>> 26.その一言が聞きたくて



「あ、うめぇ」

自然と口から零れた俺の言葉に
テーブルの向かいに座る彼女は口元をほころばせる。

「ほんと?」

「うん。マジでうまい。何か……いつもと違う」

「でしょー?」

してやったり。という言葉がしっくりくるような顔をした後、
彼女はスリッパをパタパタと言わせながらキッチンの中に消えていく。

「じゃんっ!」

そうして、大げさな効果音と共に
俺の目の前に円柱型のビンが表れた。

「……ん?」

「今の、私が作ったの」

「へ?……これ、由衣ちゃんが作ったの?」

「そう!」

ビンの中には、スライスされた生姜が液体に漬かっている。
しかも、かなりの量だ。

「だって翔さん、ガリ大好物でしょ」

「まぁね」

わざわざ、それだけを買って酒のつまみにするし。
メンバーの弁当に入っていたガリをつまみ食いした過去もある。

「これね。実は簡単に作れるの」

「マジで?」

それは……知らなかった。

「これで食べたいと思った時、いつでもガリが食べられるよ?」

「あの。それってもしかして俺のため?」

そう聞いたものの、答えがYESであることくらい分かりきっている。

――何をバカなことを口走ってんだ俺は。

「ん。翔さんが喜んでくれたら良いなーって」

はにかむような笑みとともにそんなことを言われたら
自分の中から湧き上がる感情を制御することなんて。

できるワケがない。

「え、あ、翔さん?」

俺は思わず椅子から立ち上がり
彼女を後ろから抱きしめた。

「サンキュ。めっちゃ嬉しい」

「……本当に?」

「当たり前だろ」

俺のために、わざわざ作ってくれて
それを嬉しく思わない男なんて、いるわけがない。

「良かったぁ。包丁でスライスした甲斐があったね」

「へっ?」

この……大量の生姜を全部。
手作業でスライス?

「由衣ちゃん。マジ?」

「うん。だって、そもそもこの家にスライサー無いでしょ」

「あ…………」

確かに、俺の家にそんな調理器具は存在していない。

「頑張って包丁でやる方がね、美味しいんだって!」

「いやでも……」

それにしたって、この量は無いだろ?

「大変……だったんじゃね?」

「んーちょっと大変だったけどね、休憩しながらだし」

遠慮がちにした質問に、意外にも素直に大変だったと打ち明けている割には
由衣ちゃんの表情は驚くほどに爽やかだ。

「でも、平気だよ」

「……なにが?」

こんな大変なことをやってのけて、何が平気なんだよ?

「翔さんの“うめぇ”で、全部報われちゃうから」

「そんなわけ、」

「ないと思う?」

セリフを先読みされてしまって、俺は思わず口を閉ざす。
由衣ちゃんは、少しゆるんだ腕からするりと抜け出し
俺を正面から見てにっこりと笑った。

「楽しいの。想像している時間が」

「……え?」

「できあがったものを、翔さんが食べてくれるでしょ?」

「あ……うん、」

「その時、どんな顔するのかなー?とか『美味しい』って笑ってくれるかなー?とかね」

数時間前の自分を思い出すように、
由衣ちゃんは少し宙を仰ぐように視線を上げる。

「そういう時間。……すごく楽しい」

「……そ、……っか」

俺にはまだ、完全には理解できない領域だけど
相手を喜ばせたいという気持ちは、痛いほどよく分かる。

「でもなぁ……」

「んー?」

「やっぱ俺には、ムリ」

だって救われないレベルで包丁捌きに問題があるから。

「翔さんは、怪我しちゃうからダメね」

「いや、怪我しなくってもこの量だと冗談抜きで丸一日かかっても終わんねぇ。なんてったって」

「りんごの皮剥きに30分かかるもんね?」

「……それだよ」

レギュラー番組で披露することになってしまったりんごの皮むきは
放送後に由衣ちゃんから盛大なため息を吐かれたっけ。

「誰にでも得手不得手はあることだから、気にしないで?と言いたいけど」

「……んー?」

――言いたい、けど?

けど、何だ?

「小学生レベルくらいは、出来た方が良いと思う。かな」

「あぁ…………」

つまり俺は、小学生以下か。
いや、でも多分それは合ってる。

「き、機会があれば、頑張ります」

「んふふ。頑張ってね!でも、もう手遅れかなー」

「はぁ?」

そんな救いようの無いセリフ。
毒舌の影山も真っ青じゃないか。

「ちょ、由衣ちゃん手遅れって」

「私が甘やかしちゃうから」

「え」

「だって。翔さんに包丁捌きを練習させるよりも前に全部私がやってしまいそう」

「あぁ…………」

そういう、意味か。

「翔さんのね?」

「ん」

「美味しいの一言と、本当に美味しそうに食べてくれるところがね、」

ちょん、と俺のシャツの裾を引っ張って。
背伸びをしながら、由衣ちゃんは俺の耳に顔を近付ける。

「大好き」

そんな可愛い告白を聞いてしまったら。
彼女の身体が離れていかないようにきつく抱き寄せて、
俺のこの気持ちが届きますようにと願いを込め
キスの雨を降らさずにはいられなくなる。


俺はね、


そんな由衣ちゃんが。



――大好きだよ。








-END-
先日、生姜の甘酢漬けを手作りして、このふたりにもこんなことがあったらイイなー、なんてw
翔さんの、ちっとも料理が出来ない理由が彼女に甘やかされているからだと思うと、妄想が膨らみます♪

2013.09.04


prev//目次に戻る//next


◇しおりをはさむ




拍手いただけると励みになります。
お返事はResページにて。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -