花より団子な彼ですので





潮江文次郎は後悔した。


確かにちょっと急いではいたのだ。
早く委員会に行ってあの無駄に積まれた帳簿の整理をしなければと少しでも移動時間を短縮しようとしてこの道を通った。

この道は人通りも多い事もあり、それを狙ってかそうじゃないのか四年の綾部が良く穴を掘っているが印だってついてるしちょっと気を配れば避けられる範囲。
そう思いながら通っている最中、目の前の光景を目にして後悔した。


(なんで俺はこの道を通ったんだ…!)


その光景とは。
気持ち悪いくらいにさわやかな笑顔の食満留三郎とその食満に現在進行形でお姫様抱っこされている、あれは四年い組の苗字名前。

見ているこっちが気の抜けそうな、言葉にするならばふにゃりとした笑顔の名前は「ありがとうございます、食満先輩」と言っていて、ああ、また穴に落ちかけたのかと悟った。

確かには学園内でも人一倍落とし穴に嵌りやすいらしく、自分も何度か助けてやったことがある。
最近は、現在進行形で姫抱きなどしている同級の食満が率先して助けているようだが。


(というか何故未だに姫抱きをしているんだあの男)

(そして何故それに不審を抱かないんだ)

思わず足を止めてしまってちょっと嫌なものを見てしまったがさっさと通り過ぎようとしたけれど、何も気にしていない二人の会話を耳にして再び足を止めざるを得なかった。


「食満先輩はいつも大変ですね」

「うん?何がだ?」

「俺みたいに毎回落とし穴に落ちちゃう人助けて、そのせいで食満先輩の邪魔をしてるんじゃないかと思うと申し訳ないです」

「そんなことはないぞ!名前を助ける為なら、俺はいつだって駆け付けてやる!名前の為なら例え火の中水の中っ!任せとけ!!」


目に見えない砂が口から出た気がした。
そして気付いたら叫んでいた。


「お前、気持ち悪いから止めろ!!」







食満留三郎は今、とても幸せだった。

何しろずっと思いを寄せていた後輩の苗字名前をこうやって助け、自分だけに笑みを向けられているからだ。
初めてと会った時は何て鈍臭い子なのだろうと思っていた。
何しろ自分がを目にする時は必ずと言って良い程、穴に落ちそうになっていたり、既に落ちていたりするから。

それを見つけては助けている自分に、ありがとうございます、とほにゃりとした柔らかい笑みを向けられていくうちに、気付けばの事を考えるようになり、その姿を探すようになっていた。

そして、同級生の滝夜叉丸達が名前を助け、あの笑みを向けられている姿を目にして、とても嫌な気持ちになっている自分に気付いた。


ああ、自分は名前の事を好いているのだ。
自分以外がを助けて、その笑みを向けられるのが嫌で嫌で仕方がない。

そう気付いてから、自分は率先してを助けるようになり、今では、名前が穴に近づくと第六巻が働くようになった。

例えるなら、虫の知らせのようなあれである。

先日も深夜に熟睡していた俺がその知らせを感じた瞬間目覚め、素早い動きで外へ行き、厠へ行こうとして穴に落ちそうになったを助けたことがあった。
それを何事かと驚いて起きた同室の伊作に、おかしなものを見る様な目で見られたこともあったが、そんなことはどうでもいい。


今、こうしての笑顔を見られるだけで、とても幸せなのだ。
そんな幸せ絶好調の中、


「お前、気持ち悪いから止めろ!!」


それを邪魔する潮江の存在に、食満は大層不機嫌になってしまった。


「何だとゴルァ!」












突然言い合いを始めた食満と潮江を名前はほんわかと見守っていた。

食満先輩はとっても良い人である。
いつも穴に落ちそうになる自分を助けてくれる、とても優しくて格好良い食満先輩。
潮江先輩も前に何度か助けてもらったことがある。言い方がぶっきらぼうではあるけれど優しい先輩である。
わたしは良い先輩達に恵まれているなぁ。


うふふ、と笑う声に気付いた食満と潮江がを見た。

「食満先輩と潮江先輩って仲が良いですね」

とてもうらやましいです、とほにゃりと笑う名前に、


「ちげぇよ…」

「名前、絶対にそんなことはないんだぞー」


険しい顔を一気に笑顔満開に早変わりさせて答える食満の姿を間近で見てしまった潮江は
やる気が失せたのか、相手にするのも莫迦らしいと悟ったのか、何も言わずに去っていく。
遠ざかってゆく潮江を気にする風でもなく、食満は名前に微笑んでいた。


「食満先輩」

「うん?どうした、名前」

「本当にいつもいつもありがとうございます」

「いや、俺がやりたくてやってるんだからな、名前は気にするな!」


そう言って笑う食満の頬は微かに赤い。
しかし笑顔はキラキラと輝いていて、まるでヒーローのよう…「何してるんだ、喜八郎」



「…滝。今、実況中継ちゅー」

「何だ、それは…?(穴掘ってないと思ったらコレか…)」

「あれ」

「あ、食満先輩と名前」

「あの人はを姫抱きなんかして何してるんだ…」

「この前もしてた」

「あはは、仲が良いよね〜」

「莫迦、見るな。馬に蹴られるぞ」

「馬というか食満先輩に蹴られそう」

「その前に名前からしたら恋ですらもないんだろうけど」




花より団子な彼ですので




「食満先輩、僕…」(ジッと見つめる)

「…な、なんだ、?」(ドキドキ)

「今日の夕御飯なんでしょうか…お腹がすきました」

「………そうだな。…饅頭あるぞ、食べるか?」

「…!!食満先輩大好きです!」

「…!!おう、俺も好きだぞ!!」


まぁ、幸せそうだしいいんじゃない?





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