男とホテルに来るたび、安っぼい装飾とネオンが目に入る。
エリアスと寝る男たちはほとんど金と地位のある男たちだったけれど、入るのはたいてい安ホテルだった。その方が気楽で良い、とエリアス自身は思っている。
今日も他の夜と同じに、細い体に黒と白のモノトーンのセーラー服を纏っている。ニーハイソックスを穿いて、靴は黒のローファーだ。そうすると清楚な少女にしか見えない自分を知っていた。恥じらう素振りを見せながら、自分の腕を引く男の様子を伺う。きっちりとスーツを着込んで整髪剤で髪を固めた男は、自分は会社の役員だと言っていた。それが本当でも嘘でも、とりあえずはそう見えるだけで構わない。大人の男だと思わせてくれるのならそれだけで。
ベッドに掛ける男の隣に行儀良く座ると、優しく頭が撫でられた。その感触が暖かくて目を細めた。大人の男の節くれだった手に撫でられるのはひどく心地が良かった。亡くしたものが帰ってきたかのような錯覚。
やがてその手は腰を引き寄せるように下りて、エリアスの細い腰を撫でた。男は先ほどと変わらない笑みを浮かべたまま身を寄せてくる。頭の上の感触がなくなったことに寂しさを覚えながらも、大人しく男の胸に身を寄せた。
××ちゃん、と偽名を呼ぶ声が聞こえる。流石にこの場で本当の名を教える程めでたくはない。こんな時には自分の名を呼ばれた方が幸せなのだろうな、と頭の隅で思いながら男の期待に応えることにした。
膝立ちの姿勢になってゆっくりとプリーツスカートをたくしあげると、すんなりと細く白い脚が覗く。男の視線が脚線をなぞるのを感じながら、ふっと笑って見せた。
「僕、男ですよ。それでもしたいんですか?」
長い睫毛に縁取られた青緑色の瞳を挑発的に細めてみせると、男の腕が細腰を抱き寄せた。陶器のような滑らかな真白い太股を撫でられ、熱い息が漏れた。
「男としたいなんて変態なんですね、おじさま」
耳に息を吹きかけるように男の望む台詞を囁くと、噛みつくように口づけられる。荒れた厚い唇にじっとりと唇を食まれて頭の先が痺れる。ベッドに引き倒されて互いに息を交わしながら、かさついた大きな手が肌を這うのをぼんやりと眺めた。



薄く目を開くとまだ外は暗かった。寝入るまでの間執拗にエリアスを抱いていた男は裸のまま寝息を立てている。エリアスの眠りが浅いのはいつものことだ。
まだ男の腕の中にいたことに少し胸を逸らせて、おずおずと背に手を回してみる。触れた肌が暖かくてじわりと胸が滲んだ。鼓動の音が聞こえることが幸せに思えた。
自分の容姿が男の目を引くことは昔から自覚していた。子供の頃から、可愛いとか綺麗だとかそんな言葉ばかり掛けられていた。それが性的な意味を多分に含んでいることに気付いたのはいつの事だったろうか。今更思い返してみても判然としない。あるいは、気付く前に手遅れなっていたのだろう。
それなのにどうしてわざわざ女装するのかと言えば単純な話、そちらの方が相手の抵抗が少ないからだ。ほとんど女のように見えるとはいえエリアスは間違いなく男だ。やはりやめておこうなどと言われるのは業腹だったし、抱いてくれる相手を多少は楽しませてやってもいいと思っている。エリアスの貞操観念などその程度のものだ。何歳の時に奪われたのか、もう覚えていない。
――自分の異常性にはとうに気付いている。それが先天的なのか後天的なのか、自分でも良く分からない。不道徳で非健全なことだと分かっていてもやめられないのだ。どれだけ他人に止められようとも。それがどれだけエリアスにとって大事な人でも。
(……雪永、)
安いホテルのベッドで男と寄り添って寝ながら、可憐な少女のような友人を思い出す。



「また男の人と寝たの」
次の日の放課後の教室で、声変わりもしていない高い声がエリアスを責めた。窓から赤光が差して、リノリウムの床を染めていた。外からは部活動をする生徒の快活な声が聞こえてきていた。この場に似つかわしくないと思う。こんな話題も、そうさせる自分も。
問いかけの形を取った言葉はしかし疑問ではなく確信の響きを持っていた。帰り支度をしていた手を止めて、ゆっくりと彼を見つめた。青い色の瞳に涙が溜まっていて綺麗だと思った。可愛いと可哀想は似ていると、何かで読んだことをふと思い出した。
「雪永、こんな所でそんな話をしたら駄目だよ」
「そんなの今更でしょ。どうせネットにも写真あげてるくせに」
「特定されるようなことはしてないよ」
雪永はぶすくれた表情のままエリアスを睨んだ。怒りと悲しみと、それから嫉妬だろうか。様々な感情を含んだ青は不安定に揺らめいている。
「なんでそんなことするの。エリーには俺やアリアがいるのに」
「君たちのことも好きだよ」
寧ろ人としては彼らの方が好きだ。友人になれて良かったと思っているし、共にいて楽しいから。それでも、求めているのは彼らではないのだと体が言っている。彼らと寝るのは謂わば遊びに近い。初めは雪永だってそのつもりだったはずなのに、どうしてここまで拗くれてしまったのだろう。
「…馬鹿、エリーの馬鹿、」
エリアスの言葉に傷ついたのか、ついに雪永の大きな蒼瞳から涙がこぼれ落ちた。可哀想に。彼は本当に可哀想だ。エリアスのせいで傷ついて泣くだなんて。
「俺はエリーが好きだよ、エリーを抱く男たちなんかよりずっと大好きだよ…!」
「ありがとう。でも、きっと雪永のそれは愛とかじゃないよ」
何度も伝えた言葉を、噛んで含めるように繰り返す。雪永はいい子だけれども、少し依存心が強い。エリアスに懐くのだって、愛や恋などではなく依存でしかないのだろう。両親のいない彼は誰かに甘えたいのだと思う。甘やかしてくれさえすれば他の誰でもいいはずなのに、運悪くエリアスに懐いてしまった。その点に関しては悪いことをしてしまったと思っている。
エリアスとしても彼を甘やかすのは嫌いではなかったけれども、彼が自分への思いを愛情と勘違いしている事には少し困っている。愛と依存は違うのだと、もっとはっきり説明できたらいいのに。そうすれば、彼はもっといい人を見つけられるはずなのに。
「雪永は優しくていい子だから、きっと誰かが愛してくれるよ。大丈夫」
励ますように笑って見せたのに、雪永は悲しげな顔をしてエリアスの体を強く抱きしめた。細い指が背に食い込んで少し痛い。それでも無言で抱きついてくる彼が痛ましかったから、この程度の痛みくらい我慢しようと思う。
(かわいそうな雪永、)
誰にも愛されないだろう自分を、エリアス自身が一番良く分かっている。綺麗な人形はいつか飽きて捨てられる。だから期待もしないし失望もしない。水のように生きようと決めた。
愛していると言いながら家庭を壊す気などない男や、疑似恋愛のような事をさせて満足げに帰って行く男たち。初めに手を出した男など、いつしか声一つ掛けてこなくなった。飽きたか子供の頃よりは成長した自分は必要なくなったのだろうと思う。
つまるところこの顔と体以外は彼らにとっては無価値なのだ。エリアスにできるのは都合の良い人形として振る舞う事だけだ。そうすれば、暖かな手と一晩の優しさが与えられた。
両親を亡くしてから家族や教師に甘えることなどできなかったけれども、知らない男になら甘えても良い気がした。一度だけの拙い関係なら。一晩だけ体を貸して、その見返りとして甘えて。無条件で抱きしめてくれる腕は亡くしたから、そうして貰うために対価を払わなければならない。そう思えば、男に好かれる容姿をしているのは都合が良かった。
初めのうちは抱かれる事が怖かったけれど、気付いた頃にはそれも快楽として変換されるようになった。気持ちいいと言えば彼らは更に喜んでくれた。だから、それでいい。
ふと見下ろすと、雪永はエリアスのシャツにしがみついてぽろぽろと涙をこぼしていた。ただでさえ幼い容貌が涙に濡れて迷子の子供のようで、痛ましいと思う。可哀想だ、とまた同じ言葉がリフレインした。
「勘違いじゃないよ…俺は、ちゃんとエリーが好きだよ」
「雪永、」
「お願いだから、俺の側にいてよ…。他の奴になんか触らせないでよ…!」
「……」
雪永に力を込めて抱きつかれて身動きがとれない。彼も自分と負けず劣らず非力だから全力で振り解こうと思えば出来るのだろうけれど、そうしようと思えなかった。突き放した方が親切なのだろうと思いながらも、そうできないでいる。親のいない彼に一方的なシンパシーを感じているのかもしれなかった。
一つため息をついて、エリアスと些程背丈の変わらない彼の背をそっと撫でた。薄い背中だと思った。雪永はいい子だ。自分などとは違って。泣き方なんてとうの昔に忘れた。素直に泣ける彼がほんの少し羨ましかった。
彼が幸せになればいいのにと、願う資格もないのにそう思う。けれどその未来にはきっとエリアスはいないのだろうから、それは少し寂しい気がしていた。




コバルトブルーの心臓



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