○ スプーン曲げとチョコレート

「先月私のお家が爆発したではありませんか」


 週に一度きりの、砂漠の水のように貴重な異能の日です。他の四日はヒーローの日なのでした。

 異能力及びヒーロー活動愛好会の会長である私は、スプーン曲げに飽き始めていらっしゃるサイタマ先輩に語りかけます。


「ああ、タツマキとフブキがやらかしたやつな」
「はい。ようやく施工に入ったんです。終わったらぜひ遊びに行らしてください」
「茶菓子用意しとけよ」
「勿論です。超能力実験しましょう」
「そこでも部活か……」


 我が家だけでなく学校も新築ぴかぴかです。
 愛好会の活動拠点である地学準備室ではロシアがソ連の地球儀だけが年代物でした。旧校舎からの引っ越しで、古き良きものは大部分が処分の運命にあります。

 金槌をふるう音が届いていました。グラウンドではヤグラが組み立てられている頃でしょう。耳を澄ませながら、私はカレースプーンをじっと見つめます。

 そもそもスプーン曲げというのはインチキ100パーセント、エセ超能力の筆頭であります。そこを逆手にとってあえてスプーンを曲げるというのが、私の異能開花への第一歩へつながるのではないか……そんなことを考えていたのですが、正直これはだめな気配です。種がわかっているのがいけないのかもしれません。

 アバンギャルドに標準服を着こなすジェノス先輩は、情緒もへったくれもないテコの原理でスプーンを曲げました。くにゃっというよりぐいっと。


「今はどうしているんだ」


 ジェノス先輩は心配げな瞳を私に向けます。つるりと白い金属の指先でスプーンをくるくるさせていました。曲がってはいるものの異能力の片鱗はここにも見えません。
 サイボーグと言っても脳味噌は人間のままということですし、可能性はゼロではないはずなのですが……。


「まだフブキお姉ちゃんとホテルに泊まっています。スイートって初めて泊まりましたけれど、あそこはいいものですね」
「ですねって入ったことねえよ。くそおブルジョワどもが」
「ベッドとかふっかふかです」
「そのまま住んじまえ」


 吐き捨てるようにサイタマ先輩が言います。手を伸ばし、ジェノス先輩の目前に広げられたチョコレートをぽいと口に放り込みます。一区画ずつに割られてとても食べやすい様相です。


「それはできかねますよ。タツマキお姉ちゃんが一緒じゃないと」


 お家を吹っ飛ばして飛び去っていったタツマキお姉ちゃんからは未だなんの連絡もないのです。とても寂しいことでした。


「金の問題じゃねーのか! 腹立つな」
「いやですねサイタマ先輩までピリピリしちゃって。ただでさえ文化祭が近くてそこいら中でいらいらさんが出没しているというのに」
「ああ……今日も肩がぶつかったとかって絡んできたタンクトップが居たな。あんな制服の着こなし初めて見た」
「あの服装は良識を疑う。サイタマ先輩に睨まれて逃げていったが」
「金髪とスキンヘッドに睨まれたら……それはひとたまりもないでしょう」
「そういえばコガラシの髪の毛もすげー緑だしな。俺たちってどう見られてるんだろう」
「!」


 しょ、衝撃です!
 成績こそ中の下ですが無遅刻無欠席無早退、掃除の時間におサボタージュだってしたことがない私です! もしかしてこの愛好会、一向に人が集まらないのにはそういう理由があったのでしょうか……。


「しかし俺たち以外の生徒にも絡んでいるのかもしれませんね。ああいうのはヒーローとして厳しく取り締まっていきましょう」

 そう言ってジェノス先輩はぱくりとチョコレートを口に運ばれます。

「ところでジェノス先輩」
「なんだ」
「先ほどから召し上がっているのは」
「欲しかったのか。ほら」

 たっぷり一列寄こしてくださいました。私の手のひらに白くすべらかな板チョコレートがのっています。

「どうもありがとうございます。これ私のですね」
「……」


 お二方ともそっと目を逸らされました。
 いかに私に読心能力テレパスあらゆる能力がなくてもわかります。図星ですね。


「サイタマ先輩、ジェノス先輩、これは、私の買ってきた、ホワイトチョコレートではありませんか」
「お前がそう言うのならそうなのかもしれない」
「やっぱり! ひどいではありませんか!」
「落ち着け! 今度新しいの買ってきてやるから!」
「……ミルクチョコレートで手を打ちましょう」


 私の差し出す小指をサイタマ先輩は無言で取りました。指切りげんまんうそついたら針千本誤飲していただいた上でげんこつ一万回なのです。痛いですよ。


「やっぱミルクだよな。購買行ったら売り切れてたんだよ」
「あ、私もそうですなぜでしょういつもはそんなに売れない商品なのに」
「文化祭が終わればすぐに受験戦争だからな。ストレスもたまるし脳も使う。三大栄養素といえば糖質脂質タンパク質だが脳が直接栄養として摂取できるのは糖分だけだ。俺の場合全身ほぼ機械だが脳だけは自前だからな、糖分の摂取は重要になってくる。脳を電気で充電することはできない。甘味を摂取するのはごく自然でかつ最も効率がいいからだ。うどんなどの炭水化物でも良い、咀嚼とともに唾液のアミラーゼにがでんぷん質を分解し麦芽糖に変化して……」


 家庭科か理科の授業かといった丁重な解説をしてくださるところ申し訳ありませんが……私はどうしても気になることができてしまいました。
 サイタマ先輩のお耳へ、そっと口を寄せます。


(要約すると『甘い物が大好きです』ということでしょうか)
(それ本人には言ってやるなよ、一応隠しているつもりなんだから)


 そうは言われましても、口元にくっついているチョコレートに目を奪われます。せっかくきれいな顔立ちをしているのに……残念です。


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