命綱なんて気のきいたものなど勿論ない。
窓の桟を蹴って空へ躍り出た烏間は、とんでもない狙いの通り正面玄関入り口の庇の上に見事な着地を果たす。どうかしてる。
窓を乗り出して烏間の凶行を目で追う医師と部下の呼びかけにも答えない。今度は出入り口正門の石畳へ跳ね下りたその勢いのまま走りだす。
さすがに呆気にとられて立ち止まる雉島めがけて。
飢えた獣のように。
固まる雉島をついに捕らえようとして、
「……」
「……」
抱きしめたかった。
飛びつきたかった。
ついにできない。
雉島の顔を真正面にとらえた途端に歩がゆるまって、わずかに一歩手前で立ち止まった。文字通り手も足も出ない。
「なに、」
かっぴろげられた雉島の目に男が映っている。
セットもクソもないぐしゃぐしゃの髪、入院着は合わせがはだけている。極めつけにはしかられた犬のような情けない顔をしていた。
それこそ、まごうかたなく、今の烏間だった。
「なにやってんだ烏間君」
なに、
とは。
「……」
織子を追ってきたのだ。
四階から飛び降りて。
顔を覆いたくなる醜態であった。
なにをやっているんだ俺は。
しばし呆気にとられていた雉島だったが、烏間が固まったままなにも答えないのに業を煮やしたらしい。腕を組んでからため息をつかれた。ただその一撃で思わず怯む。
「雉島」すがるような声が出た。
「うん」
「、雉島」
「おう」
せめて手だけでも握りたい、のに、
「織子、」
結局呼ぶこと以外できないままに。
っていうバージョンも書いてからやめました