>> (2)



「お疲れ様でしたーっ」

多少、気持ちを引きずってしまうかと自分で心配していた割には
案外うまく切り替えて仕事に臨めたのは。

“築いてきたものが確かに存在している”

というマネージャーの言葉があったからかもしれない。

車に乗り込んで、真っ直ぐ由衣ちゃんの部屋を目指す。

“今夜、そっちに寄るから。ご飯は要らない”

考えに考えたメールの文面は、結局そんなシンプルなものにしかならなくて。
もちろん事情を知らない彼女は

“はーい!気をつけてね!”

と、こちらもいたってシンプルな返信を俺の元に寄越してきている。
果たして。今日のことを由衣ちゃん本人の口から…聞くことができるんだろうか。

きっと、絶対。
何か事情があるんだ。

由衣ちゃんに限って、他の男とデートだなんて。
今日は、やむを得ずふたりで会わなければならない理由があったに違いないんだ。

そうだよ。
キス現場を目撃した訳じゃない。

ネックレスを……プレゼント、された、だけ。

「あーっ、ダメだ!!」

彼女の家に向かう車内で、思わず声を上げてしまう、俺。

「大丈夫?」

「いや……大丈夫じゃ、ない、かも」

いざ、由衣ちゃんを目の前にしたら。
俺…自分の感情をコントロールできなくなってしまうかもしれない。

けど、そんなことをしたらきっと。
彼女を傷つけてしまうことになるのだろう。

俺に報告もなしに、知らない男と会ってんだぞ?
“恋人”って立ち位置にいる俺としては、怒っても良い状況じゃないのか?

耳の奥で、別の俺が囁く。
俺を不安な気持ちにさせてるのは、彼女の方じゃないかと。
現に今日見た光景は、浮気ではないのかもしれないけれど
浮気を想起させるには十分すぎるほどじゃないのかと。

まずは、冷静に話を聞くのがきっと正解なのだろうけど、
その正解だと思える行動を、今の自分が取れるとは

…とても思えない。

「ごめん。寄り道させて。……何か飲みたい」

「えっ?すぐに行かないでいいの?」

「…今会ったら……俺、傷つけて。泣かせて。そんで後からめちゃくちゃ後悔する…気がして」

「アルコールを取ったところで。状況は変わらないと思うけどね?」

「頼むよ。1杯だけ……立ち飲み屋でも、いいから、」

「分かりました。ホントに1杯と約束できるなら」

「……うん」

マネージャーが妥協点を見つけてくれた時は。
それに素直に従うのが、俺たちなりのルールで。

しばらく車を走らせた後。車はコインパーキングに止まった。

「運転手は飲めないけど…ノンアルコールで付き合いましょう」

「……ごめん。無理ばっかり言って」

「ま。今回は貸しってことにしておきます」

「…分かったよ」

高橋が連れて行ってくれた店は、本当に立ち飲み屋で。
そのくせ、恐ろしくオシャレな店だった。

「何この店?すげぇー」

「驚くのはまだ早いよ」

「えっ?」

開かれたメニューには、ずらりとワインの名が連なって。

「それでこんなにオシャレなんだ…」

「約束通り1杯だけ。今夜は特別に奢りましょう」

「あっ…あり、がと」

こういう時は「出すよ」と言っても聞き入れてもらえないだろうから。
甘えさせてもらうことにする。

グラスワインの白とジンジャーエール。
それから…

「こんなもんが、食えるんだ?」

「いいところでしょ」

「…うん」

俺の目の前には、イタリア料理っぽく、オリーブオイルとハーブ、にんにく等で味付けされた


焼き牡蠣。


立ち飲みのワインバーにも驚かされるけど。
まさか牡蠣まで出てくるとは。

…オシャレな店、知ってんだな。

「うまっ!」

「でしょ?」

ジンジャーエールを飲みながら、得意げに笑うマネージャーを見て。
ちょっと、話を聞いてもらいたい気持ちになってきた。

「…ちょっと、聞いてもらっても。……いいかな」

「どうぞ?」

「ジュエリーショップに、入っていくところを、見たんだ」

「…うん」

誰が、なんて言葉は今は必要ない。

「でもそれは、」

「そう、俺もね?最初はそんなに焦る気持ちは無かったんだよ。よくあるパターンじゃねぇかって」

「女の子の意見を聞かせて欲しいってやつでしょ?」

「……違ったんだ」

「え?」

「その店、ちょうど向かいにオープンカフェがあってさ。そこからずっと店の中、見てたんだ」

「ああいう店はガラス張りだからね」

「そういうこと」

脳裏に。
由衣ちゃんと、名前の知らない男の笑顔が浮かぶ。

「ネックレスをね……試着し始めて、」

「…うん」

「最後、買ってもらってた」

「本当に?」

「だって。細長い箱を受け取るところまで……見届けたから」

「その後は?」

「見てない。もう、心が折れて、」

「…なるほどねぇ」

思い出しただけでも、苦しさと、やるせなさがこみ上げて。
それと同時に、またどす黒くて、醜い感情も俺を支配しようとする。

「……どう、すればいい?」

「そりゃ。話を聞くことでしょ」

「簡単に言うよな…」

「まぁ僕も。かなり彼女のことは信用してますから」

「理由によっては納得する?」

ネックレス、持ってんだぞ?

「今、冷静になれといっても難しいかもしれませんが。話を聞かないことには納得するともしないとも答えられないでしょ」

「ね…一緒に部屋までついて来てって言ったら」

「行きませんよ」

「え」
「初対面で、ほぼスッピンでしたけどね?恋人以外の男性には晒したくないでしょう普通」

「そ、っか……」

そういうことに頭が回らない時点で、俺は既に冷静ではないのかもしれない。

「はい。美味しいものも食べたし、約束通り出ましょうか」

「…分かった。ご馳走様。うまかったよ」

「それは良かった。心が満たされない時は、とりあえずお腹を満たすところから入るのも悪くないって誰かが言ってました」

「……うん」

さっきよりは。
俺の心もマシになっただろうか。

再び車を走らせて、彼女のマンションの手前で停車する。

「翔くん」

「ん?」

「明日、僕はここに迎えにきますから。場所は移動しないでね」

それはつまり。
感情に任せて、彼女を傷つけた上に家を飛び出したりするな。
ということ。

「分かった」

「約束ですよ」

「……あぁ」

「きっと、大丈夫です。だって、そう歌ってるでしょ?」

「歌ってんのは俺じゃないけどね」

あのフレーズは、さ。

「おんなじです。とにかく、最初は冷静に聞いて」

「はい。……じゃあ」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

後部座席のドアを閉めて。ゆっくりと発進する車を見送りながらキーホルダーを取り出して。
自分の家の鍵と仲良く重なるように揺れている、彼女の部屋の鍵を握り締めた。


(3)に続く。


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