姫君の婿探し

むか〜し、むかし(?)。悪魔達が住む虚無界に美しい姫君がいました。
姫は長く美しい髪と宝石のような蒼い瞳を持つ美少女です。
彼女は虚無界の神、青焔魔の末娘で次期後継者として誕生した虚無界の宝物でした。

そんな姫君がもうすぐ十六を迎えるお年頃になると、虚無界は荒れました。

「退屈だ!もっと強い悪魔はいないのか!!」

お城の闘技場で。
燐は刀を肩に抱え上げ、青き焔を燃やしながら吠えました。
足下には瀕死の状態の悪魔達が倒れています。
美しく凛々しく、そして強い姫君に神の青焔魔は拍手をしながら愛娘を褒め讃えました。

『さっすが俺様とユリの娘!こんなに強くて可愛い娘が後継者でパパ嬉しいぜぇ!』

「当たり前だ親父!おれは次期後継者だからな。未来の虚無界は任せろ!」

『感激ぃ!俺様超幸せ!』

きゃっきゃと手を合わせてはしゃぐ親子に、見物していた腐の王アスタロトが現れて、ため息混じりに呟きました。

「でも、また現れなかったんですね・・・姫君に相応しい婿殿は」

燐の足下に倒れる悪魔達は彼女の婿候補でした。
青焔魔は「あ!」と想い出したように燐に訊ねます。

『そうだ、そうだった!燐ちゃ〜ん、弱い奴なら殺してもいいけど、少しでもマシな奴はいなかったのかぁ?』

「あぁ!全員弱かった。どいつもこいつも一発で倒れやがって、アスタロト兄貴!もっと強い奴は集まらなかったのか!」

「申し訳ありません姫君。なんせ、姫君が虚無界中の悪魔達を倒し回っているので、恐れて集まりにくく・・・我が眷属でさえ怯える始末。全く、嘆かわしい」

燐は思い当たる節があるので、うぐっと渋面を浮かべ刀を鞘に戻しました。
青焔魔は猫なで声をあげて、娘を宥めるように言います。

『燐ちゃ〜ん。この際、気に入った奴を婿に迎えてもいいじゃん。パパ、早く孫の顔が見たいなぁ〜』

魔神らしからぬとんでもない発現をする青焔魔に、アスタロトが異議を唱えますが、燐が青き焔を出現させ叫びあがりました。

「おれは、おれが強いと認めた悪魔としか結婚しねぇ!」

帰る、と闘技場を去っていく愛娘に『まごぉ〜』と嘆く青焔魔とため息をつくアスタロトが残されました。




自室に戻った燐は苛々していました。

「ったく親父は何を言ってんだ!おれより弱い奴を婿にしたって、強い子供が産まれるのかよ!何のための婿探しだだ!」

先ほどの青焔魔の孫欲しさの為の発現に、怒り心頭です。
まだ十五才ですが彼女には後継者たる自覚と責任を強く感じていました。
それは別れた弟との約束も関係していて、何としてでも父の跡を継ぐ前に婿を手に入れたいのです。

「あぁ〜苛々する!どいつもこいつも雑魚ばっか!・・・なんか良い方法はないかな。あ!」

こんなときは弟だ!

燐はさっそく魔鏡を用意します。
電話番号を喋ると、あら不思議。物質界の雪男のスマートフォンに繋がるのです。

「雪男ぉ〜〜〜っ」

『また悩み事?姉さん』

雪男は燐の双子の弟です。
彼もまた青焔魔の息子ですが、悪魔として産まれた燐とは違い人間として産まれた彼は幼い頃から物質界に住んでいます。

「そうだよ!おれ以上に強ぇ悪魔が虚無界にいないんだ!」

『そりゃあ、姉さんは青焔魔の力を継いでる訳だし、敵う悪魔はいないんじゃないの』

「でも、おれは虚無界を継がなきゃいけないから・・」

『わかってる。頼れる人がいいんだよね。姉さんって甘えん坊だから』

クスクスと笑う雪男に、本音を突かれた燐は顔を赤くしました。
さすが双子。遠く離れた世界にいても繋がっています。

「なぁ・・どうすればいい?親父のやつ、強い奴がいないなら強さも関係なく気に入った奴を婿にしろって言うんだ。孫見たさに!」

『えぇ!?姉さん、まだ十五なのに・・そ、そうだよね。昔は十代で子供を生むのは普通だった訳だし。王族なら尚更、か。僕は嫌だなぁ・・そんなに早く姉さんが結婚するの』

姉の立たされている状況に、雪男は心から同情すると共に姉を別の男にとられる嫌悪感を抱いてやや不機嫌になりました。そんな弟のヤキモチに燐は笑います。

「そう言うなって雪男」

『わかってるよ。姉さんが虚無界の女王に即位して、僕が聖騎士になって物質界と友好条約を交わす。表と裏で支え合う理想・・その為に僕は祓魔師になったんだ』

燐はにっこりと笑って頷きます。
これが、双子が幼い頃に交わした約束なのです。
悪魔と人間の双子として、二人は仲良く共存できる道を夢見ているのです。
けれど姉想いな雪男は燐が早く婚姻を結ぶことが面白くありません。

燐は青焔魔の力を継ぐ悪魔です。
つまり次なる後継者も青き焔の力を継がねばなりません。生むのは次期女王の燐であり強き悪魔を誕生させるには当然、子種も上級悪魔ではならないのです。
なので、婿選びは重要です。燐が強い悪魔に拘るのも、そこが原因としています(サタンは孫が見たいだけなので例外)。

「八候王の中から選ぶ手もあるけど・・おれ、あいつらとは兄弟でずっと一緒に過ごしてきたから、今更そういう風に見られねぇし。中には死んだかどうかもわからない行方不明の奴もいるし・・あ〜あ。他にも強い悪魔いねぇかなぁ」

盛大なため息をつき、燐はそう言うと雪男は『いるよ』と返してきます。

『物質界だよ。こっちの世界でも人間に憑依して暮らす悪魔はいるからね』

まぁ、それを倒すのが僕達の仕事なんだけど、という雪男の声は耳に入らず、燐はわなわなと肩を震わせて、魔鏡に食いつきました。

「そ、それだ雪男!その手があった!!」

『は?』

「おれ、今から物質界に行くぞ!待ってろよ!」

『え、ちょ、ちょっと待ってよ姉さん!まさか・・・・っ』

プチっと通話を強制終了させ、魔鏡を燐は寝台の上に放り投げます。

どうして今まで思いつかなかったんだ!!おれのバカ!!

自分を殴ってやりたいと想いました。
まだ悪魔がいる物質界。そうだ、人間の世界に行けば強い悪魔がいる!
燐は有頂天になって、すぐに行動を開始。
リュックに必要な物を詰め込んで、自室を飛び出します。

始めはルンルン気分でしたが、城内にある物質界へ繋ぐ門を前にして足は止まってしまいます。

「そういえば、物質界っておれが産まれて以来行ったことないなぁ・・」

燐の母親は物質界で産まれた人間です。
なので、燐は悪魔とのハーフなのです。生まれは虚無界でなく物質界なので、行ったとしても見知らぬ土地同然。たった一人で行動するのは不安です。
腕を組んで悩んでいると、意外な人物が案内役に買って出ました。

「ボクが案内しましょう」

「アマイモン!」

八候王の一人、アマイモン。燐の兄の一人です。

「以前、物質界に遊びに行っていました。特に日本なら一周しました」

「ラッキー!じゃあ頼むぞアマイモンっ」

燐はアマイモンと共に、物質界へ向かいました。

待ってろよ!おれの婿!絶対に見つけてやる!!

そう野望を胸に秘めて・・・。




物質界に到着し、燐は正十字学園旧男子寮の屋上に着陸します。
十五年ぶりの物質世界は初めて同然で、燐は目を輝かせます。同行した兄を探すと、燐の右肩には翠色のハムスターが乗っかっていました。

「どうしてそんな姿に変身したんだ?アマイモン」

『色々ありまして』

「ふーん。じゃあ、まずはどこへ行く?せっかくだから観光しながら探すか。雪男に連絡して・・・・」

燐は仰天します。
なんと背負っていたリュックに穴が空き、中身が刀以外紛失してしまったのです。

「あぁーーーーーっ!!リュックが破れてる!?中身が刀以外ない!!」

『あぁ、きっと門を通ったときの風圧で飛ばされてしまったんですね』

「うぅ・・あの中には魔鏡や服、財布まで入ってたんだぞ!」

『それは確かに痛いですが、虚無界の通貨はここでは使えませんよ?』

「え?そうなの」

虚無界でさえ箱入り娘として育った燐は、物質界の情報は無知です。
燐はそっか〜と呑気に笑って済ませますが、アマイモンはもっと大変な事に気づきました。くんくんと小さな鼻をひきつかせ、妹に促します。

『燐、行動するなら早く。人間に見つかったら面倒です。尻尾は隠してください』

「了解!さぁ、始めるぞ!!」

燐は刀を抱えて、婿探しを始めました。



ところかわって理事長室。
忙しい仕事を終えて、アフタヌーンティーを楽しんでいた男は、ぴくりと特徴あるくせ毛を反応させて窓の外に視線を向けました。
男は学園の理事長であり、雪男が所属する正十字騎士団日本支部の長です。
たった今、学園周辺の結界が破れ異なる魔力の流れを感じ取った彼は持っていたカップをテーブルの上に乗せ、怪訝に眉を寄せて呟きました。

「強い悪魔の気配・・一人はアマイモンだが、もう一人はまさか・・」

緊急事態にその男は電話を取り出しました。



雪男は突然、空から落ちて来た荷物に困惑していました。
今は祓魔塾の帰り道で、寮へ帰ろうとしていたら降ってきたのです。
何故空から・・?と荷物を拾うと魔道具の魔鏡と財布、そして幾つかの小物を確認しました。
魔鏡は虚無界の道具で、しかもご丁寧に名前まで書かかれています。
彼はすぐに持ち主が双子の姉だと気づきました。

「まさか・・本当に来たのか、姉さん。僕があんな事を言ったから・・まずい!支部の人達に気づかれる前に探さないと!!」

そして絶対に姉さんを結婚させまいと。もし意中の悪魔がいたら射殺してやると心に誓って。雪男は血相を変えて姉の捜索を開始しました。



その頃、燐はアマイモンの指示で学園外へ出て商店街で婿を探していました。けれど強い悪魔は未だに見つかりません。青き焔の力を使わずとも、すぐに倒してしまいます。
それどころか人間に憑依した悪魔達は燐の姿を見るなり、平伏してしまうのです。更に「姫君姫君」と逆に慕われる始末で追いかけてきます。
町の道路から屋根へ、ビルへ飛び移っても彼らは来ます。燐はうんざりしました。

「なんだよアマイモン!強ぇ悪魔いないじゃんか!それどころか何だよこれ!」

『燐は父上の力を継ぐ虚無界の後継者ですから。物質界の悪魔達にとって滅多に会えないですし、嬉しいのでしょう。ボクの眷属なら呼び出せますけど、どうします?』

アマイモンは先ほど、さりげなく店前の試食販売に置かれていたクッキーを貰い、小さな口でポロポロと零しながら満足げに返しました。

「あ〜強い?」

『日本にいるのは中級程度です。上級レベルは日本の裏側とヨーロッパに』

「遠いな!こんなことになるなら、兄貴達の物質界にいる眷属聞けば良かった・・魔鏡は落としてきたし、おれどうしよう」

しゅん、と落ち込むと追いかけくる悪魔達に異変が起こりました。
耳を澄ませると、悪魔退治の詠唱が響き、彼らを襲っているのです。悪魔達はもがき苦しみ、気絶しました。
燐はラッキーと屋根から道端へ降りると目にしたのは制服を着た三人の男子生徒でした。

実は、彼らは雪男の教え子兼同級生で勝呂、志摩、三輪という候補生です。
彼らは買い物として町へ降りていて、偶然、元気よく走る美少女と遭遇。その後ろに追いかける異常な人間達。
端から見れば大量ストーカーです。ですが候補生である彼らはストーカー達の正体が憑依した悪魔だと気づいて燐を助けようとしてくれたのです。

「助けてくれてありがとな!」

「ええよ別に。それより君、かわいいな〜名前なんて言うん?」

話しかけてきたピンク髪の少年に、燐は笑顔で返しました。

「おれは奥村燐!」

奥村姓に、三人はえ?と驚きます。

「俺は志摩廉蔵って言うんやけど・・先生と同じ名前なんて」

「せやな。でも別人やろ。奥村って名前は他にもおるし」

と迫力ある外見の少年、勝呂は腕を組んで言います。
すると、隣の小柄な少年、三輪は大勢に追いかけられて疲れている燐を優しく気遣います。

「大丈夫やった?災難やね・・でもどうしてあんなに悪魔達に追いかけられたん?」

「あ、それはな・・」

訳を説明しようとすると、アマイモンが燐の頬に体当たりします。
燐はむっと眉間に皺を寄せますが、次に志摩と名乗った少年が胸に手を当てて言いました。

「俺ら祓魔師の候補生なんよ。よかった相談にのるわ」

「え?祓魔師!?」

燐は驚くと同時にアマイモンの行動に納得しました。
祓魔師は悪魔を退治する天敵なのです。自分は虚無界の後継者で、婿を探す為にやってきたと言ったら大変な事になります。
万が一、雪男との関係が人間達にバレたら弟に迷惑がかかっています。彼は燐との約束を果たす為に聖騎士を目指し、エリート街道真っ最中。そんな弟の未来と約束をこんなところで壊す訳にはいきません。
どうしようと頭を悩ませていると、それを小柄な少年は勘違いしてしまいます。

「どなんしよ・・この子、えらい怯えてるわ。奥村先生呼びます?」

「!!」

「そやな〜。悪魔達も一時的に気絶しただけやし、ほんま何で追いかけられたんや。あ、その刀珍しいな。ひょっとして妖刀の類いか?」

勝呂が燐の持つ愛刀に気づくと、益々状況が悪化してしまいます。

「魔剣なら霧隠先生呼びましょか」

志摩と名乗った少年がスマートフォンを取り出すと、燐は咄嗟に刀を構えて彼の首に軽くたたき落として気絶させました。

「お、お前突然何するんや!!」

「志摩さん!?」

「おれは小さい頃、雪男と約束したんだ。姉ちゃんが虚無界を継いで、物質界と仲良くするって・・」

『燐?』

「こんなとこで雪男の足を引っ張っちゃいけねぇんだ!」

燐は殺さないよう、残りの二人も気絶させます。
倒れた三人には酷く申し訳ない気持ちでいっぱいですが仕方がありません。
雪男は良い生徒を持っている・・・と心から想いました。

『やっちゃいましたね、燐』

「だってしょうがないだろ。祓魔師に正体を知られたら大騒ぎになるし・・いくら雪男との関係は隠しているとはいえさぁ・・。おれ、一度虚無界に帰ろうかな」

『では、その前に燐が落とした荷物を探しましょう。人間に渡ると大変ですから』

「あ・・・忘れてた。じゃあ落ちたところに戻るか」

燐は屋根に再び飛び乗って、落ちた場所である正十字学園の方へ向かいました。

『・・・・・・・』

アマイモンは何故か黙り込み、暫し考えた様子を見せます。

「アマイモン?」

『いえ・・何でもありません。そういえば、燐はどういった男の好みがいいんですか?』

兄の質問に、燐は唇に指先を当てて好きなタイプを話します。

「そうだな・・虚無界を継ぐおれの夫となる以上、やっぱ強くなきゃ駄目だよな。あとおれ勉強苦手だから、雪男みたいに頭が良くて、何でも頼れるような奴がいい」

『そうですか・・・じゃあ兄・・でも、う〜ん・・』

「?」

アマイモンはぶつぶつと独り言を呟いていました。
そして志摩がかけたスマートフォンが、実は燐が気絶させる前に既に発信されていて、会話が全て相手に聞こえていたことなど・・・彼女らは全く気づきませんでした。





学園に着いたとき、待っていたのはたくさんの祓魔師達です。
皆、とっても緊張した様子で武器を構えています。明らかに戦闘を準備した様子に燐はぎょっとして、思わず木の中に隠れました。

「えぇぇぇ〜っ!!?何でだよ!」

『バレましたね・・やっぱり』

「え!?やっぱりってどういう事だよ!」

まさかの兄の一言に、燐は驚愕し理由を問います。

『この学園には結界が張られていて、中級以上の悪魔は入れないようになっているんです。でもボク達は運悪く、門が結界内に通じてしまった為にここへ降りてしまいました』

つまり・・・・。

『降りた時点で、祓魔師達に気づかれてたんです』

「最悪だ!!」

『・・・この際ですから荷物は諦めて門を開いて帰りましょう』

「え〜!あれおれのお気に入りだったのにぃ。っていうかアマイモンが引くなんて珍しいよな。そんなに日本支部の祓魔師って強いのかよ」

アマイモンは常に無表情ですが超負けず嫌いです。
勝敗に拘り、勝つまで挑み続けるのです。そんな兄の引き気味な姿勢に燐は違和感を覚えました。

『いえ雑魚です。一時間もあれば皆殺せます。でもここは一番敵に回したくない相手がいるんです』

「???」

そう言うアマイモンは珍しく感情的に声を張っていました。
兄がそこまで恐れるという相手とは一体誰だろう。そう思った矢先、燐達は祓魔師達に見つかってしまいました。

「「見つけたぞ!青焔魔の娘だ!!」」

「うわぁぁぁぁ!」

燐はつい、刀を振り回し気絶させてしまいました。
バタリと倒れる祓魔師達。気のせいか、殺意を感じなかったような気もしますが・・。
何故か身分までバレてしまった以上、燐は祓魔達に命を確実に狙われることになります。
仲間が倒れた音を聞き、すぐに増援が駆けつけると燐は慌てて倒しにかかります。

はい、一人に二人に三人に・・・・・ってやばいじゃん!!

倒しては燐は必死に逃げます。
そして仲間を呼ばれ、また倒して逃げての繰り返し。後ろの祓魔達が何か言っていますが、殺されまいと燐の頭はパニックで耳に入りません。
気づけば学園の端にある古い橋まで追い込まれてしまい、窮地に陥りました。
橋から落ちたら死ぬでしょう。普通の人間は。

「うわぁぁ!どうすりゃいいんだぁ・・」

こんなつもりじゃなかったのにぃ!と燐は泣きたくなりました。
青い焔の力を使えば一発で逃げ切ることは可能です。ですが、祓魔師達は雪男の同僚。殺せるはずもなく・・。
燐の体力も精神力も限界でした。

そのとき、大勢の祓魔師達の中から雪男が現れました。

「姉さんっ」

「あ、雪男ぉ!」

燐は嬉しくて堪らず、雪男に抱きつきます。
彼も姉を見つけることができてほっとしますが、姉の肩に乗る翠色のハムスターを見て、すぐに彼は正体を見抜きました。

「地の王アマイモンまで・・」

雪男が顔を顰めると、アマイモンはつ〜んと顔を背けます。
実は雪男と八候王は仲良くありません。
相変わらずだな、と燐は苦々しげに微笑むと事の重大性を思い出した雪男が声を張り上げました。

「そうだ!ここは正十字学園の敷地内!姉さん達にとってどれだけ危ない場所かわかってて来たの!?」

「う、うぅ・・・わかってるよ。でもわざとじゃない。荷物を落とたから探してたんだ」

「それならここにあるよ」

雪男は持っていた鞄を燐に見せました。中身は彼女が落とした道具が入っています。

「あぁ!さっすが雪男!どこにあったんだ?」

彼は髪を掻き上げてため息混じり「学園の庭」と応えました。

「全く・・姉さんったら。勝呂君や志摩君、三輪君や他の祓魔師まで怪我をさせて・・姉さんにはまだ言わなかったけど、僕が青焔魔の息子だって事は随分前から皆知ってるんだよ。勿論姉さんのこともね」

「えぇ!?」

びっくり仰天です。
アマイモンでさえ、その真実に驚きを隠せず目を丸くしています。雪男は「伝えるのが遅れてごめんね」とすまなそうな顔で謝ります。
そういえば、燐が走って逃げているとき、追いかけて来る祓魔士達は何か言っていたような・・・。

「だから、ここにいる祓魔師達は姉さん達を保護しようとしただけで・・命を狙った訳じゃないんだ。事が大げさになる前に僕だけで姉さんを見つけたかったんだけどね」

「そ、そんな・・じゃあおれとアマイモンは勝手に勘違いしてたって事?っていうか、誰がおれ達の秘密をバラしたんだ?」

「フェレス卿だよ。僕達に姉さんを保護するよう学園で待機させたのもその人。さっき連絡したら、すぐに来るって返事がきたから着くまでここでじっとしてもらうよ」

雪男の声に、アマイモンがびくっと震えだしました。

『あ・・うえ・・が、ここに来る!?』

「どうしたアマイモン?」

ぶるぶると震えるハムスターの姿をした兄の様子に、燐は驚きます。

『燐、虚無界へ帰りましょう』

「え、ちょっと何だよ急に!」

『いいから早く!無限の鍵を使って帰りましょう!』

アマイモンはハムスターの姿のまま、燐の腕を強い力で引っ張り上げます。

「待て!おれは飛べないって・・・あっ!?」

『あ』

突然の動きにバランスが崩れ、燐とアマイモンは橋から落ちてしまいます。

「うわぁぁぁぁぁ!!!!」

「姉さーーーーんっ!?」

端から見れば一人の少女の落下に、絶叫が迸ります。
下は町。この高さからでは間違いなく死んでしまいます。雪男は落ちる寸前に手を伸ばしましたが間に合わず・・。


燐は自分の体が落ちている最中、死にはしないだろうけど、痛いだろうな・・再生に時間かかるだろうな、と想いました。
そして胸の内は今までの後悔でいっぱいでした。結局、自分は望む婿は得られず関係のない人達まで傷つけてしまった。

物質界に来なければよかった・・・皆、ごめんな。おれのバカバカ!と涙を零します。


「全く・・・世話の焼ける弟達だ」


やれやれと呆れた口調が降って来た同時に、ふわっと体が浮き上がりました。
燐は恐る恐る瞼を開けると、落ちていません。
それどころか白い腕に抱かれていて、見上げればなんと見知らぬ男性が自分を受け止めたではありませんか。
燐はぱちくりと目を瞬かせ、男をじっと見つめます。男の持つ傘は魔法道具の一つで、桃色の蝙蝠の形をしており空を飛んでいます。そしてシルクハットの上にはアマイモンが乗っていました。

「アマイモン、お前には百年の物質世界の立ち入りを命じたはずだが忘れたのか?」

『・・申し訳ありません。でも百年は酷いです兄上。いくら食べ方が汚いからって追い出さなくてもいいじゃないですか。ボクが物質界の食べ物を気に入っているのを知っていたくせに』

「バカ者。私は散々注意しただろう。守らないお前が悪い」

「・・・・え?誰?」

燐の声に男は反応するとニカっと微笑みを浮かべます。

「メフィスト・フェレス。燐、久しぶりですね」

「!!!」

ズッキュ〜〜〜〜〜ン!!
キューピットの射る矢が燐の胸を貫きました。



無事に助かった燐とアマイモンはメフィストによって橋の上に下ろされました。
良かった、と危機一髪の救出劇に祓魔師達は拍手を送ります。雪男は急ぎ足で燐に駆け寄りました。

「姉さんよかった・・フェレス卿、ありがとうございました」

『り〜んっ』

アマイモンは逃げるように、メフィストのシルクハットから燐の肩へ飛び移りました。

「フェレス卿?兄上?こんな奴、おれ知らないぞ」

燐は初めて見る兄を見上げます。
メフィストは帽子を取り、紳士的に挨拶しました。

「・・・我らの小さき末の妹。こんなにも大きく、美しく成長したのですね。覚えていないのも無理はない。赤ん坊のとき以来ですからねぇ。貴方を父上の元へ送り出したのはこの私なんですよ」

「・・・へ?」

首を傾げる燐に、雪男は隣で驚いたように言いました。

「姉さん、知らなかったの?フェレス卿は悪魔で、八候王の一人だって事」

「改めて名乗りましょう。虚無界第二権力者、八候王の一人。時の王サマエルと申します」

「え、ええええええええええ!!!?お前がぁっ!?」

虚無世界第二権力者、時の王サマエル。
青焔魔の息子達の一人。燐も当然知っていましたが城内で彼の話をする者はおらず、行方不明で勝手に死んだものと思っていました。
アマイモンはこっそりと逃げようと燐の肩から降りようとしましたが、メフィストに捕まえられ、宙ぶらりにされてしまいました。アマイモンは観念し、とうとう逃げることを諦めました。

『兄上は地獄の大公と呼ばれる恐ろしい方です。怒ると五百年は別空間に閉じ込められます』

「だからすぐに学園の外に出るよう指示したんだな。それだけ恐いなら、何でもっと早く教えてくれなかったんだよ。行方不明だっとはいえ、おれはてっきり死んだと思ったんだからな!」

『アスタロト兄上が禁じたんです。あの狡猾で心まで黒く歪みきった男が姫君の傍に近寄るだけでも汚れるって言ってましたし、他の兄上達も頷いてました』

「ほぉ・・・弟達がそんな事を」

このときのメフィストは周囲がぞっとする程の悪魔の中の悪魔の顔をしていました。

燐はそんな兄の表情に胸をときめかせました。
助けられたときから、兄サマエルから目が離せないのです。
胸がドキドキ高鳴って、ときにきゅ〜っと締め付けられるように切なく、甘く、何かを求めています。
頬も熱くなり、とろんとした瞳は熱を帯び口許は自然と笑みが浮かびます。

雪男はそんな姉の異常な様子に気づき、すぐにここから離れさせようと考えました。嫌な予感を抱きながら・・。

「あの・・姉さ」

「サ、サマエル兄!」

大きな声で名前を呼ぶ燐に、周囲の視線は一斉に彼女に注がれます。
メフィストは「なんです?」と先ほどとはうってかわって甘い声で振り返りました。久しぶりに会えた妹に兄と呼ばれ嬉しいのでしょう。
しかし燐は刀を振り、メフィストの鼻先に止めて告白しました。


「お前・・・・おれの婿になれ!!」


「は・・・・はいぃぃぃぃ!!?」

突然の求婚に周囲は騒然です。
しかも相手は日本支部長、学園理事という様々な肩書きを持つ男で、しかも悪魔(公然の秘密)で異母兄。そんな彼に親子ほど離れた十代の少女、虚無界の後継者が大きな声をあげてプロポーズしたのです。
驚いたのはメフィストだけでなく、実の弟である雪男も同じく・・・。

「ね、姉さんやめた方がいいよ!フェレスト卿は確かに強いけど、すっごいオタクなんだよ!変わり者なんだよ!きっと部屋中にアニメのフィギュアとかポスターを貼ってるよ!しかも痛い浴衣とか着ながらギャルゲーして妄想に浸って挙げ句の果てにゲームとアニメの世界に入れるテクノロジーを夢見てるんだよ絶対に!」

「ちょっと奥村先生!公衆の面前で何言ってるんですか!」

しかも全部当たっているので否定できませんでした。
それでも燐は首を横に振って応えます。

「別に気にしねぇ!おれは強い悪魔を婿にして親父の跡を継ぐんだ!・・・それに」

刀を鞘におさめ、燐は恥ずかしげに言います。ぽっと頬を赤く染めながら。

「好きになったんだ・・お前のこと。何でお前が正十字騎士団にいるのか知らねぇけど、雪男もいることだし気にしねぇ」

突然すぎる展開にメフィストが硬直していると、その隙にアマイモンは彼の手から離れ人間の姿に化けました。

「兄上が燐の婿なら、父上も喜びますね。なんせ兄上は八候王一の策士家で虚無界の裏事情に詳しいですし何より恐いです。燐にぴったりじゃないですか」

「何を勝手にアマイモン!私は物質世界でまだまだやりたい事があるのだぞ!ハニハニシスターズの続編が来春始まるのだからなっ」

それかい!と周囲が突っ込む中で、燐はメフィストの腕に絡み、上目遣いで見上げます。

「おれ、何でもするぞ」

とっても可愛らしく愛らしい仕草に、祓魔師の男達はくらっとしてしまいます。
当然、メフィストも例外でなく・・。

「・・・・・・」

「ちょ、何の間ですかフェレス卿!」

姉に何をさせようと妄想したんですか!?と雪男は悲鳴に近い声で突っ込みました。

「ってな訳で、おれはサマエル兄と結婚するぞ!アマイモン、宜しくっ」

「は〜いっ」

メフィストはピンクの妄想に浸っていたせいか簡単にアマイモンに拘束されてしまいます。しかも燐の青き焔まで出現し、これではさすがの時の王も力を使えません。

「こらアマイモン!燐!!離しなさ〜いっ!!」

「じゃあな〜雪男!また遊びに来るぞ」

燐は雪男から荷物をとると、とっても素敵な笑顔で皆に手を振り、弟と婿を連れて虚無界へ帰って行きました。

あまりの展開に祓魔師達は自分達の支部長が誘拐されていくのを呆然と、ただ見ている事しかできませんでした。




こうしてはた迷惑な“姫君の婿探し”騒動はメフィストの虚無界強制連行によって幕を閉じました。
あれ?これで終わり?と思った方、いえいえ違います。


次の日。
メフィストはボロボロな姿で虚無界から無事帰還しました。
介抱した雪男が聞くと、「話し合いで解決」したそうですが雪男は一点気になる事があります。

「・・とりあえず、燐には当分の間待ってもらうことになりました」

「なんで、服も体もボロボロなんですか」

とても話し合いで解決したようには見えません。
メフィストは上級悪魔。時の眷属の王なのですから、ここまで酷くやられる姿は初めて見ました。

「追っ手がしつこくて・・ほんと参りましたよ。アスタロトやアマイモン、エギュン、アザゼル、イブリース、ベルゼブブまで私を引き止めようと総攻撃をしかけてくるんですから!まぁ、ハニハニシスターズの為に私も死ぬ気で逃げてきましたがね!!」

八候王の内、六人もの王達に足止めをされては流石の時の王も苦戦するのも無理もありません。むしろ帰還できた事すら奇跡なのでは、と雪男は納得しました。そしてそこまでオタク文化を捨てきれないのか、と半ば呆れた目でメフィストを見つめます。

「・・・・・・あ、電話」

スマートフォンが鳴り、出ると相手は姉の燐でした。

『雪男!そこにサマ兄はいるか?あいつ朝起きたらベッドにいなくてさ〜。兄貴達は城にいないし、親父は買い物に行っちまったし。やっぱり物質世界に帰ったか?』

不埒な内容に雪男の眼鏡にピシっとヒビが入ります。

「・・・どういう事ですか?」

低く唸る声に、コソコソと逃げようとしたメフィストがギクっと肩を震わせました。暫し沈黙が流れましたが、観念したようにメフィストは頬に一筋の冷や汗をかきつつ、ぎこちなく振り向きました。

「その・・・・父上が帰るならせめて子種くらいは仕込んでいけ、と言うもので」

まぁ、結局は弟達が戦闘形態で門で待ち構えていたんですけど。帰らせる気ないじゃないですか!とつい突っ込みましたよ私。アハハハ〜と乾いた声で笑うメフィストに雪男は青筋をたてて懐にしまってある銃を構えようとしました。

『雪男ぉ〜!お前、伯父さんになるかもしれねぇぞ!ほんと紹介してくれてありがとな!あ、今度からおれ物質世界で暮らそうと思ってるんだ。サマ兄に弁当作ってやろうと思うんだっ花嫁修行ってやつ!』

雪男とは正反対に燐は上機嫌です。
しかも何てことでしょう。伯父さん、とは。もう既成事実確定です。

「り、燐・・・だからそれは当分待って欲しいとあれほど」

青ざめるメフィストの声に反応し、燐は通話を停止させます。

『あ!サマ兄の声!ちょっと待ってろよっ』

スマートフォンから漏れ出る輝かしいハートのオーラ。
空から虚無界の門が現れ、白い肌を晒しシャツを着ただけの燐が降ってきました。

「サマ兄〜〜!!」

「だ、だから待ってくださいよぉっ!!」

「姉さ〜〜んっ!?」

燐の真っすぐな求愛と、メフィストと雪男の悲鳴が町中に響き渡りました。



こうして燐は物質世界でサマエルという婿を見つけ、恋を実らせる為に花嫁修業として物質界で生活するようになりました。
めでたし、めでたし。




END

珍しく燐→→メフィスト話でした。
恋に積極的で元気な燐♀が書きたかっただけです。
慌てるメフィストのイメージはもんじゃのシーンを参考にしました。

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