むかし、この地には人狼族と呼ばれる恐ろしく頭のいい人間たちの住む集落があった。 人々は彼らを畏怖し、時に助言を求めながらも共存してきた。 しかし時代の流れと共に力を欲した一部の人間達の人狼狩りにより急激に数を減らした彼らは、やがて歴史の表舞台から姿を消したのだった。 「ですって、ジュダルちゃん!そんなに頭のいい人間がいるならぜひともわたくしも会ってみたいものだわぁ!」 「そんなのただの伝説だろ、でんせつ!」 「もぅ…!夢がないんだからぁ」 そう言って大事そうに抱えた本のの表紙を愛おしそうに撫でる紅玉を横目にジュダルは内心の焦りを悟られないように視線を落とした。 *** 煌帝国の北に広がる森をずっと進んだその先に開けた土地があることに気がついたのは僅か一ヶ月前のことだった。 そこにポツンと寂しくたった石塔は人間の世界から隔離されたように浮世離れしていて、何があるのだろうかと好奇心をくすぐられたのが始まりだった。 俺は隣接した旧城の中を探り、地下に通じる薄暗い通路を抜け、石段を上がった一番上にある扉のその向こうに、それは居た。 ぎしりと重い扉を開ければ、その奥に秘められた煌帝国の秘密はゆっくりとジュダルに顔を向け、大きな翡翠の瞳を見開いて"鳴いた"のだった。 「だれぇ?」 太陽の光もわずかしか届かない石塔の中。四角く切り取られた窓のようなものからかろうじて入る日光だけその顔を照らす。 息を飲むほどの美しさだった。 一歩前へ出ると少女は何も言わずに腕をこちらに伸ばした。指差したのは、踏み出した右足で、踏んでしまった書物を寄越せと言いたいのか、俺に視線を送る。 「何でこんなところに人間がいるんだよ」 「ちがうよ。人間じゃ、ないよ」 にっこりと太陽のごとく笑う。 ころころとよく表情を変える娘だと思った。彼女はそのまま近くにあった本に手を伸ばして金色の文字で装飾の施された表紙をゆっくりとめくった。 ひとページひとページ。しゃらりと紙がこすれる音だけが室内に響き、やがて手が止まったかと思うとその本の中身を俺に見えるように大きく開いた。 「人狼」 そのページには、少女と同じ金髪を持ち耳と尻尾を生やした化け物が描かれていた。 「人狼?」 「ひとおおかみって書くの。こうえんさまが教えてくれたわ。 わたしは人じゃないの」 「紅炎のこと知ってんのかよ。ならなんでこんなところに」 言葉を続けようとしたけれど、少女はそれを制すように言葉を割り入れた。 「あなたのこと教えてよ。新しい世話人さん」 そして少女は再び俺に向けて両手を伸ばした。 その手をつかんだ時から、何かそこしれない冷たさと暖かさを頭の中に流し込まれた気がした。 それが、煌帝国の人狼、愛輪との出会いだった。 → |