「い゛っ…!!」

『ご、ごめんなさい』

「あ、いえ!気にしないで下さい」


中央広場の噴水に腰掛け、袖を引く。
先程まで痺れて力の入らなかった腕は動くようになったものの、少しの動きで痛みが走った。

なんとかコートを脱ぐと左腕を確認する。イノセンスの黒い腕は分かり辛いが、何カ所かコイン程の大きさの痣があるようだ。
こんなにも複数の痣があるのに、不意打ちを受けたときは一撃にしか感じられなかったことにアレンは眉根を寄せる。


『これは恐らく…、ツボを押されたのだと思います』

「ツボ?」

『はい。時間が立てば回復しますよ』


シーは護身用に人体のツボを学んでいたときがあり、幾度か組み手で仲間内と試したことはあるらしい。しかしそれは実戦向きではなかったという。
興味か感心か、痣を見つめる彼女にアレンは苦笑する。
とりあえず毒物を使われていないことに安堵した。

痛む腕に呻きながらなんとかコートの袖を通しているとイヤリングの無線にラビから通信が入った。
切り裂きジャックを取り逃したことを知らされ、アレンはレイガンの元へ、シーはギネヴィアの元へと向かうことになった。
レイガンの元でラビと、ギネヴィアの元で神田と各々合流することになる。

途中まで同じ方角に走るシーの気配を背中に感じながらアレンは不安に駆られていた。

イノセンスを発動出来ない今の自分に何か出来るだろうか。
ヘイゼルのときですら助けられなかったというのに…。

だがそんなことを気にしている場合でないことも確かだ。

ふと後ろを走るシーを振り返る。
多少呼吸を乱す幼い顔立ちは明らかに自分より年下だ。


「シー、一つ訊いてもいいですか…?」

『はい、何でしょう』


走りながら小さく首を傾げる気配が伝わる。


「どうして…探索部隊になったんですか?」

『え?』

「あ、いえ、深い意味は無いんです。ただ…教団の色々な部署がある中で、どうして危険性の高い探索部隊に所属したのかが気になったんです」

『理由…』


呟き足を止めた彼女に慌てて謝る。理由を言いたくない人間もいるだろう。
彼女は彼を見て微笑んだまま首を横に振る。


『お気になさらないで下さい。理由なんて久しぶりに尋ねられたので、思考が追い付かなかったもので』


早い歩調で歩き出した彼女の横に並ぶ。
シーは白み始めた空に遠い視線を向けた。


『私、親の期待に応えられなかったんです』

「え…?」


全く予想していなかった言葉に思わず声を上げてしまった。
それを気にも留めずシーは微笑む。


『一緒に育った家族は皆一人前になっていったのに、私は半人前にもなれませんでした。そんな私でも力があると、見せたかった』


強い思いを馳せた瞳が輝く。
それを何故か、アレンは恐いと感じた。理由など分からない。
穏やかな顔をするシーから無意識に視線を一瞬逸らす。


『私は私のやりたいことをやるために、自己中心的な理由で此処にいます。世界のためなんて今まで一度も思ったことはありません』

(やりたいこと…?)


教団に所属する人間の考えではないと苦笑する彼女に否定を返す。


「僕達エクソシストの中にも、教団のいう“世界”のためにと戦っていない人もいますよ」


今度はシーが驚いてアレンに顔を向けた。


「僕はAKUMAにしてしまった養父との誓いを守るために、人間とAKUMAを救済するために戦っています。世界のため…とは、うん、少し違うと思う」


じっと見つめるシーは何も言わない。


「仲間にリナリーというエクソシストがいます。彼女は仲間のために、教団のいう世界とは別の、彼女の周囲の小さな世界のために戦っています」


きっと神田とラビも、そんなに大した考え方を持って戦ってはいませんよ。と冗談っぽく言えば、シーは生返事を返した。
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墮天の黒翼

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