私と紅覇さまを乗せた馬車は森を抜けた。

開けた土地の少し向こうに見える街並みに息を飲んだ。きっとあそこが紅覇様のお国の煌帝国。
野蛮で暴力的だと噂されている、あの。




「う〜ん、ようやく帰ってこれたってかんじだよねぇ」



帳越しに紅覇様の声が聞こえた。
ええそうですねと相槌を打つのは紅覇様の眷属の方。そのぼんやりとした彼らの影を息を飲んで感じていた。もしもわたしがあの場所にいたのならと、少しだけ嫉妬に近い醜い感情ぽわりと心の中に顔を出す。

わたしだって、紅覇さまともっとお話してみたい。

その感情を紛らわせるように、ただひたすらに窓の外を見つめては物珍しそうな物を心の中に焼き付ける。

目を閉じればたくさんの人の声が風に乗って聞こえて来た。市場が近いのだろうか、甲高い声も野太い声も、すべてが楽しそうだ。

不意に吹いた風に、私の国とは違う匂いに不安をこころに抱いた。
ざわりと後ろに遠ざかった森を揺らす。すうっと乾いた空気が広がる。故郷とは違うその感覚に、喉が詰まりそう。
だって、わたしはもう昔のお姫様だった頃の私じゃないのだから。


【第四夜 その瞳が心を乱す】


「炎兄ぃ、帰ったよ」



宮殿の中は、床も壁もすべてがきらきらと美しく洗練されていて、廊下に飾られた様々な絵画や宝石が王の品の良さを感じさせる。その華やかさに目を奪われるのと同じように、すれ違う女官や使用人の方々はわたしよりもきらびやかなお召し物をまとっており、わたしだけがこの空間に溶け込めていないようだった。この国ではわたしはまさに、異形。



「で、どうだった。あの国が反乱を起こそうという話は」

「ただの噂だったしぃ。あ、それと貢物たっくさんもらっちゃったからあとで倉庫に運ばせとくね」

「そうか。ご苦労だった紅覇」


椅子に座って話す『炎兄』と呼ばれる、皇帝であろうお方は目をつむってしばらく何かを考えるように間を起き、ゆっくりと紅覇様に問いかけた。

「ところで、その女は…」

「僕の新しいオモチャだよ。あの国のオヒメサマ」

「ほぅ。で、どうしてあの国の姫君がこんなところに、」



わたしを見据える赤い瞳。
紅覇様とそっくりなその瞳の奥に冷たい何かが潜んでいる。全身が粟立つ。
わたしがこの国へきた目的を口に出そうと顔をあげた。



「それは、」


「お前!僕は口を開いていいって言ってないんだけど。黙れよ」



言い終わらないうちに紅覇さまに睨まれてしまった。
口を噤んで俯いた私の上からはぁと小さく漏れるため息がきこえ、下がっていいぞとぶっきらぼうに捨てられた言葉に含まれているものを、わたしはまだ知らない。


「ほらいくよコーデリア。何ぼさっとしれんだよ、迷子になりたいわけぇ?」

「…はい。紅覇さま」


ああ、本当に紅覇様は狡い人だ。
私の心を、プライドを、踏みにじるくせにふとした時に優しいのだ。紅覇さまに握られている右手がその証。
かぁっと赤くなったであろうわたしの顔をみられまいと必死で床だけを見つめて紅覇さまのあとに続いて部屋をあとにした。