ボクらの旅


 
「こんにちは、キノさん」
「…どうも」

ある日ある時ある国で、シズさんに出会った。シズさんは穏やかな微笑みを浮かべてボクに話し掛けてきた。横には陸くんも一緒。幸いなことに今エルメスは安ホテルで寝ている。陸くんに恭しく挨拶をされた。ボクは微笑って返した。

「滞在は何日かな?」
「三日…今日は二日目、明日出国します」
「そうか…、こちらはもうすぐ出国予定なんだ。残念だな…」

そう言って、本当に残念そうな表情を浮かべるものだから、思わずどきりとする。例え社交辞令でも、男の人にそんな風に接される事は無いから免疫がない。
故にボクはシズさんが苦手だった。

「…出国を一日遅らせようかな…そうすれば一日一緒にいられる」

そんな事まで言い出す始末でボクは唖然とした。本当にこのままのペースでは身が保ちそうにない。

「シズさんはこの後どちらに向かわれるんですか」
「一応、北の国に」
「ああなら残念ですがボクは北から来たので、他の方角へ向かうつもりですから」

ボクは普段より大分饒舌にそう言った。
これ以上シズさんに何か言われるのを避けたかったのかも知れないし、早くこの場を離れたかったのかも知れない。
シズさんは何かを言いかけて、止めた。

「そうか、じゃあキノさん、道中気をつけて」
「はい…そちらも」

こうしてボクらは別れた。ボクは直ぐに走ってホテルに戻った、そして寝ているエルメスを叩き起こした。
ほえ?やけに可愛い言葉を間抜けな声で言いながらエルメスは目を覚ました。ボクは先程の事を話した。それからシズさんは軽率だ、とか言葉をもう少し選ぶべきだ、とか文句を垂れる。

「……それって」
「何だい?」
「元王子様、キノが好きなんじゃないの?」
「…は?っ、ボクは、だから、そう捉えられ兼ねないような言い方をするのが軽率だって言ってるんだ!」
「さいで…まあ彼の気持ちがどうかはモトラドの知った所じゃないけど一個確かな事があるよ」
「……?」

ボクは思わず首を捻った。
確かな事?…シズさんの言葉が軽率な事くらいしか思い付かない。
エルメスはたっぷり間を溜めてこう言った。

「キノが、彼を好きだって事」
「なっ…何を言ってるんだ?そんな筈、」
「恥ずかしいけど嬉しいんだろう?それは立派な恋さ!」
「嬉しいなんて誰が言ったんだっ」
「そう言う割にさ、キノ…ずっと楽しそうに話してたじゃない」
「っ……」

ボクは口ごもる。堂々とそんな事ないって言えないのは何故?
頭の中がぐるぐるして、ぐるぐるして、訳がわからなくなって来た。

「キノ、もう会えないって事だってあるんだよ、旅人だからね。キノも彼も強いから皆無に等しい可能性だけど、死んでしまう事もあるかも知れない…そんな別れ方していいのかい?」

エルメスの言葉にボクは『キノ』の事を思い出した。
優しい彼は死んでしまった、ボクのせいで。
そして優しいシズさんにもその可能性は、誰かを庇ったり助けたり、何かしらが起こる可能性は、有り得る訳で。

気付いた時にはボクは走り出していた。

「行ってらー」

エルメスの気の抜けた声は届かなかった。




「シズ、さん!」
「、…キノさん?」

出国手続きを済ませ今正にバギーに乗り込もうとしているシズさんをぎりぎりの所で止めた。
ボクは全力疾走して弾む息をゆっくり整えながら喋る事を考えた。殆ど勢いで来てしまったから、何を言ったらいいかわからない。その間にシズさんが口を開いてしまうんだ。

「…見送りに来てくれたのか、ありがとう」
「え…あ…はい、」
「…その…凄く、嬉しいよ」

抑え切れないように笑顔を見せるシズさんに、それだけでボクは来てよかったと思えた。
深く息を吐き出して口を開いた。

「エルメスに、言われました、もう会えない可能性だってある、って。言われて、ボクは最後にあんな態度を取って別れたくないと思った」
「…どうして?てっきりキノさんは…嫌いなのかと思っていたけど」
「…何をですか?」
「いや…その…」
「シズ様の事をですよ」

言い淀むシズさんの横から陸くんがそう言った。ボクがシズさんを嫌い?まさかそんな風に見られていたなんて、
ボクは驚愕とも言える状態で目を真ん丸にしていた。

「キノさんが好きだから、嫌われていたら嫌だなって、とても思ったよ」
「っ、…そういう軽率な所は好きじゃないです」
「軽率?」
「勘違いする様な、言い方…」

ボクが視線を逸らしながら言うとシズさんが小さく笑ったのが聞こえた。なんて失礼な人だろう、ボクはやんわり注意したのに笑うなんて。
そう思っていたらいきなり手を引かれた、目の前には緑、優しく背に回される腕、…シズさんの腕の中に包まれていた。

「…好きなんだよ、本当に」
「だからっ…」
「キノさんが勘違いすると言っている意味で、好きなんだ」
「…、え…?」

ぽかん、としてしまった。
まさか、そんな筈は無い、

「ボクの勘違いと言うのはつまり…恋愛感情と言う意味で…」
「ああ、そう言う意味合いで言ったつもりだ」

抱き締められているから、シズさんの声が耳に響く。信じられない言葉が連ねられている声が、響く。
ボクはただ呆然としてしまって、声も出せなくて。

「…迷惑…だったら、突き放してくれていい」

そう言うシズさんにボクは考えた。シズさんが苦手だと思ってた。でもそれは違ったんだって今ならわかる。

「ありがとうございます……でも、ボクは住む国を探して旅をしている貴方とは違う…旅人だ…どうか、一緒に暮らせる、違う良い人を見付けてください」
「…卑怯だな…そんな言葉は」
「……すみません」
「キノさんが許すなら、一緒に旅をするのも悪くない、一生ね」

シズさんが抱き締める力を強めた。
ボクは小さく息を飲んで泣きそうになるのを必死で堪えた。

「な…んです…か…それ…」
「生憎、諦めが悪いんだ…そんな声出されたら尚更諦められない」

低い声で囁かれてボクは遂に抱き返してしまった。どうしようも無く、愛しい、と言う感情が溢れ返って、止められなかった。

「…好きだよ、キノさん」
「…   」



その日からボクの旅は、ボクらの旅になった。




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