俺が購買から帰ると雫ちゃんはしょげ気味にちびちびと葡萄ジュースを飲んでいた。
そんなしょげた雫ちゃんも勿論可愛いのだが、あらぶるわけにもいかず北本さんの席を借りて雫ちゃんと向き合った。


「どうしたのー雫ちゃん」
「…なんでもないよ」
「んー…なんでもない事ないよね。俺に話せる事なら話して」
「……」


顔が伏せ気味故に少し上目遣いになるのがあざと可愛い。しばらくは視線をふよふよさせていたが、速く瞬きをした後、葡萄ジュースをかたんと机に置き、言いにくそうに口を開けた。


「苦手な人がいるの」
「…うん」
「その苦手な人からどうしても逃げちゃうの、…どうしたら、いいかな…」
「……」


俺はまぁ完全なる馬鹿ではない。現に雫ちゃんが頭を悩ます相手も把握できたし、解決方法も考えた。
だからといってその解決方法はきっと頑張る雫ちゃんにはあわない。そんなまどろっこしい事を密かに込めて雫ちゃんに伝えた。


「…俺が解決してあげようか?」
「…え?」
「俺が解決してあげる」


雫ちゃんの不幸が俺の手によって幸せに変わるならこれより幸せな事はない。雫ちゃんを幸せにできるなら俺はどんな事でもしてみせる。
ぽかんとした雫ちゃんに沸々どす黒い感情を上げながらにっこり笑ってみせる。
ねぇ雫ちゃん。最近、俺頑張ってるんだよ。頑張って頑張って、正しく愛せるように正しく好きでいれるように、どうすればいいかわからない愛情もきちん区別できるんだよ。
きっとこんな事思う時点でもう俺は正しく愛せてないのかもしれない。気づかれないように下唇を噛みながら愛しさだけを込めて雫ちゃんを見つめた。


「高尾君」
「うん」
「ごめん」
「うん」


あーあ、結局俺は雫ちゃんに何ができるんだろう。好きなんだよ、好きなんだよ雫ちゃん。大好きなんだ。もうどうしようもないぐらい。だから好きになってよ。頑張って幸せにするから。


「ありがとう」


雫ちゃんが発した言葉は、声は、今まで聞いた中でなによりも純粋だった。汚れが何もないそんな水のような声。
ああ、雫ちゃんからこんな声を出せるんだ、もしかしたら俺はまだ大丈夫なのかもしれない。


「私、頑張る」
「うん、応援してる」


俺から見たらもう休んでもいいぐらいなのにな。
葡萄ジュースに再び口付けた雫ちゃんが、門田雫が俺はどうしようもなく好きだった。

いつか雫ちゃんが幸せになるならその時の隣は俺がいいな、なんて。



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