甘い罠2


甘い罠2






燐は包み紙を開けて、あめ玉を口に放り込む。
甘い、ピーチ味。あの男が初めてくれたあめ玉の味も、この味だ。
はぁ・・と燐は甘い吐息をつく。会いたい。あの人に会いたい。

最後の会ったのは、先週の五日前。
情事後に男の胸板に身を寄せながら良い子、良い子、と頭を撫でてもらった。
広い包容力に安らぎを感じながら、いっそこのまま時が止まればいいのにと何度も思ったことか。
それは初めて抱かれたあの日から、ずっと思い続けている。
昨年の、血気盛んな十三の秋頃だ。まだ明るい昼間の刻。寝台の上で、燐は
男に身を任せていても処女を捧げるという恐怖と緊張に躯はすっかり強ばってしまった。
それでも彼は優しく微笑みかけ『大丈夫ですよ』と蕩けるように甘い声で囁いて、驚くほど丁寧な愛撫で燐を快感の虜に導いてくれた。

会いたい。頭を撫でて欲しい。抱きしめて欲しい。
しかし今は許されない。何故なら今週は就職活動の面接が続くから。どうせ失敗するだろうが、自分の為にも周りの為にも行くしかないのだ。

燐は書類を封等にしまい、準備にとりかかる。
鏡の前で、身だしなみを整える。よし大丈夫、問題はない。面接官の前では愛想笑い。怒らない。そう、笑顔だ笑顔。
引きつった無理な笑顔を浮かべて、燐は鞄を背負い部屋を出る。

「?」

横目に、一つの粒が通り過ぎる。

小さい、塊。ゴミ?

燐は立ち止まり、目を擦る。振り返れば何もない。
気のせいだろうか。燐は首を傾げると・・。

「姉さん、どうしたの?」

廊下の奥から現れた弟の雪男。
燐は一瞬、険しい顔を浮かべたがすぐに笑みを作る。

「あ、いや・・・今、小さくて黒いゴミが見えて」

「・・・・気のせいじゃない?」

「う、うん。そうだよな・・・」

「面接、頑張ってね」

雪男の手が燐の肩に触れた。
少し強い力だった。弟の励ましの言動は素直に嬉しいが、燐はすぐに避けるように歩き出す。

「あぁ・・行ってくるな」

「行ってらっしゃい」

過ぎても、弟のじっと己を眺める視線を感じながら燐は廊下に進む。
いつからだろう。産まれたときからずっと一緒だった雪男の、姉を見る目が徐々に変わりだしたのは。
燐はごくりと息を呑むと、玄関には義父の獅郎が待っていた。

「燐、行ってこい!」

「うん」

頑張ろう。
成功しなければ、自分は本当に役立たずの娘なのだから。





「うぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜」

失敗した。
今日はスーパーの正社員募集の面接であった。
が、運悪く。面接前に不良達の親父狩りに遭遇。燐は放ってはおけず不良達と喧嘩をして追い払った。被害にあった者はそのまま逃走。
ギリギリ面接に間に合い、受けるも面接官が燐の助けた被害者であったのだが助ける為とはいえ人を殴ったのは事実。
感謝はされず、喧嘩は野蛮だの、社会の常識がないなど、厭味ったらしくねちっこく言われた。

これは確実に落ちた。
燐は盛大なため息をついて、帰路へ進む。修道院に戻れば父が「どうだ燐、決まりそうか?」と期待に満ちた笑みで迎えるのだろう。
そして、首を横に振れば「そうか・・・」と残念に凹む。また言い訳でも理由を言ってしまえば叱られるので、燐は言わない。
これで落ちたのは何度目か。二桁は入った。ほんと、何かに呪われているのではないだろうか・・・。

あぁ、もう嫌だ!!

コンビニの前を通ると、燐は思わず顔を顰めた。
駐車場にルール違反と座る、不良達。間違いなく燐の就職活動を妨害した原因である。彼らも燐に気づいて、いやらしそうに笑いかけると彼女に歩み寄ってくる。何かやらしい事でも考えているのだろうか、それよりも今の燐は怒り心頭。憎悪マックス。

「お前達のせいだぁぁぁぁ!!!!」

燐は叫び上がり、不良達に飛びかかった。
殴る。蹴る。頭突く。体当たる。とにかくぶち当てる。不良達は意外な強さに押し負ける。燐は不敵に笑う。よし、勝てる。そもそも最初から邪魔しなきゃいい。お前らが悪いんだ。
燐はそう正当化して最後の一人の胸ぐらを掴み掛かる。そのときだ、後ろから非難に近い声で自分の名を呼ばれた。

「燐!!」

「・・・と、義父さん!?」

あぁ・・・本当に自分は呪われているのだろうか。
義父の藤本獅郎が、躯を震わせながら己を見据えている。最悪だ。



修道院に帰宅後、燐は事の経緯を説明。
食堂のテーブルには燐と義父、そして修道者達。ちなみに双子の弟である雪男は学校。流れる重い沈黙。
修道者達は「それはついてないね」と燐に同情を寄せる意見もあった。だが、藤本は違う。腕を組んで、きっと眉間に皺を寄せて燐を叱咤する。

「お前の言い分はわかる。相手の野郎共はクソだ。だがな、お前はもう十五才だ。暴力だけで解決はしねぇ。そう昔から言ってるだろっ」

「・・・・・っ」

「もう二度と手を上げるな。いいな」

「じゃあ、向こうから手を出したらどうすりゃいいんだ。おれはやられ損だろ」

そう返すと、獅郎は言葉を濁した。

「それは・・そういう奴らがいるところに行くな。もし何かあったら逃げるか連絡するか」

「でも、もしものときだってあるだろ。それにおれは負けたことないっ雪男より喧嘩だって強いんだからなっ!」

燐の声に、獅朗はふざけるなと眉間に皺を寄せテーブルを叩く。

「お前は女だ!!雪男とは違うっ!」

出た。
燐は心の中で苦々しげに吐き捨てる。
雪男。自分の双子の弟。大事な、己の半身。
皆が愛する真面目な弟。

「また・・雪男かよ」

消えるような小さな声で、燐は漏らす。

「どうせおれは雪男とちげぇよ・・頭悪いし、どうしようもないバカだよ・・・」

「・・燐?」

昔からそうだ。怒られるのはいつも自分だ。
雪男は怒られたことなど、一度もない。見た事もない。当たり前だ。だって、弟は良い子なのだから。

幼い頃、自分達は正反対の双子だった。活発な姉と弱虫な弟。
雪男は幼い頃から体が弱く泣き虫で、近所の子供達に虐められていた。
そんな弟を守るのが姉の役目と燐は苛めっ子達を片っ端から殴った。その度に義父が燐を叱り、雪男は姉さんを怒らないでとまた泣く。
面倒を起こす姉に義父は手を焼いていて、それでも燐は繰り返す。苛めっ子達にからかわれる弟だが頭が良く医者を目指す彼が誇らして、そんな弟を守るのが自分の存在意義なのだと思い込んでいたのだ。

でも、雪男はもう昔とは違う。体も健康になった。背はとっくに抜かれてしまった。もう姉を必要しなくなった。
対して、自分はどうだ。学力もない。悪魔と罵られる。誰からも嫌われる。迷惑をかける。最低な存在だ。

そんな自分を、義父は平等に愛してくれるはずはない。
皆もそうだ。案じている振りをしているが、本当は厄介者だと思ってる。

「父さんは雪男の方が可愛いんだろ!皆、おれのことが大嫌いなんだぁっ!」

今までに思いに溜めていた本音を、燐はぶちまける。
刹那、感情のままに叫びだしたとき棚に収納されたグラスが突然割れ出した。
修道院達が驚きに悲鳴をあげ、獅郎は驚愕する。

燐は大きく目を見開くも、逃げるように部屋を飛び出した。
父の声を無視し、自室へ走る。

言ってしまった。
とうとう、言ってしまった。
胸に残ったのは後悔と悲愴。自分で言ったくせに、心が苦しくてしょうがない。
どうしよう。皆と次に会う時、どんな顔で会えばいい?
いや、会う必要などないのだ。もう、ここにはいられない。
燐は自分が泣いているのに気づく。あぁ・・・何で涙が流れるのだろう。

あぁ、会いたい。あの人に会いたい。抱きしめて欲しい。
優しい声で慰めて。頭を撫でて。笑って。

会いたい。
燐は自室に入るなり、携帯電話であの男に連絡した。
電話は、出ない。そうだ、仕事だ。今は夕方。
留守番電話サービスの音が聞こえると、燐は感情のままに吐き出す。

「おれ、もう嫌なんだ・・・お前と暮らしたいっ!!この家から出たいっ!!お願いだから助けて!」

はぁ、はぁ、はぁ・・・・。
全てを言い切ると、燐は電話を切った。届いたかな。彼はきっと間違いなく驚くだろう。
でも、大丈夫。だって自分には彼が与えてくれた鍵があるのだ。この修道院を出ても宿には困ることはない。
携帯電話を閉じて、燐はふっと笑みを零した。



「姉さん」



「!!!」

振り返ると、雪男が立ち尽くしていた。
今、何て言ったの?そう唇を動かしたが、燐の耳には驚きのあまり届かなかった。

「お前、どうして・・学校は・・」

窓の夕暮れを見て、時刻が夕暮れ時なのに気づく。

「誰?電話の相手は・・・」

とても低い問いの声。
燐はびくっと体を震わせ、たじろぎ思わず携帯電話を落としてしまった。

「え、あ・・・」

「誰だって聞いてんだよ!!」

「ひっ・・!!」

応えない姉に痺れを切らし、雪男は燐の腕を掴み掛かる。
燐は恐くなった。いつもの雪男ではない。こんな弟は知らない。顔を歪め、姉を睨みつける恐ろしい貌は。
燐はいとも簡単に、雪男に押し倒された。足を組まれ、力強く掴まれている為に起き上がることもできない。そしてすっかり怯えてしまった燐に逃げる術はない。だが、大きな怒鳴り声に、獅郎は何事だと奥から現れる。

「どうした雪男!そんな大きな声を出してっ」

父の登場に雪男ははっとし、姉を解放する。

「義父さん・・姉さんが」




燐が家出をするつもりだった。
はぁ、と獅郎は頭を抱えて項垂れるように重いため息をついた。
燐の為とつい口調が強くなってしまう自分自身。先ほどの叱咤も、己の躯を大事にして欲しい一心の言葉だった。しかし、結果的に追いつめてしまい失敗。同性の息子である雪男とは違って、娘とは何とも難しい。
雪男を交えて、先ほど中断した話し合いが食堂で再び始まる。燐と雪男、獅郎はテーブルに着き、修道者達は傍で控えていた。相手は「同性の友達だろう」と修道者達の声もあったが雪男がきっぱりと切り捨てた。

「姉さんには同性の友達すらいないよ。だから男しか考えられないんだ」

普段、穏やかな雪男とは思えない程の機嫌の悪さだった。
明らかに怒りの感情を必死に押え込んでいるように見える。部屋はぴりぴりといた空気が漂い、燐はこの場から逃げ出したいと思った。

「燐・・お前が誰と付き合おうと勝手だ。だがな、今はそれより大事なことがあるだろっ」

「・・・わかってる」

「わかってない!!」

「姉さん、相手は誰?僕や父さんの知ってる人?」

「い、いや・・・違う。年上だし」

「いくつだ?高校生か?」

「・・・・・社会人」

社会人、という娘の声に義父と雪男の空気は更に凍り付く。「年上でも同じ学生だろう」「燐も年頃なんだし・・」と軽く見ていた修道者達も顔を引きつらせた。それはそうだ。燐はまだ中学生。十五才の小娘。社会のルールや世間の常識にもまだ疎い少女なのだ。

「そいつは、いくつだ」

「・・・知らねぇ」

「知らない?」

「教えてもらったこと、ないし・・・」

「いつからの付き合いだ」

「去年の春に、どこも行くところがなくて雨の中を歩いてたら・・助けてくれて。それから会うようになって・・・」

今まで学校サボってた。ごめんなさい。
燐は腰を折って、謝る。しかし、獅郎は怒らなかった。

「知ってたよ。学校からも連絡は来てたからな。お前が居づらかったのは雪男から聞いてるし・・・」

燐は全てを知りながらも黙って見守ってくれた義父の優しさを知り、改めて罪悪感が芽生えた。
あぁ・・・気を遣ってくれていた。本当は、心配してくれていたのだ。
目頭が熱くなり、瞳が潤む。だが、話はここでは終わらない。本題が解決していない。
獅郎は顔を隠すように手で覆いながら苦い口調で訊ねた。

「一応、念のために聞くが・・・躯を許しちゃいねぇよな」

「!」

もし顔を上げていたら気づかれただろう。
義父の、特に雪男から注がれる視線が痛い。でも、これ以上嘘をつきたくはなかった。

「ごめんなさい・・・」

その謝罪の一言で、既に躯を繋げた男女の関係であると明かされる。
ガタン、と椅子が倒れた。此の場にいる誰よりも驚愕し、動揺したのは義父の藤本ではなく双子の弟である雪男だった。
立ち上がり、燐の両肩を強い力で掴む。どこか縋るような目つきで、姉に言った。

「嘘でしょ・・・姉さん。ねぇ、嘘だと言ってよ・・」

「痛ぁっ・・雪男、いてぇっ」

僕の姉さんがもう他の男のモノだなんて、信じられない。
危うい声だ。獅郎が慌てて雪男と燐を引き離そうとするも、雪男は燐を離さなかった。泣きそうに顔を歪め、憎悪を込めた叫びをあげる。

「僕が・・・姉さんの、姉さんの為にどれだけ頑張ったと思ってるんだ!!!」

「雪男!お前落ち着けっ」

「落ち着ける訳ないだろ!だって、だって姉さんが!僕の姉さんがぁっ」

獅郎が間に入っても、雪男は決して力を緩めはしない。むしろ強まるばかり。

「とっとと別れろよ!騙されてるに決まってる!!」

「だ、騙されてないっ!」

燐は咄嗟に言い返す。

「騙されてるんだよ!!相手の年は?出身地は?会社は?全部言える?」

「・・・・っ」

「いつも、どこで会ってたんだよ!公園?喫茶店?あぁ、制服じゃ無理だよね!それともあの寺?違うか、もしかしてホテルでも泊まってたの?はははっ・・今までずっと姉さんを信用した僕がバカみたいじゃないか!!」

狂ったように笑う弟の姿。
燐は、いや。修道者達も震え上がった。どこか哀れに見えてしょうがないが、ここまで傷つけたのは燐自身だ。
騙していたと自覚はしていたが、雪男の今の姿が実に痛々しい。そして、義父である獅郎の険しい表情を見て、胸がズキンと痛む。
燐は泣きそうになった。すると、雪男が燐に抱きついた。まるで幼子のように、縋るように。

「・・・姉さん。僕は姉さんの為に必死に努力してきた。今度こそ僕が守ろうと、そう誓って。それなのに、どうして裏切るの?お願いだから、姉さんはずっと僕だけの姉さんでいてくれ・・・」

「雪男・・・」

「ねぇ、誰なの?姉さんを騙した男は・・・」

「それは・・」

「燐、庇うのはやめろ!未成年の、それもまだ中学生に手を出す大人は普通じゃない!!」

庇う?庇うも何も、雪男の言う通り。自分は彼のことを何も知らない。
あぁ、やはり自分は愛人なのだ。わかってたことだ。割り切っていたはずだった。
学校から逃れる場所を提供してくれた。それだけで充分。でも、彼に強く惹かれて、どうしようもなく好きになってしまって。

「そいつの名前は?誰だ?俺の娘に手を出しやがったクソ野郎は!!」

「・・・・・」

雪男に義父、周囲の修道者達から責められて、燐の心は悲鳴をあげ、恐ろしい程に冷たくなっていった。
ひょっとしたら名前すら、偽名かもしれない。なら、バラしてもいいか。もう、いいや。だって、愛人だから。ただの自分の片思いだから。口許が、ゆっくりと彼の名を紡いだ。




―――メフィスト・フェレス




それが彼女の愛する男の名前。
その名を口にした途端、嘘のように場が静まった。

「燐、お前・・・今何て言った」

「姉さん、それ・・本当なの」

二人だけじゃなく、修道者達までもが信じられないと言いたげな顔だ。
全く意味がわからず、燐だけが混乱する。
そのときだ。外からのインターホンが鳴る。修道者の一人が玄関へ走り客人を迎えると、現れたのはメフィスト・フェレスであった。

「失礼しますよ、藤本」

「メフィスト!?」

獅郎が声を張り上げる。

「お前、どういうつもりだ!約束が違うだろ!時がくるまで、俺に任せると言ったじゃねぇか!」

「約束?あぁ・・確かに“養育”は貴方に任せました。しかし関わらないとは一言も言っていません。特に燐に限っては・・・」

メフィストが視線を、燐に向けて蕩けるような微笑みを浮かべる。

「迎えにきましたよ燐。さぁ、早く荷物を纏めて私と行きましょう」

「え・・あ・・・メフィスト、どうして・・」

「どうして?留守電の内容を聞き、居ても立ってもいられず愛おしい貴方を迎えに来たんですよ」

「・・・・っ」

燐の心に喜びが走った。あぁ、本当に彼だ。
来てくれた。自分を迎えに・・燐は抱きつきたい衝動に駆られるが、獅郎が燐の前に腕を伸ばして制した。

「待て」

「はい?」

「突然現れて、燐を連れて行くだと?納得できるか」

「・・・・・納得?理由は言わずともわかっているはず。彼女はもう心身共に限界です。流石の貴方でもこれ以上は手に余るでしょう?」

「・・・・父さん、どういう意味?」

「お前には、関係ない」

そう言う父だが、燐は当然納得がいかない。

「関係なくないだろ。どうして皆はメフィストのこと知ってるんだ?おれだけ知らないなんて理不尽だろ。教えろよっ」

嫌だ。自分だけが蚊帳の外。
燐が言っても、周りは口を閉ざす。決して告げてはならない、というように。

何で?どうして?教えてくれないんだよ・・・。

「おや藤本、燐にまだ告げていなかったのですか?」

「・・・くっ」

苦い顔でメフィストを睨みつける獅郎。
メフィストは愉快げに笑うと、パチンと指を鳴らす。

「では、私の元へくるか。それともここに居続けるか。燐に決めて頂きましょうか」

「え!?」

「燐。あなたはどちらを選ぶのですか。育ての親である藤本か、それとも私か」

「お、おれは・・・」

修道院か、それともメフィストの元か。
選択肢は二択。家族か想い人か。考えるまでもない。このまま修道院に居続けるのは迷惑でしかない。
自分は邪魔な存在で、秘密さえ教えられていない。それに愛する人が自分を望んでいるのだ。これは本望。

「・・・・メフィ、スト」

「姉さんっ!?」

メフィストが勝ち誇ったように口許を歪め、嬉々に獅郎へ言った。

「聞きましたか藤本。燐は私を選んだのですよ。育て親の貴方ではなくこの私を!これで“彼女の全て”は私のものです」

「お前、まさか最初からそのつもりで燐を・・」

「おや、何の事か」

わざとらしく笑うメフィストに、獅郎は舌打ちする。

「藤本、往生際が悪いですよ。それに、まだ貴方は燐に伝えていない“秘密”がある。何なら私が変わりに告げてさしあげましょうか」

くるりと燐に体を向けて、メフィストは口を開いた。

「燐の正体はあく」

「っもういい!!!」

まるでやめろ、と懇願するように獅郎は言った。

「わかった。お前の言う通りにしよう」

「父さん・・本気なの?」

雪男は目を丸くする。姉の親権を、義父はメフィストに渡すというのだ。
雪男にとってただ一人の肉親、双子の姉を。しかし獅郎の表情は強引に納得させた、というように悔しげに顔を歪ませている。

「雪男・・・お前もわかっているだろ。もう時間がないんだ」

「嫌だ・・僕は認めない!だってまだ姉さんは十五才で、時間は・・」

「雪男!」

「・・・・・・・」

父の声に、雪男はぐっと歯を噛み締めて俯く。

「そうムキにならずとも、春になれば同じ高校で会えますよ」

「は?」

燐は驚いて、メフィストを見つめる。

「燐、貴方は聖十字学園に入学してもらいます。あぁ、寮ではなく私の屋敷で暮らしなさい。その方が安全ですから」

「え・・え・・?」

まさかの展開。燐の進路が決定。しかも正十字学園。それは此の場にいる全員が驚いた。
メフィストは燐の肩を抱いて、強引に扉へ歩き「では、後で使いの者を送るので燐の荷物をお願いしますね☆」とウインクして颯爽と別れた。
だが、燐は見た。雪男の握った拳から、血がしたたり落ちるのを。また高校で会える。それなのに、何故か最後の別れのように感じた。




独特なピンクのベンツに乗車して、燐は訊ねた。
たくさんの疑問。彼に応えて欲しい。それしか、燐は知ることができない。

「なぁ・・メフィスト、どういうこと?おれが雪男と同じ高校に入学するなんて、嘘だろ」

「嘘ではありません。実は、私は正十字学園の理事長を務めているんです。一人くらい特別入学させても問題ありませんから」

「う、嘘・・・」

名門の理事長を務めるなら、彼の富豪さは理解できた。
だが、修道院との繋がりは何か。燐は問おうとした。

「あ・・・・っ」

ぎゅっと、抱きしめられる。

「燐・・・遅くなって申し訳ありませんでした」

「あ・・・・」

「電話越しでも、貴方の声はとても辛そうで、悲痛で・・どれほど悩み苦しんだことか。心配しました・・燐、よく耐えましたね」

自分を本気で案じる愛おしい声と温もりに、燐の目頭が熱くなる。
あぁ、やばい。本当におれはこいつが好きだ。愛人だと割り切っていたはずだけど、いざ彼を見ると恋しい想いが溢れてしまう。
そして、彼は来てくれた。自分を全て受け入れてくれる。もう我慢しなくていいのだ。片思いじゃない。だって、メフィストはおれを・・・。

燐は縋り、メフィストの背に腕を回して泣きついた。

「メ、メフィスト・・・メフィストぉっ!メフィストぉっ!!ありがとぉっ・・おれ、ほんとに迎えに来てくれるとは思わなくて・・疑って、おれ・・それなのに、ちくしょぉ・・格好良過ぎるだろぉっ!!」

「言ったでしょう、私はいつでも貴方の味方です。貴方を守りますよ・・・永久に」

「うぇ・・・うわぁぁぁんっ」

燐は泣いた。たくさん泣いた。
メフィストは彼女の頭を撫でて、存分に甘えさせた。

「ねぇ・・燐、よく聞いてください。近々、貴方に変化が起きる。でも心配することはないんですよ。私が傍にいます。必要な術を全て教えましょう」

「・・・ん」

「だから、これからは私の言う事に全て従ってください。約束できますか?」

心地よく響く彼の声を聞き、燐は微笑む。

「うん・・・メフィスト、一緒にいてくれるんだろ?」

「勿論ですとも」

メフィストは笑う。心から幸せそうに。
だが、その笑みは人間のものではない。欲深で、残忍で、狡猾な悪魔の笑みだ。

知らない大人からお菓子を貰って、ついて行ってはいけない。
美味しい物には裏がある。だから決して貰ってはいけない。近づいてはならない。甘さを知っては、貪欲に求めてしまうから。

甘い、罠に落ちることを知らず。
悪魔の罠は二度と抜けることはできない。甘い呪縛に囚われて、永遠に縛られ続けるのだから。






END

はい、完結です。
続編書いてて気づきました。
あれ?中二の秋って燐まだ十三才じゃん!!
誕生日は十二月だし・・やべぇと思いました。まぁ、相手はメフィストだからいいか。
ちなみに燐が最後の別れのように感じたのは、人間としての最後な訳で。高校に会ったときはもう悪魔として覚醒したときです。

[ 40/41 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -