「ロビーン!」
明るく名前を呼ぶ声に、ロビンはまどろみの中から引き戻される。
甲板の木の板を打つ軽やかなヒールの音が近づくと同時に、穏やかな海の上を滑るように吹いてきた風が航海士の香りを届けた。
甲板のデッキチェアで本を読んでいるうちに、ロビンはうたた寝をしていたらしい。
二日前についたばかりの島は春島で、そのあたたかな日差しは眠気を誘う。
「ロビンってば!」
デッキチェアの横に立ったナミは、体を起こそうともしないロビンに苛立ったのだろうか。
ロビンが緩慢に視線を航海士に向けると、にぎやかに騒ぐ船長達を叱る時よりは少し控えめな、怒りとまではいかなくとも不機嫌なことは確実な、そんな表情でロビンを見下ろしていた。
「なあに?」
ロビンはそんな表情など意に介さず、のんびりと尋ねる。
「なあに、じゃないわよ! 買い物に付き合う、って約束してたじゃない」
「……そうだったかしら?」
「そうだったかしら、ってあんたねぇ」
今度は呆れ顔。
「いくら昨日新しい本を買ったからって、それはないんじゃないの?」
むろん、忘れていたわけではない。
忘れているふりをしているだけ。
航海士との約束を大切にしていないわけでもない。
大切にしていないふりをしているだけ。
けれど航海士が、ロビンのそんなこころの内側に気づくことはない。
ロビンはこころを明け渡さない。
だから航海士の表情は非常に不満げだ。
一方で航海士のわかりやすい表情は、ロビンのこころを少しだけ、満たした。
少なくともあなたは、私があなたと出かける約束を忘れてしまったことを、嫌だと思ってくれているのね、と。