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図書選びの手伝いをレファレンスサービスという。
雉島の職場は県立図書館だ。レファレンスが得意な雉島には資料を選んで貰う約束をしていた。前からだ。必要な資料があるのだって本当だ。
でも、口実にしてないといえば嘘になる。
緊張しなかったと言えば、あからさまな嘘だ。
雉島は仕事中、烏間に対しても敬語を使う。以前からそうだったので別段気にすることもない、のに、なんだかその距離感が無性にやるせない。
資料をめくりながら雉島が振り返る。
「同じジャンルでも閉架は古いので……そうですね、やはり現在資料にするにはあまり役には立たないかと思います。別分類に関連ワードがない調べて参りますので、おかけになって少々お待ちください」
一目見た瞬間奥にひっこまれたりしたらどうしようなどと悶々と不安を渦巻かせていた烏間をよそに、仕事モードの雉島はあっさりと烏間を受け入れた。
まあ、来館者と職員なのだから当然といえば当然なのだけれど。
それでもそれだけのことに随分と緊張が和らいだのも事実だ。
「お待たせしました。こちらはいかがでしょう。目次を見ていただくとわかるかと思いますが」
聞き漏らさないように耳をそばだてても説明される端から意味が脳から抜けて、ただ雉島の声ばかりに集中する。
「いかがですか」
聞いてた? と言いたげな顔でのぞき込まれてハッとする。
「これでいい。ありがとう」
「いえ、仕事ですので。どうぞごゆっくり」
いつもより愛想なく踵を返した雉島の背中へ声をかけるのに、ここ一番の緊張があった。
「雉島」
仕事の相手として話をするとき、烏間は雉島を雉島さんと呼ぶ。
意図は伝わったらしい。
雉島は職員としての対応をやめた。かろうじて立ち止まって、でも烏間には背中を向けたまま、どうしようもないほど素っ気ない声を出す。
「なに」
「この前の電話なんだが」
「言葉の通りだよ」
「よくわからないんだ。……俺はなにをしてしまった?」
「烏間君じゃない。私の問題。ただ烏間君と少し距離を置きたいと思ってる」
「理由を聞かせてくれないか」
どこかうんざりとした雰囲気が漂う。
「……あのさ、今仕事中だから」
「俺は雉島と距離を置きたくない」
振り向かない。後頭部からも背中からも、大した感情が読みとれない。
「何か言ってしまったというなら謝る」
ごく短いため息をついて、ようやく雉島は烏間をみた。
うつむけ気味だった顔をまっすぐ向けて。
なにか決断した強い目をして。
「今日さ、閉館までなんだ。だから、」
「待っていても良いか」
「ん」
「わかった」
話しかけるタイミングを見ていたのかもしれない。若い職員が雉島を呼びに割り込んできた。
「雉島さん、書庫の本が見つかりません!」
「はいよすぐ行く」
カウンターへ向かおうと踵を返した雉島は、再び背中を向けたまま、
「あのさ烏間君」
「なんだ」
「ごめんね」
なにが。
問いかける間も与えずに雉島は行った。
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