少女・潮江のお話






視線で人を殺せるのではないか、という言葉を俺は今とても実感している。

まさにその殺さんばかりの視線で俺を見ているのは同じ忍たま六年の女子、潮江である。
普段よく眉間に皺を寄せた表情をする潮江だが、これは怖い。
とりあえず話を逸らすように、「どうしたんだ、俺に何か用か?」と言えば潮江の眉間の皺が更に深まった。

なんか更に殺気が強くなってる…!何で!?


「お前らいつまでそうやっているつもりだ?」


そう言われハッと七松を振り返った。


そうだった!さっき離れろと言ったのにも関わらず、相変わらずひっついている七松は現在進行形で俺の背中に乗っかっている状態だ。
潮江の剣幕が怖すぎてちょっと存在を忘れかけてたわ。


「七松、とりあえずどいて。このままじゃ話ができないから」

ちょっと困った風に言えば七松はしぶしぶと離れていった。
その際七松が潮江に「もんちゃんのケチ!」と悪態をついていたのを俺は聞いてないふりした。

背後からまた殺気が漂うのは、きっと気のせいだ気のせい…
七松のその度胸の強さは尊敬するけれどとばっちりを食らうのはごめんなんです。


(あー、背中が軽い。そしてスースーする)

腕をぐるりと回して、ついでに首の骨をゴキンと鳴らせば、丁度七松とじゃれているらしい潮江を振り返った。

七松の首に腕を回して、締めるような格好をしているのに対し、七松は潮江の腰に抱きついている格好だ。
七松はスキンシップ好きだよな、よく中在家にも抱きついてるし。

ぼーっと見ていたらソレに気付いた潮江が此方に気付いたらしい。


「な、何を見ている!」


なんか心なしか潮江の顔が赤いのは気のせいだろうか。


「いや、なんか、かわいいなぁと」


思った事をそのまま言えば二人して違った反応を返してくれた。


「わたしのことか!?」と喜んだ風の七松と

「…な、かわいいとか言うな!!!」顔を赤くさせて睨む潮江。


「二人ともな。お前ら、いつも仲良いよな」


微笑ましくて笑いながらそう言えば潮江は黙り、七松は「抱きついてもいいか!」と言ってきたので丁寧に断っておいた。



「あ、そう言えば潮江、どうかしたのか?」

初めに聞こうとしていた事を聞けば、潮江も忘れていたのか、そういえば、と思い出したように手紙を差し出してきた。


「小松田さんから預かった。名前宛てらしい」

「手紙?」

なんだろう、と受け取った手紙の裏を見れば俺の母からだろう、名前が書いてある。

母さん、と言えば今朝会った親父を思い出した。



―――お前、死ぬよ?


ゾクリ、と鳥肌が立った。


「なんか、嫌な予感がする…」


顔をしかめてそう言えば不思議そうな顔をした七松と潮江。


「なんだ、どうした?差出人は誰なんだ?」

興味深々に聞いてくる七松に母からだと伝えれば、「結婚か!」と叫ばれた。


「…やっぱり知ってるのか」

がっくりと肩を落とせば七松と潮江に挟まれる。


「やっぱり…ってじゃあ本当に結婚するのか!」

顔が近いです七松さん!


「いや、しないけど…っていうかどれだけ広がってるのこの話題!」


まさかもう既に学園中に広まっているんじゃ…!と真っ青になれば、七松に変わるように潮江が近づいてきた。


「今のとこ知っているのは俺達六人だ。…しないのなら、何故結婚なんて話になっているんだ」


六人って、立花に善法寺に七松に潮江ときたら、残るは食満と中在家だろうなぁ…
って、潮江さん顔近い!眉間に皺寄せて睨まないで怖い!

あまりにもしつこく聞いてくるので、立花に話したものと全く同じ内容を話したのだった。







「結婚しないと死ぬなんて、前例でもあるのか?」

一通り話し終えれば、怪訝そうに問うてきた潮江に、そう思うよな、と頷きながら答える。

「うん、だからそれを山田先生に聞いていたところを君らに聞かれた訳なんだがな」



「じゃあ私が結婚する!」

突然七松がはいはい!と手を挙げて言ってきた。


「お前もか、七松…とりあえず落ち着け」

「お前、も?…それは、どういうことだ?」

「はい!…いや、その、…実はさっき、立花と善法寺にも同じように言われまして…」


ギン!と潮江に睨まれて、思わず背筋を伸ばして向き直り敬語で話してしまった。



「「なんだと…!?」」


「うおっ!?」

いきなり立ち上がった二人に驚いて勢いで倒れそうになったのを何とか両手で支えた。


「仙ちゃんもいさっちゃんも抜け駆けだ!抗議をするぞ!もんちゃん!」


作戦会議だ!いけいけどんどーん!とよくわからん事を叫ぶと俺の部屋を出ていった七松。
続いて俺の部屋から出て行こうとした潮江を急いで呼びとめた。


「あ、潮江!」

「…何だ?」

「手紙、持ってきてくれてありがとうな」


わざわざ長屋まで来たってことは、少し俺の事を探させてしまったのではないだろうかと申し訳ない気持ちを込めつつ礼を述べる。


「……別に、礼を言われる程ではない」


少しの間の後、そう言って背を向けた潮江の耳が少しだけ赤くなっているのが見えた。


「でも、俺が言いたかったから」


ありがとな、と笑いながら言えば今度は何も言わずに去っていった。



(うーん、潮江って意外と照れ屋さん?)








「もんちゃん、なんか顔赤いぞ」

「…!気のせいだ!」








燎原之火(りょうげんのひ)
:広がる勢いが強くて防ぎようがないもの。


(何であいつの一言一言でこんな…くそっ!)

(ええい!バクバク煩い!収まれこの心臓!)




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