何故彼女なのかというご質問に、お答えすることができません。こんな仕事をしておきながら、愛する人への言葉も満足に紡げない情けない男です。
誤解を恐れずにいえば、私にとって、彼女の姿形や性格がどれだけ優れているか、ということは全く重要ではありません。私にとってはすべてが愛しいのです。長い黒髪も、気の強い表情も、時おり見せる暗い眼差しも、その全てが私を引き付けるのです。一般的に好ましくないと思われる部分すらも可愛らしく思えてくるのです。もし彼女に似せた人形があったとして、私はそれほど人形には惹かれないでしょう。
なぜ恋人になったのか。それもまた、お答えすることができません。私にも分かりませんし、彼女にもきっと分からないでしょう。私たちはいつしか惹かれあい、恋人という関係になっておりました。愛の言葉を囁いたのは何度目かの朝だったかと記憶しています。彼女は私を好いているという確信がありましたし、それは間違ってはいませんでした。私の腕の中の美しい黒髪を撫でると彼女はほんの少し目を細めて答えてくれました。なるほど、これが愛なのか。私は唐突にそう思ったのです。
いったい、私のようなものが特定の個人に惹かれるなどと、誰が想像したでしょう。主君以外の者に惹かれるなどとは天をも恐れぬ大罪、だのにあなた方は呆れつつも許してくださいましたね。見に余るご厚意に心から感謝しております。私とてヴィンセントの名を名乗る者、あなた方に危機が迫った時には何があっても馳せ参じるでしょう。例え彼女に危機が迫っていたとしても。
いいえ、アレキサンダー様。これはそういった単純な話ではないのです。どちらが大事か、愛しいかを測れるほど、私は完璧な人間にはなれませなんだ。自分を選ぶ必要はないなどと、そんなことはおっしゃらないでください。アレキサンダー様は本当にお優しいかただ。けれどこれは私が決めたことなのですよ。彼女を軽んじているわけでは無論ありません。
といって、それを完全に判断できる人間など存在するのでしょうか。どちらかを選べば確実に後悔するような道を。……ああ、できる、と仰る貴方は流石です。エリアス様は確かにそれがお出来になるでしょう。後悔を背負える貴方様を私は強い方だと思うと同時に、僭越ながら少し心配をしております。要らぬ世話などと仰らずに。
私は紫を愛しております。一人の人間として、彼女を守りたいと思っております。同時に私は執事です。あなた方を守ために生まれそして死んでいく存在です。その私を彼女は好いてくれた。執事である私を。私は他の生き方など知りません。紫が愛してくれた私のままで生きて染んでゆきたいのです。
我が儘ですか。そうなのかもしれません。紫を置いて死んでしまうことになるのかも。もしそうなったならば、彼女に私の思いを伝えてはいただけないでしょうか。願いがあるとしたらそれだけです。私が命に換えても叶えたい願いはそれだけ。私は決して貴女を軽んじていたわけではないのだと。
私の口から伝えろなどと、そんなことを仰らずに。そんな風にしてはせっかくの美貌が台無しですよ。……嗚呼、またそんな風に苦虫を噛み潰したようなお顔をなさって。帰ってきますとも、勿論帰ってきますとも。あなた方や紫を置いてどうして死んで逝けるでしょう。彼女には強い人ですけれども、置いてなどいけません。私の知らないところで泣いてほしくなどありませんから。
どうかお許しください。あなた方の幸福と同じくらい、彼女が笑って過ごせることを願ってしまうことを。
……ええ、そう仰ると思いました。私は本当に幸福な人間です。この幸福を守るためならば、私はどんな試練にも耐えられるでしょう。



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