黒々とした闇が、旧城を囲んでいる森に不気味に色をつけた。
ぼんやりと部屋を照らすカンテラの、空気の焦げる鼻を突くにおいがゆるゆると遠くなりつつある意識を唯一、現実に繋ぎとめていた。






「ジュダルあなたはこの部屋で寝るといいわ」

今から数時間前、愛輪に案内されたのは、旧城のとある一室だった。
客間にしては広すぎるそこは長らく使われたような気配はなかったが、不思議と埃一つなく手入れされていた。聞けば愛輪の世話人として時たま煌帝国から送られてくる"世話人"が城中の掃除と、しばらくの食糧を置いて行くそうだ。


「飯は?」

「わたしが作るわよ。こう見えてもわたし、おりょうり、上手なのよ。…自分でいうのもおかしいけれどね」


「…じゃあ期待して待っとく」


さくらんぼのようにツヤツヤとした紅の唇を緩ませて、任せて頂戴と胸を叩いた愛輪は小さな体を揺らしながら身の丈に合わない、馬鹿でかい厨房へと向かった。

やはりそこも埃一つなく、しかし先ほどの部屋と違ったのは何処と無く整理されていない雑然としている様子が、頻繁に人狼の手によって使われていることを示したいた。


「…ねえジュダル、そんなにみられてちゃあわたしだって作れるものも作れない」

「そんなにって、ただ見てるだけじゃん」

「その、今まで自分以外に作ったことないから……ああもう。あっちいってて」

「いやだ」


ぷるぷると肩を震わせ、潤んだ瞳で恨めしそうに睨みつけてくる愛輪。やがて先に折れたのは愛輪の方で、深いため息と共に包丁に手をかけたのだった。




「さあ、できたわよ」

「できたってこれ生肉じゃねえかよ」

「それが?」

いただきます、と小さな手を合わせてそのまま肉に手を伸ばす。愛輪は鋭い犬歯で肉を引き裂き、口を赤く染めながら不思議そうに俺の瞳を覗き見る。
どうしたの ?
口の周りをきたなく汚した人狼は目をまん丸くさせている。



「……おまえ料理上手とかいってなかったか?」

「そうよ。とても美味しそうじゃない。それに、おいしいわ」

「………焼いてくる」


口元をあげて君の悪いくらいに美しくにやりと笑った愛輪は厨房を指差して、気にしたようでなく好きにすれば、とだけ口にした。