▼ 港町サディラ (1/4)
海からの爽やかな風が髪を撫でていく。
風に乗って運ばれてきた潮の香りは思いのほかくすぐったく、ロランは小さくくしゃみをした。
カモメの鳴き交わすこの街。
ロラン達はエリィの案内のもと、港街サディラにたどり着いていた。
「海は初めて?」
ロランのくしゃみの音を聞いたエリィが笑いながら尋ねてくる。
「うん、ラコッテは森に囲まれてたしさ」
「危険だからって森から出ることも村長に禁じられてたの」
ラコッテ出身の二人にとって海とは今まで絵や本の中でしか見なかったもの。
物珍しさに目を輝かせているロランに対しレイラは海の広さに圧倒されているようだった。
「私も初めて見た時はびっくりしました」
「うん、なんだか一気に自分の世界が広がったみたいだよね」
ティアとルースは以前この街に来たことがあるようだった。
ラックはロランと同じように興味津々で街中を眺めていることから彼女もサディラに来るのは初めてなのだろう。
「ギルドはこっちよ。ついて来て」
エリィが少し前を歩いたところで手招きをしている。
彼女について歩いていく仲間達の後に続こうとロランも足を踏み出した時、
――どんっ
と、何かが自分の身体にぶつかった衝撃が走った。
あまりにも勢いよくぶつかってきたその物体にロランはバランスを崩し尻餅をつく。
「痛ったた……」
「あわわ、ご、ごめんなさいっ!」
上から降ってきた謝罪の言葉に顔をあげると、そこには深々と頭を下げる少年がいた。
いや、ただの少年ではない。
少年の身体は亜麻色の毛に覆われており、頭にはラックと似たような猫耳がはえていた。
「……ティール?何してんだ船が出ちまうぞ!」
ロランのちょうど背中にあたる方向から街中に響き渡るようなそれほど大きな声が聞こえてきた。
ティール、それがこの猫のような少年の名前だろうか。
ティールと呼ばれた少年はその声にハッとなり下げていた頭を上げる。
「ごめん、ラディ!今行くからっ!」
声にそう答えたものの、少年は困ったような顔でこちらを見つめてくる。
そうしてまた深く頭を下げた。
「ほ、本当にごめんなさい!僕ちょっと急用があって…」
「そ、そんなに謝らなくたっていいって!船がどうとかなんだろ?早く行ってこいよ!」
ロランがそう促すと少年は下げていた頭を上げ、ロランを見つめる。
その顔は嬉しさや申し訳なさや不安や期待やいろんな感情が入り混じったようなものだった。
もう一度ロランが頷くと少年はありがとうございますとまた頭を下げ、声のしたほうへ走り出していった。
「ロラーン?何してるの?」
少年の背中を見送っていたロランに苛立ち混じりのレイラの声が飛んでくる。
「何でもない、すぐ行くって!」
本格的にレイラに怒られる前に、ロランはその場を後にした。
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