良かった」と一言呟いた。二人はお互いを値踏みし合うようにしばらく無言だった。なんだなんだ、あんまり相性よく無さそうだなこいつら。両方偉そうだしなぁ、同族嫌悪か?

「それでは、俺はそろそろ失礼しよう。世話になったな、兄貴」
「え、帰れんのか?」
「ああ、もうすぐ馬車が着く時間だ。……あと、これを」

そう言ってクレッドが差し出したのは一枚の紙切れだった。中には奴の名と住所らしきものが書かれている。

「近いうちに俺からも連絡する。またな」

ふっと笑って、颯爽と家を後にした。まるで俺が連絡することが当然のように言い放ちやがって。まあともかく、嵐が去って一安心だ。盛大に溜息をつきながら、とりあえず早く休みたい……そう切に願った。



prev / list / next

back to top



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -