「よう愛輪遊びにきたぞ」

「ジュダル。久しぶりだね」


人狼は今日もそこにいた。
冷たく狭い石塔の中に本を何重にも並べ小さな砦を作りその中に君臨する女王のように優雅に髪をかきあげながら立ち上がった。

「……おまえって、小さいんだな」

「そう?これでも大人のからだなのよ」

ゆっくりとその場でターンする。ふわりと舞った裾から除く白い脚は今にも折れてしまいそうなくらいに細い。

「あんまり無茶すんなよ」

「ジュダルはわたしのこと舐めすぎよ。それよりねぇ、あなたって何者なの?」


唐突だった。
その質問の意味を聞く前に愛輪は言葉を続けた。

「わたしは、ジュダルは新しいお世話人だとおもったけれど、ちがったわ。
あなた、誰なの?」

「煌帝国のマギだ」

「マギ?」


マギマギと、オウム返しのように言葉を数度反芻し、愛輪はポンと一つ手を叩いた。魔法使いなのねと嬉しそうに声を弾ませた。


「マギがどうしてここに?わたしの相手をしてもいいとお許しがでたの?」

「ここにいることは秘密。お前のこともこないだまで知らなかった」

「知らないのにここに?うそみたい!そんなことってあるのね」

手を両手の前で組んでほおを赤らめるその姿はなかなかに不思議なものだった。人狼は切り取られた四角い窓からわずかに入り込む風邪にその金髪を揺らしながらなおも続ける。

「わたし、もっとあなたのことが知りたいわぁ。
ジュダルはなにが好きなの?」


「好きなものなんてあんまり…。食べ物なら、桃、だな」

「桃?わたし、それ知ってるわよ。薄桃色をしたまあるい果実。中は甘くてみずみずしいのよ」

そこでとてとてと本の砦の中を探し回り、一冊の本を手にとった。ぱらぱらとめくって、そのページを俺の方へ見せてくる。
白黒のイラストで書かれた桃という見出しのついたページ。嬉しそうに笑う愛輪とは裏腹に俺は少しだけ同情を覚えた。

「食べたことは?」

「もちろんないわ」

「じゃあそれは知ってることにならねぇな。俺はもうなんかいも食べてるんだから!」


へへへと笑ってやれば少しだけ悔しそうにした唇を噛んだ愛輪。どうやらこいつはプライドが高いらしい。


「また今度、遊びにきたらもってきてやるよ。桃」

「っ!?ほんとに?ほんとのほんとう?」

「ああ、約束だ」


小指を目の前に差し出す。何のことかわからずに不思議そうに俺の左手を凝視する愛輪。
約束だ。ともう一度力ず良くいえば、恐る恐るその小さな手を俺の指に絡める。

「約束するときの"絶対に破らせないっていう"縛り"だよ、これ」


「約束。破ったら、ゆるさないよ?お腹に針を詰め込んで、殺しちゃう」

にっこりと笑う愛輪は何とも恐ろしいことを口にして居たが、聞かなかったこととして、絡めた指先をほどいたのだった。