「こんなのもう耐えられないよ!」とレイニーは嘆きの声をあげた。まるで神に見捨てられたかのような悲痛な声である。
その痛々しさすら感じられる声に向けられたのは胡乱げな眼差しだった。

「うるさいぞレイニー」
「静かにしやがれ」

示し合わせたかのように揃った慈悲の無い言葉に、レイニーはついに涙混じりの声を上げた。それを聞いても、ハンネスには一欠片の同情心も湧かない。いや、ハンネスだけではない。この男に同情するような者はこの船にすら一人もいないだろう。

「ひどい!ひどすぎる!この世に神はいなくなっちまったのか!?」
「れ、レイニー……落ち着いてよ……」

先程の罵声と比べると何倍も弱々しい声が窘めるように言ったが、興奮でハイになっているらしいレイニーの耳には届かなかった。
落ち込むならずっと落ち込んでいればいいものを。全く、こんな時まで騒々しいとは迷惑きわまりない。

「ひどいじゃないか!ーーもう三週間も銃が撃ててないんだぞ!」

物騒極まりない嘆きの言葉に、三人の男たちは一様にため息をついた。




「し、仕方ないよレイニー……。だって船が故障しちゃったんだもの……」

華奢で弱々しい黒髪の青年――アルルは、おずおず、といったふうな声をあげた。
先日の略奪の折、運悪く大砲の弾が掠めて船の側面部に穴が開いてしまったのである。船大工に修理を頼むと1ヶ月はかかると言われ、この町に待機する羽目になった。
それで苛立っているのはこちらとしても同じなのだ。だのに、自分一人だけが悲劇のヒーローであるかのように嘆き悲しんでいる様を見ていると苛立って仕方ない。
ううう、とレイニーは悩ましげに身を捩る。その様がなんとも妙ちくりんでハンネスを更に苛立たせる。

「銃の音も硝煙の匂いも無い生活があと一週間も続くなんて……こんなの拷問だよ!」
「黙りやがれこのトリガーハッピーが」
「銃銃うるせーぞキチガイ。こっちだって暇で仕方ねぇんだからよ」

ハンネスと船長が容赦のない、しかし的を射た言葉を吐いた。レイニーはうわあん!と大げさに叫びながら、唯一自分を罵倒しないアルルに抱きついた。同い年だからか、砲撃主同士だからか、レイニーとアルルは仲が良いようだ。全く理解はできないけれども。

「アルル……おじさんたちが冷たいよ!」
「誰がおじさんだクソガキ」
「二歳しか違わねえだろうがタコ」
「うわあん二人がいじめるー!」

ぎゃあぎゃあとそれこそガキのように喚くレイニーに、アルルがふわあと困ったような声をあげた。おそらく、抱きしめる腕に力がこもったのだろう。常に迷惑をかけられていることを考えると、アルルにはもう少し同情してしかるべきだろうか。

「レイニーぃ……ちょっと痛いぃ……」
「ああごめんよアルル」

ぱっと手を離すとアルルがけほけほとせき込む。妙な考えが頭に浮かび、ハンネスは顔に胡乱な色を浮かべてレイニーを見やった。

「さっきからなにアルルにくっついてやがんだレイニー。ホモか?」
「ええ!? 違うようハンネス!」
「じゃあ何だっつーんだ」

恫喝するように聞くと猫目の青年は目を泳がせる。気味の悪い奴だという言葉を飲み込んで返答を待つ。本当にそうだったとしたら彼とは距離を置かねばならない。

「その、アルルは狙撃手だろう?だからなんとなく硝煙の匂いがする気がして」
「……はあ」

えへへ、と照れくさそうに頬を撫でるレイニーにハンネスは大きく天を仰いだ。処置なし、と同意を求めようと見やった船長は、「成程」と何故か納得したような顔をしていた。そういえばこの男は天然の気があるのだった。ハンネス自身カタギではない自覚があったが――これは、手に負えない。

「ああ、この船にはマトモな奴ぁいねぇのか」
「テメエハンネス、そりゃあどういう意味だ」
「そうだよおかしいよ!」
「……おい、お前にそんなこと言う資格があるとでも思っていやがるのか」

何故か参戦してきた、この中でも最もまともではないであろう青年を睨め付ける。一触即発の雰囲気の中でアルルだけがあわあわと震えていた。

「け、喧嘩はやめようよ……」

彼にしては大きな、おそらく勇気を振り絞ったのであろう声は頭に血がのぼった男たちによってスルーされた。ぎろりと凶悪な目線に睨みつけられた当の青年は、きょとんとした顔で首を傾げた。

「だってハンネス、君だってまともじゃあないじゃないか! この船に一人でもまともな人間がいるっての?」
「ああ……?」

困惑したような声が出る。自信たっぷりに言うことかそれは。
しかし船長は「確かにそうだな」とやはり納得しているし、アルルは何故か目をきらきらとさせていた。こいつら駄目だ、とハンネスは深く深くため息をついた。
こいつらと話すのはひどく疲れる、ということを再確認した。真面目に取り合う方が馬鹿なのである。

「おいレイニー、そんなに暇なら買い出し行ってこい。今日は魚料理にしてやる」
「えっ、ほんとうかい!? うう、それは魅力的…でも銃も、」
「あーうるせーうるせー、あと一週間したらバンバン撃たせてやるよ」

船長の気怠げな言葉にレイニーはぱああと顔を輝かせた。全く現金な男だ。一人ため息をつくハンネスなど意にも止めず、レイニーはスキップしそうな勢いではしゃいでいる。結局、この男はガキなのだ。腹立たしい程に。

「そうと決まったら行こうすぐ行こう! アルルも一緒に行くかい?」
「う、うん……役に立たないかもしれないけど……」
「そんなことはないさ! 世界は希望に満ち溢れているよ! さあ行こう!」

飛び跳ねるようにしながらアルルの手を引いて行く後ろ姿を見送って、ハンネスは深い深いため息をついたのだった。



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