▼ 夜遊びとは感心せんのお (2/8)
ふ、と意識が覚醒する。
枕代わりにしたらしい自分の右腕と、木製の机が視界に映った。
「…夢、か」
どうやら机に突っ伏して寝ていたらしい。
随分と長い間寝てしまっていたらしく、血の巡りが戻った右腕が鈍く痺れた。
身を起こすと肩から何かがずり落ちる。
毛布だった。
誰かがかけてくれたのだろう。
それにしても。
「"ユーフェルお兄ちゃん"……?」
夢の中で緑の髪の子が最後に呟いた言葉を繰り返す。
知り合いで緑の髪の持ち主はアルアしかいない。
アルア・リーヴェイン、共にカータリアで育った、いわば僕の幼馴染みである。
ということは、あの夢は幼い頃の忘れかけていた思い出なのか。
「ああ、そうか」
誰に言うでもなく、呟く。
初めてユーフェルと会った時、咄嗟にあの名前が思い付いたのは、アルアが幼い頃に描いた絵本の記憶がどこかにあったからだろう。
今になって夢で思い出すなんて、なんだか誰かに仕向けられたみたいだな。
そう自虐的に苦笑を浮かべていた僕は、壁に立て掛けられた時計を見て言葉を失う。
9時30分。
朝ではない。夜だ。
慌てて窓の外を見遣る。
辺りは既に暗かった。
「…朝起きて、洗濯して、お昼作って、買い出しして…」
その先から記憶がない。
夕方からずっと寝込けていたのか、僕は。
コハクもロメイアさんもいるし、まさか誰も何もしなかったなんてことにはなってないと思うけど。
「シェスナ起きた?」
背後から声をかけられ振り返る。
部屋のドアから躊躇いがちに顔だけを出したアルアがこちらをうかがっていた。
「ああ、うん。もしかしてこの毛布、アルアが?」
「うん、午後から急に寒くなるから」
アルアの心遣いが嬉しくて、思わず頬が綻ぶ。
僕の様子にアルアも嬉しそうに笑顔を見せた。
ああ癒される。
そうだ、アルアがいるならあのことを聞いてみよう。
「ねぇアルア、小さい頃に描いた絵本って覚えてる?」
「絵本?」
アルアは少しの間、腕を組み考え込んでいたが、やがて首を降ると申し訳なさそうに言った。
「ごめん、覚えてないかも。私、絵本なんて描いたかなあ…」
「いや、覚えてないならいいんだ」
僕もさっきまで忘れてたし。
それから少し話して、アルアは自分の部屋に戻っていった。
手持ち無沙汰な僕はベッドに横になるが、先程まで寝ていたせいか全く眠くない。
少し、夜の散歩でもしようかな。
そう思い至った僕は適当に切り揃えた赤髪を結わい、音を立てないよう気をつけながら部屋から出ていった。
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