▼ 父のくれた宝物 (1/5)
「レイラ、いたか?」
「ううん、見失ったわね…。」
リシアの一角で二人は立ち往生をしていた。
街中を走り回って追いかけたのがティアに追いつくことはできなかった。
「う〜ん…夜中に走り込みでもしてるのか?」
「馬鹿なこと考えないの。でも、確かにあれは走り慣れてる人の走り方だったわね…考えても仕方がないわ。ティアは教会暮らしよね? 修道士さんに話を聞きに行きましょう。」
ロランはレイラの案に頷くと教会へと歩きはじめた。
リシアの教会はリシア城の城壁のように白い壁で覆われており、周りは様々な色のステンドグラスで飾られていた。
日の光により煌めくステンドグラスが教会の神聖さを際立たせており、ここを訪れた目的も忘れしばし見とれてしまう。
惚けていたロラン達を現実に引き戻したのは修道女の呼びかけだった。
「お若いのにお祈りですか?いい心掛けですね。」
「……!あ、あんた!ティアって子、ここにいないか?」
「ティア……ですか?」
途端、笑顔を消し、複雑な顔になる修道女。
しばらくの間の後、司祭を呼んでくると教会の奥へ消えていった。
「ティアといい、様子おかしいぜ…。」
「何か隠してるみたい…。」
「…ティアは元冒険者なのです。」
突然降り懸かる声にビクッと肩を震わせる。
声の方向を見遣ると純白のヴェールを被り、金色の刺繍が美しい白い修道服に見をつつんだ高齢の女性が佇んでいた。
おそらく彼女が司祭なのだろう。
傍に先程の修道女がいた。
「……司祭?!ティアのことは私達だけの秘密だと………」
「カトレア、先程の彼等の様子を見なかった訳ではないでしょう?……彼等には知る権利があります。」
修道女――カトレアは司祭の台詞に言葉を無くして俯いてしまう。
「ティアが……元冒険者だって…?」
「はい。…正確には彼女の両親が、ですが。」
ティアの両親……。
そういえば教会で暮らしているのは何故だ?
家族の話を何一つ話そうとしなかったのは何故だ?
「……私のお父さんとお母さんは冒険中に亡くなりました。」
教会にか細い、だがやけに耳に残る声が響く渡る。
教会の修道服に見を包んだ、白いカチューシャが印象的な栗色の髪の少女――ティア・クローリアがこちらを見据えていた。
「ティア……!?」
「…カトレアさん、司祭様。ここからは私が話します。」
驚いているカトレアと司祭を余所にティアはロランとレイラの前に歩み寄る。
「…まさか追い掛けてきて下さるなんて………。」
俯いたその顔は少し赤く染まっていた。
「…何言ってんだよ、友達が急に駆けていっちまったんだ。追い掛けるのは当然だろ?」
「それに、私達に言った言葉の訳もまだ聞いてないわ。」
腰に両手を当て笑みを向けるロランに、拗ねたように頬を膨らませるレイラ。
なぜだか込み上げてくる涙をティアは抑えることができなかった。
「ティ…ティア!?」
「…ごめんなさい……ごめんなさい…私…ロランさんやレイラさんもお父さんやお母さんのようにいなくなってしまうんじゃないかって……怖かったんです…。それに、」
「お父さんと…お母さんと……悲しいはずなのに…忘れようとしたのに…いつも思い出すのは冒険してたころの広い空…どこまでも続いていく大地…気持ちいい風…私…訳がわからなくて……。」
今までずっと心の内に溜めてきた物を吐き出すようにティアはただただ泣き続けた。
そんなティアの頭を司祭はまるで幼い子供をあやす母親のように優しく撫でる。
「それでも、あの頃を思い出すのは貴女が本当に冒険を好きな証拠です。……ティア、もう自分に嘘を付くのはやめて下さい…。」
「司祭様……。」
ティアが気を落ち着かせ泣き止むのを待ってから、ロラン達に向き直る。
その強い眼差しに思わずロランは背筋を伸ばした。
「ティアを貴方がたの冒険に連れていって下さいませんか…?」
「ティアを……?」
「司祭様っ!?」
ティアが驚いて司祭を見上げる。
司祭はいつもと変わらない、だがいつもよりどこか暖かい笑みを浮かべていた。
「私からもお願いします…」
カトレアが頭を下げる。
「ティアに必要なのは私達じゃない。貴方がたのように自由な心を持った人。…ティアに思い出させてあげて、外の世界にあるのは悲しいことばかりじゃなかったって。」
「カトレアさん…。」
茫然とカトレアを見上げるティアの目の前に一つの手の平が差し延べられる。
見遣るとロランとレイラがこちらに満面の笑みを浮かべていた。
「……行こう!」
その言葉を聞いて、また涙が込み上げてくる。
手の平で涙を拭い、目の前の友達に向けることができる精一杯の笑顔で答えた。
「………はいっ!」
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