時の流れと君への距離(テオ)
2014/06/02 11:06
『だって…ずっとずっと前から私の王子様なんだもん』
『内緒ね』そう言って嬉しそうに微笑んで、綺麗な人差し指を唇の前で立てるその姿は本当に幸せそうだったけれど──────。
新緑の眩しい季節、やんわりと開かれた窓から吹き込む強い風の音に気付いて窓を閉めようと立ち止まる廊下、そうして視界に映るその光景に思わず目を細めた。
「…たく、ホント何やってんだよ」
口から出る台詞は悪態をついてはいるものの、それを見つめる瞳はどこまでも優しく、そして楽しげで。
「…仕方ねえなあ」
そう独り言のように呟くと手にしていた段ボール箱を『よっ』と抱え直して少し足早に階段を駆け降りていた。
『コツ』とわざと聞こえるように強めに革靴の足音を響かせて中庭の奥の回廊に降り立つと、緑色の絨毯の上にしゃがみこんでいた人影がゆっくりと振り返った。
「あ…テオ君」
「あ…じゃないだろ。何やってんだよ、そんな所で。アンタにはさっききちんとした客室を用意してやってただろ?」
先程自身でこの目の前の客人をゲストルームへと案内したのに、その当人はというといつの間にやら部屋を抜け出してこうして中庭の奥の芝生に佇んでいる事実に少し大袈裟に『はあ』と溜め息をつく。
「アンタがこんな所に居たとあれば、ゲストをまともに持て成す事も出来ないのか、とオッサンに小言を言われるのは俺の方なんだからな」
「え…?あ、ご…ごめんなさい」
そう謝罪の言葉を口にするも、その場から立ち上がる気配のない彼女の様子に『?』とテオは小首を傾げ、ふとある物に目が留まる。
「…?何、それ。花の輪っか?」
彼女の手元、そこから見える白い綿毛のような花束は規則的に輪を形成しており、よく見ればそれはそこかしこに咲き誇るシロツメクサで編まれた花冠。
「あ…うん。客室からここの花畑が見えたからつい…」
「花畑…ねえ。ここに咲いてるやつなんて雑草ばっかりじゃんか」
「雑草っていう名前の花は無いんだよ」
みんな、ちゃんと名前があるんだから。
そう戒めながらにっこりと微笑むと、『あとちょっとだから』と最後の仕上げに取り掛かるその横顔を見つめる。
「………」
時折悪戯に強く吹く風に長い髪を弄ばれながらも一生懸命に手元の花冠を編み上げるその姿。
「……見事なもんだな」
「ふふっ、ありがとう。テオ君もやってみる?」
「え?俺?いや…俺はいいよ。そんな時間無いし」
「じゃあ…これあげる」
「え……?」
不意に伸びてきた手に驚きつつも、次いで『ポン』と頭上に感じる柔らかな重み。
それは、彼女の編み上げたシロツメクサの花冠がテオの頭に掲げられた瞬間。
「な…!」
「ほら、良く似合ってるよ。花冠」
ふんわりと微笑むその笑顔に胸が締め付けられそうになる。
「…んな子供扱いするなよな!」
「え〜?花の国の王様みたいだよ。もう…せっかく作ったのにな」
真っ赤になってその頭上の花冠を慌てて取り外そうとしたが、目の前で不服そうに唇を尖らせるその仕草に怒る気も失せてくる。
「…?テオ君?」
「アンタさ…本当に俺より年上なわけ?」
「え…?」
きょとんと大きな瞳を向けるその表情に大きく『はあ』とため息をつく。
「いや…俺が本当に花の国の王だったらよかったのにな」
(だったら…アンタも少しは俺の事見てくれたのかもな)
振り向きざまに呟いた言葉は届くことなく風に消えていく。
「え?今、なんて言ったの?」
「何でもないよ。でもこれ…本当は俺のために作ってたわけじゃないだろ?」
そう言って頭上の花冠をそっと脱ぐと目の前で己を見つめる大きな瞳の持ち主に被せてやる。
「あ……」
「アンタの方がよく似合ってるよ。……プリンセス」
誰よりも先に…そう、アンタの大好きな『王子様』よりも先に本物のティアラを被せてやるよ。
知り合った時間の問題なんかじゃない。
どれだけアンタを『笑顔』にしてやれるか……だ。
待ってろよ。
いつか絶対にアンタの『王子様』を超えてみせるから。
だから……
『それまでは誰のものにもなるなよな』
2014.6.2
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