>> 共同生活、始めました

「あれっ?」

私の存在に気付いた誰かの声が聞こえて、ふっと顔を上げる。
視線の先には、少し心配そうに見つめてくる男性の姿。

自分に気付く人なんて誰もいないと思っていたのに、どうやらそうではなかったらしい。

「どうしちゃったの、こんなところで」

「……」

優しい声をかけてくれても、簡単に人を信用したりはしない。

「いやいや、そんな警戒すんなって」

後ずさりをして距離を取ろうとしても、足を踏み出した男に再び間を詰められてしまう。
警戒するなと言われても、私はこの人のことなんて知らないんだから。

「あれ、俺のこと知らない?」

「……?」

ひょっとして、この人有名人?
無言で首を傾げていると彼は人懐っこそうな笑みを浮かべる。

「ま、それもそうだよな。……あれ」

何かに気づいたように、突然私の腕が取られる。

「……っ!」

ちょっと!いきなり何するのよ!
あまりの驚きに声にならない悲鳴のようなものが出て、とっさにその手を振り払う。

「痛っ!君さ、怪我してない?もっかい見せて」

嫌だ、と答える代わりに身を固めてギュッと縮こまった。
……お願い。触らないで。

「あー、ごめんごめん!悪かったよ勝手に触ったりしてさ」

悪かったとか、思ってないくせに……。
爽やかに微笑みかけられると、その笑顔に騙されてしまいそうになる。

「とりあえず元気はあるみたいだな。ね、腹減ってない?」

「…………」

「空いてる……よな?」

本当は、そんな質問をされるまでもなくペコペコだ。

「歩けるんなら、ついておいで」

「……」

知らない人について行ってはダメよとお母さんに言われたけど、この人は信用できそう。
……根拠なんて、まるでないけど。

連れてこられたのは、この人の住んでいる部屋。

「はいはい、ストップね。足拭き持ってくるから」

玄関で足止めをくらい、数時間前に濡れてしまった足元をキレイにする。
誰かの自宅に入れてもらうんだから、それくらいのマナーは必要だ。

「とりあえず……食いもん。の、前に」

「……!!」

彼は部屋に入るなり、機械らしき物のスイッチを次々と入れていく。

「こいつらは気にしなくてイイから」

……そう言われると、逆にものすごく気になる。

「そんなに見なくても大丈夫。珍しくはないから。んー、何が食えるかな……こっちおいで」

手招きをされて、テーブルに近付く。

「まずは、軽く腹ごしらえな」

そう言いながらも彼は冷蔵庫から缶を1本取り出し、くいとあおる。

「くーっ、うま!!働いた後のビールはたまらねー」

にかっ、と笑うその顔にドキ、としたのは何故だろう。

まともな食事はいつ以来だったか思い出せないくらい久しぶりで、彼に「ちっこいクセによく食うな」と呆れられてしまった。

「さて、」

腕組みをした彼に、見下ろされる。

「キミ。今夜の寝床はあるのかな」

「…………」

「ちょっと来て」

結論を出される前に、さっきの機械だらけのスペースに連れて来られる。

「ここは、立ち入り禁止。理由は間違ってコード抜けたりしたら大変なことになるから」

大変なことって……どう大変なのかは分からないけど……

「とにかく!大変なんだよ分かる?」

多分。

「それさえ守ってくれたら、自由にしていいから」

え?

「良かったな。うちがペット可のマンションでさ」 

……それは、つまり?

「二宮家に、ようこそ子猫ちゃん」

「にゃあ」

……どうやら、ずっとここに居てもイイらしい。

「寝床とトイレ作んないとなー。猫缶も要るか。……あ、」

「……?」

「最後に、大嫌いなことをやっておこうか」

大嫌いなこと……?

「そっ、大嫌いなお風呂でシャワー」

「にゃ!」

オフロ……嫌い!!

「キミ、洗ったら結構イケメンになれると思うよ」

…………ん?

「あれ。そういや性別確認してなかったな。ちょっと失礼」

「にゃうっ」

抱きかかえられて、体を確認される。

「あれ……ちょっと待って分かんねーじゃん!!」

彼の動きが止まったのをじっと見ていると、突然目が合ってまたニヤリと笑われる。

「まぁいいや。捕獲、成功」

「にゃっ」

「きれいになったら、今夜はふかふかの布団用意してやるから」

それでも嫌いなものは嫌いなんだけど……
ひんやりしたお風呂の床が足に触れたのと、彼が出したシャワーが体の毛を濡らしたのはほぼ同時だった。

「にゃ!」

「ハイ、もう体濡れたから諦めな」

……諦めた。
その後体を丁寧に洗われて、お風呂以上に嫌いなドライヤーから逃げ回り、すべてを終えた時には彼はすっかりお疲れモードだった。

「あぁーもう疲れた!今夜は買い物行くの止め!俺のベッドで寝て」

そう言い残して、彼は立ち入り禁止と告げたスペースで四角く光る画面の前に座り込む。
どうやらこの人は疲れたら寝るのではなく、画面に向かうことで疲労回復をはかるらしい。

立ち入り禁止と言われたからには、近付くことをせず心地良さを求めてベッドに直行する。

「にゃあ」

……ベッド、高くて登れないんですけど?

「にゃあ」

何も敷かれていないフローリングの上では寝たくない。
ラグがあるのは……彼が今、座っているところだけだ。

「にゃあ」

…………気付いては、もらえないかな。

「はぁー、ベッド登れないってか。ごめんごめん」

数回鳴き声を上げると、それに気付いた彼が優しくベッドに上げてくれる。

「おやすみ、子猫ちゃん。やっぱお前なかなかのイケメンじゃん?あ……女の子だったらクールビューティーってところかな」

「にゃう」

クールビューティー、って……なんだろ?
でも、褒めてくれているということは何となく分かる。

「名前は性別が分かってから決めるからね」

「にゃあ」

「おやすみ」

「……」

背中をなでてくれる手が、あたたかくて、優しい。


ひとりぼっちだからって寂しくて仕方なかった訳じゃない。
ひとりが嫌いな訳でもない。

それでも。

こんな風にあたたかい手が近くにあるのって、
幸せなことなんだと今更のように気付かされる。

そんな幸せな眠りにつく直前、

「にゃー」

拾ってくれて、ありがとうと彼に向かって小さく鳴いた。





-END-

(少し特殊な猫夢主でした。シリーズ化する……かも?)


  



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