「コーデリアこっちにおいで〜」



「はい紅覇様」



紅覇様のお部屋に入ることを許されたわたしはおそばによって頭をポンポンとなでられた。



少し気恥ずかしくて顔を下げればぎゅっと痛いくらいに顔を鷲掴みにされ無理やり紅覇様と視線がぶつかった。




「誰が顔背けていいっていったのかなぁ?」


「すみません…」




パッと手を離された。

紅覇様はごめんね冗談だよと軽く笑ってから痛かった?とほおを撫でる。



「ま、それはいいんだけどさぁ。
おまえには部屋をやらないといけないと思ってね。どんなところがいいか希望ある〜?」



「紅覇様が選んでくださるお部屋ならどこでも、嬉しゅうございます」



「あははっ!おまえは本当にイイコだねぇ。大抵の女はあれやこれやと文句をつけるんだもん」



「じゃあおまえの部屋は端っこの部屋だからね〜。今から案内するよ」



「ありがとうございます!」




【第五夜 爪を噛んだ苦い逆境】







宮殿の二階、西側に位置するその部屋はお世辞にも綺麗とは言えずむしろ質素で。

悪くいえばただ単にボロかった。




「ここだよ」


「…ここ、ですか」


「うん、ここ。何か文句は?」



「紅覇様がお貸しくださったお部屋、ありがたく使わせていただこうと思います」



「〜〜ッ!! コーデリア、おまえはオモチャにしておくにはもったいないよ」



その意味は理解できなかったけれど、紅覇様は汚い物を見るように部屋をぐるりと見渡した。




「じゃあね、また明日。朝起きたら僕のところに来てね〜」



「はい」


パタンとしまった扉を見送り、私は地面にへたりこんだ。



まだわたしが姫さまと呼ばれていた頃に住んでいたお部屋の何十分の一の広さだろうか。



壁は所々白い塗装がはげてもとの素材の色があちこちから顔を出しており、木製の簡素な寝台は腰をかけるだけでギシギシと軋む。



自然と漏れた深いため息。
それをハッとして振り払った。





わたしはあそこで死ぬはずだったのだ。


それを紅覇様に助けていただき、質素とはいえこのようなプライベート空間まで用意して貰ったのに私はまだ贅沢を言うのか。



自分の欲深さにがっかりとした。



きっと今日は半月だろう。窓から月は見えないけれど。




わたしは小さくお休みなさいとつぶやいてぺっちゃんこにつぶれた布団の上に横になった。




***



ハッと目を覚ますと部屋の中は明るかった。疲れたためかぐっすりと眠っていたらしい。


布団から起き上がれば背中がギシギシと痛む。


もやのかかった頭を振って覚醒させると、ボロボロの部屋にはいるはずのない人物がそこにいた。




「おはよぉ!おまえ遅いから迎えに来たよ」


にっこりと底冷えするような笑顔。
ぞくりと背中に怖気(おぞけ)が走る。わたしは即座に寝台から立ち上がり深々と頭を下げてその人物、紅覇様へと挨拶を告げた。




「ほら、跪け。おまえは罰を受けるべきなんだよ」


「……はい」



恐る恐る紅覇様の足元に片膝を立てると、即座にどん、と顔面を蹴られる。




「おはようコーデリア。さ、行くよ」



思い切り蹴られて後ろに尻餅をついたわたしをさぞ不思議な物を見るような目で見下し、顎で行くぞと紅覇様は合図したのだった。




***


「う〜ん、迷っちゃうよね〜。
おまえには白も青も似合っちゃうからどれにしよっか」



「わ、わたしにはこんな高価な物勿体無いですよ紅覇様…」



今わたしたちはとある部屋に来ていた。

定期的に煌帝国へ足を運ぶ貿易商がやって来ているらしく、紅覇様はわざわざ商人を呼びつけて異国の珍しい着物をわたしのために見繕っているのだ。




色とりどりに並べられた着物を一つ一つ手にとってはかわいいかわいくないと評価をつける紅覇様は、少年と言うよりは同い年の少女のようで微笑ましかったのはわたしだけの秘密。



「よし、き〜めたっ!コーデリアにはこの赤い服が似合うはずだからねぇ」



手に持っていたのは薄いサラサラとした手触りの鮮やかな赤の着物。裾がふんわりと広がっており、それは貿易の国であったわたしの祖国でさえ見たことがないような立派なものだった。




赤くて、燃えてしまいそう。





「……紅覇様と、おんなじ色ですね。赤」


ぽつりと無意識に言葉が漏れてぎゅっと目をつむった。
また叩かれてしまう。反射的に身構えたのだけれど、一行に紅覇様の"お仕置き"はされなかった。




「…おまえはほんと、もったいないや」



「何が、ですか?」



「おまえは知らないでいいの!
これに着替えておいでよ。コーデリアは今宮中で農民上がりの小娘なんて呼ばれてるんだからさ」



「農民っ…!…あ、はい。では着替えてまいります」





隣の部屋へと移動した。


赤い着物を身に纏う。
ほんの一瞬、きらきらとした映像が頭の中に流れ込んだ。
美しいですねと世辞をいう下女はここにはいない。


わたしはもう、お姫様なんかじゃない。



「コーデリアおそいよ。着がえ終わったぁ?」


ひょっこりと顔をのぞかせた紅覇様は優しい笑顔を渡しに向けた。



「かわいいじゃん」



いつかの夜にわたしにそういってくれたように。