I bite you!

「髪長いな」
そう言ってシュシュを掴まれ、私は咄嗟に振り返ってしまったものだからシュシュでゆるく結っていた髪はほどけた。
朝お風呂に入ったので、シャンプーの香りがほのかにした。


シャンプーの香りと共にそこにいたのはブライアン・Jだった。


頭が真っ白になった。

そこ証拠に後ずさりしてしまった。
思いもしない人物が、そこにいて、手には私のシュシュを持っている。
犯人は間違いなくこの人だ。
憧れのブライアン・J。
高校生の頃、何度動画サイトでISS搭乗の活躍を見たことか。
超懐いてきた同期の、超出世コース真っしぐらの奴がバックアップクルーとして付いている人物。
どうして自分に話かけてきたのだろう。

こんなことで頭が真っ白になってしまう自分は宇宙飛行士としてまだまだなんだろうな、とどこかで思っていた。



「ごめん、外れちまった」
屈託ない笑顔で話かけてくる。

「あ、いえ」
手にシュシュが返ってくる。
顔は心と裏腹できっとこういう時も冷静な感じなんだろう。
私は女性として可愛くなくできている。


シュシュは紺色で星や月なんかが散らばっている。
私の中の宇宙だ。
まだまだ小さい。

シュシュからブライアンに目を移すと、こちらを見てなにか観察していた。
見つめ返してみる。


「髪長いな」
一度言った言葉をもう一度言われる。
髪を一束持たれる。
不思議と嫌ではない。
伏目の憧れの人は3割り増しくらいでステキだ。
ブライアンの手は何度も髪を往復した。
「この色地毛?」
「そうだよ」
「綺麗だね」
「ありがとう」
少し茶色かかった色。
地毛は色素が薄いので学生の頃はよく生徒指導を受けるのが学年のはじまりの習慣だった。
色のことなんて言われる機会がないので、不思議とその時のことを思い出していた。


「なんで私に話かけたの?」
素朴な疑問を投げかける。
「日々人が懐いてるトラに会いに来た」
日々人は度々私のことをトラと呼んでいた。
カギにトラのマスコットが付いていたからなのだが。
ツンツンしている私にピッタリだと思ったのだろう。
「南波か」
「…日々人のこと嫌い?」
別に嫌いではなかった。
なぜか懐かれてなぜか嫌な気はしていなかった。
「普通」
目を逸らして言う私に
「つれないな」
つまらなさそうに答えた。



「長いって思うなら切ってよ」
髪を指に絡ませながら言う。
もちろん冗談のつもりだ。
「おれが?」
「そう」

少しブライアンは考えるふりをした。
「日々人に切ってもらえよ」
「やだよ」
「ベットの中でならいいよ」
ニヤリとする。
普通のおっさんならセクハラで訴えたいところだ。
「トラだから噛み付くよ?」
負けじとニヤリとする。


「トラって言うより…リスとかハムスターだな」
そう言って頬に手を添えられた。
その手をすかさず持って噛み付こうとする。


いくら憧れの人でも、初対面だ。
いくら育った文化が違ってもこれはひかれることはわかっていた。
噛み付く仕草だけする。

ブライアンに目を向けると
ふっと笑って
「そういうところが小動物なんだよ」

掴んでいた手の親指が下唇に触れる。



手に力は入らなくなってしまって、ブライアンの手はするりと抜けていった。
なかなか自分のことをトリッキーだとは思っていたが、2枚も3枚も上をいかれた。
自分の顔が赤くなっていくのがわかった。


「じゃあ今夜待ってるから」
唇に触れた手はふわりと宙を舞い、「バイバイ」としてくる。
年甲斐もなくウインクしてくるのはこの人だから許されるのだろう。
「…噛み付くんだから」
「はいはい」




冗談を真に受けるほど
子どもではないし
純粋でもない。

ベッドに行けばどうなるのかも知っている。

それくらいは大人だ。



でも

もう少しはやく産まれて
もう少しはやく宇宙飛行士になっていて
もう少しはやく女性として出会えていたら。

もう少しトラに見えただろうか。
もう少し子ども扱いされなかっただろうか。




足音が聞こえなくなったあとに小さく
「行かないってば…」と呟いた。

言葉は小さく生まれて小さく消えていった。

誰もいない廊下。

手で髪をくしゃりとした。









−−−−ー

かない!


[ 24/29 ]

[*prev] [next#]
[home]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -