日の暮れかけ、片手にもった桃が夕陽の赤に照らされて毒々しい色をはなつ。
ぐちゅりと腐りかけの、熟れすぎた桃を口に運ぶと、鼻につく甘い香りが唾液腺を刺激する。

べとべとの果汁が洋服を濡らしたが、別段それが気になることはない。心ここに在らず、の状態とはまさにことこと。


やがて、森を抜けたそこに巨大な石塔が現れた頃、ジュダルは頬を緩めた。絨毯の上においていた大量だった桃はその半分ほどの数になっていた。

***


「ジュダル!待っていたわ」

分厚い本から顔をあげ、薄暗い塔の中に金髪がぼんやりと浮き上がった。
四角い窓から入ってくる夕陽の色は紫色に変わりはじめ、室内は互いの姿が見える程度の明かりしか届かなかった。


愛輪は本の砦の中から立ち上がり、部屋の隅においてあるカンテラに火を灯す。じゅっと空気を焦がす嫌な匂いが部屋に広がり、やがて二人の姿を捉えた。

「ほら、桃。もってきたんだぜ」

「ありがとう!ジュダルがもってこなかったらわたし、どうしようかと思ったの。だって、わたし、ジュダルを殺すはめになるんだもの」

「…約束、か。あんなもんただの遊びだ。本当にやる人間なんていねぇよ」

「わたし人間じゃないもん」


差し出した桃を両手で包み込む様に受け取った人狼は人よりも嗅覚の優れている(らしい)鼻を桃にぺったりとくっつけて、目を細めて堪能した。
しばらくそうしていたあと、いただきますと控えめに口に含んだ。
だらりと口の端から流れ落ちた熟れた桃の果汁が服を濡らす。やはりこちらもそれを気にはしていない様で、ふっくらとした薄紅色の頬っぺたを綻ばせた。

「ジュダル、わたしも桃がだいすきよ」

「俺の方が好きに決まってんじゃん」

「………ん、今日のところはそういうことにしといてあげるわ」


プライドを噛み砕いてそう告げた愛輪。一つ目の桃がなくなるまでにかなりの時間を要した。
その間にジュダルはすることも無く近くの本を手にとって読んでみるも、見覚えのない文字ばかりで早々に挿絵だけを流し見ることに専念していた。


「おまえさぁ、こんな難しい本読めてんのか?」

「読めないのにもってちゃおかしいでしょう」

一冊すべてを流し終わったあと、続いて二冊目に手を伸ばした。
表紙はボロボロで何と文字が書いてあるのかも読めないようなそれ。触れる寸前にコツンと頭に何かが当たった。

「それに、触れちゃダメ」

「は?いってぇな。種投げつけてんじゃねぇよ」

「さわっちゃだめ!」

人の話を聞いているのかいないのか、ぷるぷると小さな体を怒りに震わせた愛輪はジュダルの目をぎりっと睨みつけた。


「…わかったよ、触らねえって。でも、これなんなんだよ」

「日記よ。わたしのははの日記」

愛おしそうにその日記を抱え込んだ。人狼の瞳からすうっとこぼれ落ちたのは、人のそれとは一体何が違うのか。

「ジュダル、あなた、帰るの?」

「あー…帰れっかな」

「暗くて道が見えないようなら、泊まって行けばいいわ。やたらめったら広いんだもの、このお城」

にっこりと笑った愛輪だったが、相変わらずその腕には日記を抱えたままだった。