▽親友な立ち位置の竹谷視点。
「名前?」
授業が終わり、何となくすることがなくて、長屋の俺と同室である名前の部屋に戻った。
戸を開ければ、そこには床に寝転がっている名前の姿。
「…寝ているのか」
授業が終わるといつも雷蔵の近くにいるはずの姿が今日はなくて、雷蔵や三郎とどうしたんだろうか、なんて話をしていたのだが、どうやら長屋に戻って寝ていた様だった。
そっと静かに戸を閉めて、足音をたてない様にしながら室内に入る。
布団も引かずに無防備に寝ている名前の傍に辿り着くとそっと腰を下ろした。
寝息はとても静かで余程深い眠りについているらしい、その無防備な寝顔を覗いてみる。
何ともなしに、人差し指でその頬をつついてみたけれど、反応はない。
頭巾を取って寝たらしく、床に散らばった漆黒の髪と同じ色をした目は閉じられている。
こうして見ると結構睫毛が長い事に気付いた。
一年の頃から同じ組で同じ部屋で、それだけ長い事一緒にいれば、それなりに互いの性格を理解して、信頼できるくらいには共に過ごしてきた。
いつからだろうか、名前が俺の隣にいる事が少なくなったのは。
いつの間にか、名前がよく紡ぐようになったのは俺の名前じゃなくて、いつも顔を合わせて笑い合っていたその目はいつの間にか俺じゃない奴を見る様になって、
『八左ヱ門、雷蔵ってカッコいいよなー!』
『…ハチ、聞いてくれ。また!狐が邪魔をするんだ!折角雷蔵と一緒にいれると思ったのに!』
普段は落ち着いた印象を持つはずのお前が、唯一表情をころころと変えるその存在。
変わったのは、いつからだろうか。
少しだけ、寂しいと思うようになったのは、いつからだろうか。
「…ん、」
仰向けに寝ていたが小さく身じろいで俺の方に寝返りを打った。
外は茜色に染まりつつある。もうすぐ夕食の時間だ。
流石にこのまま寝せるわけにもいかないだろうと、その肩を揺さぶって名前を呼んだ。
「名前、起きろ。」
「……ぅん?」
「もう夕食の時間だぞ」
ゆっくりと目を開いた名前は、何度か瞬きをした後ようやく俺の存在に気付いたかのように此方を見た。
「…ハチ、……もうそんな時間?」
肯定するように頷けば、横に向いていた体を仰向けにして、大きく伸びをした後、あくびを一つ。
その姿はまるで猫のようで可愛いと思う。
口に出して言う事はしないけど。
「えらくぐっすり寝てたな。そんなに眠かったのか?」
「んー、なんか、眠かった」
あくびのせいで涙が出たらしく、袖で目を拭っている姿を見ながらそういえば、と話を切り出す。
「雷蔵と三郎がお前がいないって心配してたぞ」
「…雷蔵が?まじでか!」
「おう、あと三郎もな」
「そっかー、雷蔵が俺の事…」
三郎の事は無視するつもりらしい。
余程嫌われているんだな、と三郎を少し哀れに思った。
まぁ、名前からしてみれば、恋敵?のような存在なのだから仕方ないのかもしれないが、三郎の気持ちを知っているこちらとしては複雑な心境である。
ゆっくりと起き上った名前は大きく腕を上げてもう一度伸びをした後、頭に手をやった。
どうやら頭巾がない事に気付いたらしい。
それを横目で見ていた俺は、床に置かれていた頭巾を手に取って渡した。
「おー、ありがとう、ハチ」
そう言って笑う名前に俺も笑って返した。
『ハチー、俺さ、雷蔵の事、好きなんだ』
――コレ、内緒な?
そう言っては笑ったけれど、きっとそんな事は名前の普段との態度の違いで誰だって気付いているだろう。
――八左ヱ門、お前だからこんな風に言えるんだ
――お前だから、
ああ、俺は名前の親友だもんな。
たとえ、名前の情が雷蔵だけに向いていても、
たとえ、その事に周りが既に気付いていても、
今までの様に、俺は名前の親友なのだと、
俺にだけは名前の口から本音を聞く事が出来るのだと弱音を吐ける存在なのだと、そう思っていてほしい。
それは名前の大好きな雷蔵でも、(でも本当は雷蔵もお前を好いている)
実はお前の事を好いている三郎でもなく、(お前は気付いていないだろうが)
それだけは、俺だけの特権だと思っている。
そうでありたいと思っている。
「さて、食堂に向かうか」
そう言って立ちあがり、手を差し出す俺に、
「おう」
笑顔で何の躊躇もなくその手を取る。
「腹減ったなー」
「んー、なんか豆腐食べたい」
「お前、兵助じゃないんだから」
「あいつと一緒にするなよ!急に食べたくなるのって偶にあるだろ」
「あー、あるなぁ」
「だろ?」
今でもこうやって、馬鹿を言って笑いあって、昔とは違ってしまったけれど、すぐに手を差し出せるくらいには近くにいる。
悩みがあれば相談にだって乗りたいし、良い事があったなら喜びを分かち合いたい。
これからもこんな風に、隣にいたい。
そう思うくらいは、いいだろう?
部屋を出て、歩いていれば同じ姿をした二人が見えた。
それに気付いた名前が「雷蔵!」と嬉しそうに駆けだすのを見て、俺もその後に続いた。
ちいさなつぼみそれはあまりにも近くにいすぎて、気付けない
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