六月のとある蒸し暑い日に、ケーキを作りたい、と雪永が言った。何かの記念日だとかで、一緒に食べたいのだそうだ。
いつもは僕が作るケーキやクッキーを食べるだけ食べておいしいおいしいと嬉しそうに言っている雪永が、自分で作りたいというのはどういう風の吹き回しだろう。そんな風に思わないでもなかったが、たまには自作ではなく雪永が作ったケーキを食べてみたいとも思った。だから、初心者で右も左も分からないだろう雪永に材料を買ってきてやった。生クリームと苺と、それからスポンジ。いきなりケーキを作るのは無謀すぎるから、デコレーションだけでもしてくれれば上出来だ。一から焼きたいと我が儘を言われたら僕が先導するつもりだ。
台所で材料を準備してあげている間、雪永は部屋で何かごそごそ作業をしていた。今更怒るつもりはないけれど、自分で言い出したくせに、と思わなくもない。
「雪永、ケーキ作らないの?」
「作るよ?」
その声が思っていたより近くで聞こえて思わず目を見開く。いつの間にか隣に移動していた雪永は、膝丈くらいの白いワンピースの上からレース付きのエプロンを付けていた。見た目だけは家庭的な女の子といった感じだけれど、いままであまり料理をしてくれた試しはない。今回はしてくれると信じたいけど。
「雪永、ショートケーキ作るんでしょ? 生クリームは絞るだけの簡単なの買ってきたから。それから土台になるスポンジがこれで…」
テーブルに置いたボールの中身と道具について説明している間も、雪永は青い目をきらきらさせて生クリームや苺を見ていた。そうじゃないかとは思っていたけれど、作るよりは食べる方に興味があるみたいだ。作りたいなんて、本当にらしくないと思ってたけど。
あまりにいつも通りの行動に呆れつつ、雪永でも作れそうなケーキのレシピを考えていると、ふいに柔らかなものが唇に触れた。
「っ、ん…!」
雪永の舌が進入してきて瞬く。ぬるりと口腔を駆け回る舌の暖かさと心地よさに、脳が痺れた。力が抜けた身体に雪永の軽い体が覆い被さってくる。唇が甘ったるくて柔らかくて心地良い。
思わず目を閉じて受け入れると、雪永の細い足が足の間に割り込んできて、じわりとした快感に震えた。薄く目を開けた視界に広がる白く綺麗な顔は幸せそうに笑んでいる。顔がひきつった。嫌な予感しかしない。
「なにしてるの」
「ケーキ作るんだよ」
「なら、こんな悪戯してないで…!」
「悪戯じゃないよ?」
こてん、と首を傾けて雪永が微笑む。天使みたいな、可愛らしい表情。普通の男だったら騙されるのかもしれないけれど、僕にとっては見慣れた顔だ。これは何かろくでもないことを考えているときの顔だ。
「あのね、これが悪戯じゃなかったらなんなの」
「えー、だって、エリーがケーキだもん」
「……は、」
「生クリームと苺乗っけるの!」
「雪永…」
そんな馬鹿な。
言うまでもなく衛生上よろしくないし、べたべたして気持ち悪いのが目に見えている。雪永はたまに変な悪戯をしたがるけど、こんなことをしようとするなんて流石に思ってなかった。どこでこんなこと覚えてきたんだろう。食べ物は大事にするんだよと教えたはずなのに。なんとか払いのけようと身を捩ってみても、のし掛かられた状態ではどうにもならない。
「暴れないでよ、俺のお願い聞いて?」
「そんな変なこと、嫌だよ…普通にするんじゃだめなの…」
「だってやってみたいんだもん! 一回だけだから、ね?」
強請るようにすりつくのがあざとい。雪永の場合自分が可愛いと自覚しているから厄介だ。会った頃よりかなり計算高くずる賢く、そして悪趣味になったような気がする。長いこと一緒にいたからかもしれない。
小さくため息をついた。ああ、もう仕方がない。不本意極まりないけれど、結局我が儘を聞いてしまうのだ。
「……僕、食べ物無駄にするの嫌いなんだけど」
「大丈夫!俺が全部食べるから!」
背を反らせてえらそうに言うのがなんとも子供っぼい。なんだかんだ甘やかしてしまうのもよくないな、と思いつつ大人しくすることに決めた。良くは知らないけれど、何かの記念日なのだそうだから。



「っ、ん、」
雪永が鼻歌を歌いながら生クリームのチューブを僕の上で絞る。水っぽい音と共に白いクリームが落ちて、なんとも言えないむず痒い感覚がした。
薄っぺらい胸の上に、クリームのチューブの先端が触れて少し身体が震えた。角の立ったクリームの上から真っ赤な苺が乗せられる。ケーキにするなら可愛らしい飾り付けではあるけれど、自分の身体の上でされていることを考えると狂気の沙汰としか思えない。こういうの、考えた人はどういう心理状態だったのだろう。
やっぱり止めておけば、と思う気持ちとこれくらい応えてやりたいという想いの狭間で揺らいでいる。僕も大概、好きな子には甘いのかもしれない。二度はない、と思いたい。えへへ、と笑う雪永の声があまりに幸せそうだから、仕方ないと思ってしまう。
僕の身体は薄いので、あまりクリームを塗るスペースはない。お腹や胸を中心にクリームが塗りたくられて、時折苺が置かれる。ひんやりしてべとべとして、ちょっと気持ち悪い。違和感に身を捩ろうとすると雪永がわーわー騒ぐので我慢している。苺が落ちちゃう!と騒ぐ雪永に内心ため息をついた。
本当に、見れば見るほど滑稽だ。人間の体にデコレーションするなんて。菓子を作るのは昔からしていたけれど、こんな発想はなかった。やっぱり雪永はちょっと変だ。これまでにつきあった相手が変だったのだろうか。
「ひ、っ、」
つらつらと考え事をするうちに、ちゅ、と音を立てながら雪永が僕の胸を舐めた。正確には、胸をコーティングする生クリームを舐めとっているのだけど、それでもじんわりとした快感が身体を痺れさせる。
「ゆ、きなが、やだ、」
「嫌じゃないでしょー?」
エリーのやだは本気じゃないもんね、と雪永がくすくす笑う。あんまり憎らしいから軽く頭を叩いてやりたくなった。半分くらい本当なのは自分でも分かってはいる。
「んっ、ん、んん…っ!」
ぐっと唇を噛んで、せめて情けない悲鳴が上がらないように耐えた。さらさらの長い髪が肌に触れる感覚が変にこそばゆい。雪永のさらりとした銀髪は上質なシルクのような感触で、頭が動くたびぞくりとする。
「ここ、真っ赤だね。イチゴみたい」
「ゆ、雪永のせいでしょ…!」
責めるように呟くと、雪永は愉しげにくすくす笑う。本当、顔は天使みたいに可愛いのにやってることは悪魔だ。
胸の頂が紅く腫れ上がっているのが自分でも分かって、気恥ずかしくてたまらない。雪永がしつこく舐めるせいでぴりぴりとした痛みが走っている。
「ん、ちゅ、」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら可愛らしい頬を赤らめながら恍惚とした表情で生クリームを舐めとり、時折僕の胸や肌を直接吸う様がひどく倒錯的に映る。雪永の小さな口腔の中で胸の先がなぶられて、背筋がぞわぞわと震えた。
「ん…エリーのおっぱい、甘いよ。女の子みたい」
ふわんと笑った雪永の言葉に、羞恥心よりも先になんともいえない感情が沸いた。これは、苛立ちだ。
「…へえ」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。けれど訂正する気にはなれない。なんだかもやもやする。
「どうかしたの?」
「…別になにも。僕は女の子としたことなんてないからわからないし」
ふっと目を逸らす。雪永がこんな純情な女の子みたいな顔をして男の人とも女の子とも関係を持っていたってことくらい、前から知っていたことだ。だから今更、怒ってはいない。僕だってあまり人のことは言えないのだし。
「…もしかして嫉妬してる?」
「別に怒ってないよ」
今度は目を見て言ったけれど、雪永は少し泣きそうな顔になった。秀麗な眉がへにゃりと歪む。
「だってエリーだって男の人としてたでしょ」
「……前はね」
「おれだって、エリーがずっと汚い男たちに触られてるの嫌だったんだから」
ぷくっと頬を膨らますのが本当に子供みたいだと思う。雪永の嫉妬は子供じみていて、真っ直ぐで可愛い。こういうときあまり素直になれない僕より雪永はずっと素直ないい子で、そういうところが好きなんだと思う。
「……ごめんね。僕が悪かったよ」
僅かな罪悪感に駆られつつもそっと頭をなでてやると、どこかほっとしたみたいな顔で雪永は笑った。
「いーよ。だって、今はおれのだもんね」
そう言いつつ、どこか確かめるようは縋るような目をしているのが可愛くて愛しい。口元に笑みを浮かべて、雪永の頭を軽く引き寄せて口づけた。舐めとりきれなかった生クリームや苺が肌と肌の間でくちゃりと潰れて、雪永の白い肌を汚した。口の中いっぱいに柔らかな甘い味が広がって溶けていく。口内をかき混ぜる熱。
「あ、ん、エリー、すきだよ、」
「…ん、しってる」
喘ぎの合間に切なげな声を出す雪永に笑いかけると、紅く染まった顔がふわりと笑む。生クリームと潰れた苺の白と赤がベッドに伝うのを、他人事のように眺めた。
ちゅーしよ、と幼い口調で言う彼に笑いかけて、軽く唇を開く。すぐに柔らかな唇が降りてきた。
「あむ、ん、ぅ」
舌先で潰された苺が雪永の口から入ってくる。生暖かくてどろどろしているのに、不思議と気持ち悪さはなかった。くちゃり、と湿った音が響く。甘酸っぱくて心地良い。そっと手を伸ばして頭を抱き寄せると、更に舌が奥深くまで入ってきた。
「ん、む、…甘、」
「…えへへ。二人で食べた方がおいしいでしょ?」
「そう、だね」
笑いかけてみせると、雪永はへにゃりと笑って見せた。
潰れた苺はまだたくさんあって、ついでに夜までまだまだ時間がある。しばらくこの甘い空間にいることになるだろう。何もかもが甘ったるくて、砂糖菓子のように溶けてしまいそうな気さえした。



あー、とベッドの上で小さくため息をつく。身体がべたべたしているし、苺と生クリームのせいでベッドの上が凄まじい惨状なのは分かっているのだけれど、風呂に入る気力すら沸いてこない。雪永にくっつかれているのは嫌じゃないから、このままでもいいような気がしている。それくらい怠いのだ。
裸のまま僕の体にぎゅうぎゅうと抱きついている雪永は、足をぱたぱたとさせながら顔をのぞき込んできた。
「ねえエリー、お腹すいたー。何か作って?」
「……我慢しなさい。あれだけ生クリームと苺を食べておいてもうお腹空いたの」
「えー、だって運動したでしょ」
「…む」
あれは運動、と言っていいのだろうか。確かにすごく疲れたし汗をたくさんかいたけど、運動なんてさわやかな言い方をしていい行為ではない気がする。
「……君がどうしてもって言うならいいけど。苺はともかく高カロリーの生クリームをあれだけ食べてたら…太るよ、雪永」
「っ!やっぱご飯いらない!」
びくっと震えて毛布を被る雪永を見ながらかるく笑う。雪永が容姿を気にしすぎるのは正直困りものではあるのだけれど、こういうときにはちょっと便利かもしれない。…なんて、思えるようになったのは本当に最近のことだ。醜くなるのは嫌だと言う雪永を宥めて、変わらないでいられる方法を考えて。その間、どれだけ大変だったことか。今となってはそれもいい思い出だけど。
別に容姿なんかどうでもいいのだけど、あまり甘いものを食べ過ぎて病気にでもなられたら最悪だ。長いつきあいになるのだから、ずっと健康でいてもらわないと。
だって、幸せな時間は長く続いた方がいいに決まっているのだから。



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