「もとは、ひとつだったからかもしれないわね」
ナミに背中を向けたまま、そうロビンは言った。
「え?」
「さっきの話」
「ああ、あなたとひとつになりたいわー、の話?」
ナミが少しだけ背中から顔を離して尋ねると、ロビンは少し背中を丸めて、ナミがロビンの腹部にまわした手に触れた。
つめたい。
体はわりと、あったかいのに。
「ええ」
「うん、あなたとひとつになりたいのぉ、の話ね」
「なぜ何度も繰り返すの?」
「繰り返したらロビンが、『そう、あなたとひとつになりたいの、の話よ』って繰り返すかと思って」
ロビンが笑いながら尋ねてきたので、ナミは答える。
「ロビンの声で、あなたとひとつになりたいって聞きたいなって思って」
そう続けると、ロビンは黙ってしまった。
たぶん眉を八の字にして、困った顔をしているだろうな、とは思ったけれど、それ以上は追及しない。
背中を曲げたときに少し浮き上がった椎骨をなめたいと思ったけど、なめない。
普段口数がそれほど多くないロビンが、こころに浮かんだことを語ろうとしているのなら、一語だってもらさずに聞きたい。
「で? ひとつだったからって、どういうこと?」
「私たちはすべて……ひとも動物も植物も、この海も、この空も、空に浮かぶ無数の星も、最初はひとつのものだったの」
「え?」
「宇宙のはじまりの話よ」
私たちはすべて、最初はひとつのもの。
ロビンの口からそんな言葉が出るとは思いもしなかったけれど、耳は確かにロビンの声でそう紡がれた言葉を聞いた。
ロビンの言葉を聞きもらさぬように、ナミの鼓膜のロビンの声への感度は人一倍高くなっているから、間違えてはいないはず。
「宇宙のはじまりは、一ヵ所に集まった熱いエネルギーのかたまりで、それがあるとき爆発して広がることで、今の宇宙が生まれたと言われているの。この爆発のときに、物質を形作る小さくて軽い元素が作られたのね。この元素たちは、互いの重力で引き寄せあって、やがて大きなひとつのかたまりとなり、その中心部でさまざまな反応を起こしはじめた。これが星の誕生ね」
ロビンはそこまで話すと、寝返りをうってナミの方へと向き直った。
「中心部の反応で、更にいろいろな元素が作られて、やがて星は寿命を迎え爆発して、内部で作られた元素を宇宙に放出する。宇宙にちらばった元素たちは、また重力で引き合って、星を作り、その中心部で元素を作り、そうして死を迎えて、作った元素を宇宙にとき放つ。地球でひとの生死が繰り返されて歴史が紡がれるように、宇宙でも星の生死が繰り返されて歴史が紡がれる」
歴史のことを語るロビンの瞳は、先ほどのけだるいものとは打って変わって、夜の闇とランプの炎を混ぜ合わせたような不思議な色できらめいている。
「そしてあるとき、最初の星から生まれた星に、星が作り続けた元素をもとにして、生命が誕生する……私たちはすべて、宇宙に生まれた最初の星の末裔なのよ。いつか太陽が死んでしまっても、私たちの体を構成する元素はかたちを変えるだけで、今後も生き続けるわ。つまり、ある意味では死んだ人間はいつか、ほんとうに星になるの。星から生まれた私たちは、みんな、星に還るのね」
「……宇宙のはじまりも、考古学だっけ?」
まさかそんな壮大な話を聞かされるとは思わず、なんとコメントしていいかわからなかったナミがした質問は的外れにもほどがあるのに、ロビンはナミの髪をやわらかくなであげてほほえんだ。
「どうかしら」
「でも、そっか……もともとひとつだったなら、ひとつになるのを求めるってのは、大いにありかもね」
「そうかもしれないわね」
手のひらの下でうんうんとうなずいているナミを、ロビンは目を細めて見つめている。
その視線がいとしいいとしいと、ナミに告げるから。
「……けどやっぱり、すべてのものがひとつは却下!」
「そう?」
「ロビンがひとつになるのは、あたしとだけでいーの!」
そう言ってロビンを仰向けに倒して額にくちづけると、ロビンは「そういう話じゃないわ」と言いながらもくすぐったそうに笑った。
その笑顔を見ながら、ナミは思う。
愛しかたが破滅的だと思ったロビンは、ひとも世界も、すべてがひとつだと言った。
同じ星から生まれたから、ひとも世界もすべてひとつで、みんな星に還るのだと言った。
そう言うことができるロビンはとっくに、ナミが心配するよりもずっとずっと広い視野でこの世界を見ていて、ナミの方が偏った目線でしかロビンを見ていなかったのかもしれない。
ふたりの世界に時間は流れ、ふたりの間に時間は積もり、それぞれの想いと記憶が蓄積されていく。
その蓄積が変化を生む。
ロビンの変わらないこころと、変わりゆくこころを、一番近くで見ているのがいつも自分であるように。
ナミの変わらないこころと、変わりゆくこころを、ありのままロビンに捧げよう。
夜はまだ、これからだ。
ふたりの時は、続いてゆく。