本田有起+鈴科静


この男といるのは居心地が悪い。
今日になって何度目かの思考を再度繰り返す。ちらりと見上げた少年は穏やかに笑っていた。
否、不快なわけではないのだ。彼との時間は楽しい。本田という少年の察しの良さは鈴科にとって気遣いという形で現れた。決して鈴科を害するようなことはないし、むしろ救われたことも数知れない。だというのに、たまらなく居心地の悪さを感じている。彼は何一つ悪くはないと頭では分かっているのだが。
「鈴科くん、何を考えているのですか?」
にこやかに笑う男の問いかけに眉根が寄る。分かっていて問うているに決まっているのだ、この男は。彼は誰に対しても常に笑顔で(男には比較的冷たいにしてもだ)、感情を乱したところなど見せたこともない。鉄面皮と呼ばれる自分などより遙かにポーカーフェイスだ。その証拠に、鈴科は一度として彼を出し抜けたことはない。
「…別に。君には関係ないだろう」
自然と尖った口調になる。それでも本田は穏やかに笑うのみだ。涼やかに整った顔が微笑みを浮かべると、男だというのに憎らしい程に綺麗に見えた。いくら煽るようなことを言ったところで感情を乱さないのだ、この男は。
「僕には関係ないことですか。すみません、考え事の邪魔をしてしまいましたね」
「…別に、」
関係ないどころか当人のことを考えていたことに彼は気づいているだろう。どんな言動をしても優しく受け入れる彼が奇妙に思えた。同時に安堵する自分がどこかにいる。いつか、同じ笑顔で愛想を尽かされはしないだろうか。想像すらできないが、その日が来る可能性は否定できない。ただなんとなくその日も彼は笑みを浮かべている気がするのだ。
誰にでも好かれる本田とは対照的に、鈴科という男は友人を作るのが得意ではない。これまでそのことで悩んだことはない。参謀という立場にある鈴科は、一般兵となれ合うことを自らに良しとしてこなかった。情が芽生えると作戦に支障が出る可能性がある。作戦上はただの駒のように扱って、なるべくその数字が減らないように作戦を立てる。数字の中身に拘ってはいられない。敵の数を減らし、より多くの味方を生き残らせるのが鈴科の役目だ。
――なのに、この男は。
人に対して無意識に壁を張る鈴科に近づいただけではなく、するりと壁をすり抜けてみせた。壁を壊したのでもなく飛び越えたのでもなく、すり抜けた。そして、気づいたときには鈴科の横に収まっている。
何かの計算だろうかと考えて、すぐに否定する。否、何か判断材料があるわけではない。計算であってほしくはないというらしくない思考が頭に浮かんで、計算に狂いが生じる。計算ではなく、ただの友人であってほしいのだろうか。今更、そんな普通の学生のようなことを。
かたりとソーサーにカップを置く音に顔を上げる。目の前の男の瞳が僅かに気遣うような色を浮かべていた。
「鈴科くん。あまり考え込まないでください」
「考え込んでは、」
いない、と続けようとした鈴科を本田が目線で黙らせた。開き掛けた唇を閉じて彼を見つめる。艶やかな黒髪に映えた白い顔。
「いざとなったら僕たちが君を支えます。ですから、貴方は敵に勝つことだけを考えていてください」
「…そうだな」
そう、鈴科の仕事はそれだ。そうすることで味方を生かすことができる。私情にかかずらわって思考に乱れを来してはならない。そんなことは平和になってからいくらでもできる。裏を返せば、生き延びなければ平和に暮らすことすらできない。これは戦争なのだから。
「信じていますから」
「…ああ」
僕もだ、という言葉は寸前で飲み込んだ。目の前の男は全てを悟ったように笑みを深くして、カップの紅茶を飲み干した。



1st →#

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