ある日突然お父様はこう告げた。

『今日からこの国は煌帝国の支配下にはいる』


まだ小さなわたしは全くその意味を理解しておらず、曖昧にはいとだけ答えた。


それから生活が一変したのかというと、そんなことはなく
国は緩やかに日常を送った。


以前よりもすこしだけ賑やかな市場


以前と変わってしまった貨幣制度


変わったのは、それだけだ。





だから、16歳になったわたしはこの国の古いしきたりによって明日にでも殺されるだろう。


耳の奥にこびりつくみんなの笑い声。
今まで着たことのないような着物をまとい、古い祠(ほこら)へたくさんの供物と共に閉じ込められたわたし。

遠くで聞こえる魔物の声にわたしは体をふるわせた。

【第一夜 それはひどく繊細だった】



「あの小国が反乱を?」


その話を聞いたのは数週間前だった。

僕はあんな国がねぇと小言をこぼす。

あんな国、とは。
煌帝国の端っこにある地図にも名が乗らないような小さな国。
ただし、煌帝国の支配下に入った十年前より貿易の国として急速に栄え、今では軍人よりも商人の数が上回るときく。



そこが、反乱を。


炎兄に言われて反乱を阻止するべくその国にやってきたはいいけれど、国の関所から警備はすこぶる緩く、教会を中心に円形状に広がるその国の市場は人々の声で溢れていた。

「平和そうじゃん」

「しかし紅覇様、この国の王と謁見をしないで帰るとなるとお国に帰ってからなんと言われるか」

「帰るとか言ってないだろ」


僕に言葉をかけた従者の頭を蹴り飛ばした。
面会の時間まであと何時間もある。夜にあるということはついでに晩餐でも振舞われるのだろうと思い、なんともムシャクシャする感情を再び従者を蹴ることで落ち着かせるのだった。





「我が国が煌帝国を相手に戦争を?まさか!
紅覇様もご存知の通りこの国は煌帝国の慈悲深い恩恵の元栄えたのですよ。そんな恩知らずな真似、考えたこともございません」


「あっそ、ならいいんだけどぉ」


王と向き合ってそれだけを告げ、テーブルの上の食べ物へと手を伸ばした。

煌帝国の食事より劣ってはいるものの、ここ最近の馬車の上での食事を思えばなんてことはない。
腹一杯に詰め込んだあと、そばに控える従者に帰りの馬車を手配するよう命令する。

今日の夜にでもこの国をでよう。


だいたい好きできたわけじゃないんだから、さっさと帰ってお風呂に浸かって疲れを取りたい。

しかしそれは、王の一言によって断念された。



「紅覇様、なりません。この国の、重要な儀式が始まるのです」


「はぁ?なにそれ。僕が帰るのと何か関係あるわけ?」


眉根を寄せたいいにくそうな顔で。
声を低くした王は告げる。



「魔物が出るのです。10年に一度、王家の血の入った生娘を生贄に捧げるのです。一週間に及ぶその儀式の間は、国のものも外に出ることはおろか、中にはいることさえ許されません。
この国の中に閉じこもるしか手はないのです」


「そんな待てるわけないだろ!?僕はいつ煌に帰れるんだよ!」

「ちょうど一週間後です」

「……チッ。ねぇ、その魔物殺したら僕帰ってもいい?」

「殺す!?無理ですよ、数千年も昔からこの儀式は続いています。倒すなどいくら紅覇様でも、」


言葉が終わらないうちに僕はテーブルを蹴り上げた。
一気に静かになった部屋の中で、僕は言葉を残す。


「僕を一体誰だと思ってるの?」