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水気の残る髪を乱雑に拭き乾かし、湿り気の残るのもそのままにベッドに飛び込んだ。
もう大分陽が傾き、緋色に染まる室内をぼんやりと見ながら落ち着こうと努力してみる。
それでも努力とは裏腹に脳裏には朧気にそのもじゃもじゃした姿が浮かび、徐々に輪郭をはっきりと…。
思わず言葉にならない声で唸り、ざわっと全身に立つ鳥肌とイメージ像を見ないように枕に顔を埋めた。気分転換にと早めに浴びたシャワーも思考には全く効かない。
暫くそうしていると体温の高い私から熱が伝わり、抱き締めた枕はだんだんと温まってきた。なんだかまた神田の肩に隠れている気がして…落ち着く。(…落ち着く?)その温かさの奥から彼の鼓動が…、
(っ…!)
ふと過ぎったそれにまた顔が熱くなってきた。

『…恋、か…』

抱きかかえた枕に半分顔を埋めたまま壁に向かって寝返りを打つ。ぼんやりとそれに視線を向けて溜息を一つ。

「あら、あなた恋してるのね」

説教中に急にボネールが真面目な顔をしたかと思えばそんなことを言い出した。一瞬理解が遅れて数回瞠目したが、嘘を吐く理由は無い。

『…そういうのって見て判るものなのか』
「当たり前よ、私は沢山恋をしてきたもの。恋をしている子なんてすぐに分かるわ」
『恋、ね…』
「相手がいるから身なりに気を遣ったんでしょう?ということは此処に愛しの彼がいる可能性も…、リーバー班長だったら承知しないわよ!」
『いい加減にしろ』

あのときは そんなものか、と思っていたが、思い返せばリーバーの護衛だというのに何故か部屋を出る前に何度か鏡を見返していた。神田達が丁度同じ街に出入りすることは知っていたから、ボネールの言い分によれば無意識に気にかけていたということになるのだろう。…なんだか石鹸の香りがするような気がしてきた。これも恋のせいか。

でも指摘される以前から私はどこかで気付いていた。あの日から彼という甘い毒が物凄い勢いで私を侵食していくことを。そしてその毒が私の中に眠っていた“私”を刺激していることを。
それが、怖い。私の分からない“私”が目覚めることが。だから気付かないふりをした。
(…でも“私”なんて…残っているのだろうか)
いつもその問いかけが“私”から私を引き戻す。いや、それ以前に、既に存在すらしていないのかもしれない。
いつからだろう。頭も心も、引っ掻き回されてしまうようになったのは。

『どうしたらいいんだ…』
「何がだ」
『っ!』

飛び上がるように起きて振り返れば、そこに心配そうな目をする神田が立っていた。入ってきたのに全く気付かなかったなんて。
沈黙をもって早い鼓動を落ち着かせたいけれど、少しでも彼に心配をさせたくない。でも何でも無いと言って納得してくれるだろうか。聞き間違い、ということには出来るだろうか。そんな思考の一瞬の間は彼に怒りをもたらした。

「お前、まだ髪が濡れているじゃねぇか」
『え、あ…?』
「凹んでいる暇があるならさっさと乾かせ。風邪を引いたらどうするつもりだ」

ぐっと眉間に皺を寄せた彼が雑に私の額に手をあてがった瞬間は思わず体を強張らせてしまったものの、熱がないと分かると張り詰めた空気が少し和らいだ。神田は片手に持っていたらしい書類をサイドテーブルに放ると、洗面所のほうに姿を消す。こっそりと深呼吸。(そういえば夕方に私の部屋に来ると言っていたな…。)数秒と経たないうちに戻ってきた彼の片手には一枚のタオルが。ギシッと音を立ててベッドに片膝をついたかと思ったときには視界が真っ白になった。

『っ…自分でやるから!』
「うるさい。その言葉は信用しないからな」
『なんで、』
「風邪を引いたら無差別破壊者になることは分かっていただろうが」
『む…』

乱雑に動く手とその声に返す言葉も無い。それに抵抗してその腕を掴んでも力の差は歴然だ。諦めてされるがままにすれば、うって変わって優しく髪を乾かされていく。
神田から香る強い石鹸の香りが脳を麻痺させる。(あぁ、好きだな…)風呂に入ってきたんだろう。時折耳に触れる彼の指先も少し熱い。
よかった、タオルで顔が隠れていて。
自分の長髪で慣れているからか、あっという間にふわふわに乾かしてくれた。
胸の奥がきゅうっとなる。彼にお礼を言うだけで、精一杯だった。

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