○ お留守番反省委員会

 ずる休みを強く強く願ったせいに違いありません。


「38度2分」


 起きたらパジャマはビッショリです。口の中は血のようなフレーバーでとてもまずく、熱で脳味噌が膨張しているように頭がぎゅうぎゅうぼんやりしています。
 今の今まで皆勤賞、健康くらいしか取り柄がなかった私です。まさかの風邪。


「コガラシちゃん大丈夫? 私やっぱり今日は部下だけで行かせるからちょっと待っておいて」


 心細い気持ちまで伝播させてしまったのでしょうか。フブキお姉ちゃんのお顔が悲痛です。冷えピタの上から載せられたしなやかな手の重みは心強く心地よく手放しがたいです。しかし扉の向こうでは真っ黒スーツの人だかりが、お姉ちゃんを今か今かと待っておられるはずでした。


「私は大丈夫です。寝ていればへっちゃらです」
「でも……」
「ベッドは退屈ですから、お姉ちゃんのご活躍をお話ししていただきたいです。フブキお姉ちゃんがどんな風にあの怪異を解決するか、どうかお聞かせください。それまで静かに眠っています」
「コガラシちゃん……」
「さあ行ってください。みなさんフブキお姉ちゃんを待っていらっしゃいます」


 フブキお姉ちゃんの瞳に薄く膜が貼るのが見えました。
 感情どころか熱まで伝染してしまったのかもしれません。
 私、どうしようもない子です。





 うつらうつらとする内に一時間目の始業時間です。今日の一時間目は体育、ソフトボールではありませんか。参加できず残念です。なんでもいいのでかっとばしたい気分でした。
 二時間目は……英語。これは参加できず残念ではありません。ああ、でも、宿題の範囲を聞かなければなりません。面倒です。


 それにしても。

 感情の伝染って何ですか。なにに使えるんですかそんなもの。言い換えればめちゃくちゃ弱いサトラレ。攻撃手段として使えないのであればキャッツアイにもドッグイヤにもなれません。


 のどの渇きを覚えて目を覚ますと三時間目です。理科です。人体模型は踊っているのでしょうか。

 いえ。

 もう誰も人体模型の不思議な踊りなどどうでも良いはずです。
 私の感情伝染が原因なのであれば、私が不在の学校には誰一人怪異を気にかけるものなどいないのです。
 つまりあらゆるオカルトは、今日はお休みなのでした。
 それがあるべき姿なのでした。


 そもそも論です。
 異能力研究会は、私ただ一人でしたから。

 思い出しました。女子校、乙女の花園学校ではキューピッドさんやタロット占いはメジャーでも超能力を研究したいという茨の道をセーラー服で踏破しようという業の物は私ただ一人でした。

 フブキお姉ちゃんはどうやって会員を集めたのでしょうか。超能力を見せるというのは確かに良い手です。でも、フブキお姉ちゃんがたくさんの人に慕われるのは決して超能力だけのお陰ではありません。人徳です。美しさ、気高さ、賢さ、面倒見の良さ。そのお体に宿るカリスマ性があまりに多すぎて、身の内からあふれ出して輝くフブキお姉ちゃん。

 それに比べて私ときたら。

 お帰りになられたら爪の垢を貰えないかうかがいましょう。……やはりやめておきます。自分の身に置き換えたらキモいお願いでした。

 ため息。

 三人で行う部活動は、とても楽しかった。
 昨日のことだというのに、もはや懐かしくさえ思えます。
 また、一人に戻るのでしょう。





 眠りすぎて意識がはっきりしてしまいました。しかしベッドからでてうろうろするなど言語同断のこの身です。おとなしくテレビをつけると教育チャンネルでは花言葉についての番組をやっておられました。

 あ、この花言葉、無免ライダー先輩にお話ししたい。

 頭をぶんっとふるいます。いけません。私と無免ライダー先輩は先輩後輩などではありません。全くの他人です。ちょこっと助けていただいただけ。
 それをあんなに馴れ馴れしく。
 しかも昨日に至っては逃げ出した私でした。
 お恥ずかしい。顔向けなどどうしてできるでしょう。





 咳まで出ます。
 咳をしても、一人。

 うつらうつらとして再び意識が睡眠に落ち込もうとしています。夢の中でドアが叩かれます。控えめな音がだんだん遠慮のないノックに変わり、「コガラシ君! コガラシ君!!」無免ライダー先輩の声で私を呼ぶのです。

 ……はっ!!

 夢ではありません! あれは確かにホテルの扉! 声はまごうかたなく現実の無免ライダー先輩の肉声ではありませんか!


「どうなさいました無免ライダー……」先輩、ではありません。「さん! なぜここが!?」

「詳しいことは道中話すよ! 来て欲しい!!」

 私はパジャマの上にカーディガンを羽織ります。着替える暇など与えない、せっぱ詰まったお声でありました。

「大変なんだ!」

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