独占欲のアドバンテージ(土新/ぱちたん2014)
2014/08/12 00:00

照り付ける太陽光、真夏の湿った暑さは、じわじわと身体にまとわりつき、容赦なく土方の体力を奪う。
……ああ、くそう。
一人、低く唸る。
先程まで冷房の効いた店内にいたせいで余計に熱の回りが早く感じる。
自分が吐き出す吐息すら熱い。額に滲んだ汗を拭う。
しかし、こんな茹だるような暑さの中でも、この歓楽街の喧騒は何一つ変わらないらしい。
あちらこちらで賑やかしい人々の声が飛び交う。
それだけで、この街の気温は二、三度上昇している気がする。
ええい、暑苦しい。頼むから他所でやってれ。
くわえた煙草を、噛みちぎりそうなほどに噛み締めてしまう。
土方は、う、と短く呻くと、その口内でちぎれ掛けた煙草から口を放す。
舌打ちを鳴らし、口元に僅かに付着していた綿糸を地面に吐き捨てる。
胸元から取り出した携帯灰皿に、そのまだ吸い足らない火種を、後ろ髪引かれる気持ちを押し留めながら、押し付け、揉み消した。






いらっしゃいませー。可もなく不可もなく、トーン高めの抑揚のない店員の声が土方を迎えた。
オアシス……。炎天下を、ここまでひたすらにてくてくと歩行してきた土方は、出迎えるように開いた自動ドアの内側で数秒足を止め、自分の汗がみるみる引いていく感覚に酔いしれた。
ふと、カウンター越しに己を見る店員の視線が怪訝そうに細められていることに気が付き、土方は咳払いを一つすると、何でもない、という顔を取り繕う。
明るく落ち着いた店内に響く、格式高そうなクラシック音楽のBGMの良さは、そっち方面の教養に欠ける土方にはよく分からなかった。
広々とした店内には、壁際、中心部と、等間隔にガラス張りの陳列ケースが整列している。
土方は、店内の中心に向かって足を進めた。
するとカウンター越しに土方を見ていたその女性店員は、土方の辿り着くガラスケースの前に導かれるように先回りし、ピンと背筋を伸ばし微笑んだ。


「いらっしゃいませ。お客様、本日はどういったお品をお探しでしょうか」


先程までの訝しげな様子は微塵も残さず、完璧な営業スマイルを向ける女性店員だった。


「……あ、ああ、その―――」






「んむぁ……もう食べられませんから……いやほんと……ごちになりますぅ……」


むにゅむにゅ。新八の口許から滴る、可愛いげのない涎を土方は眺めた。
新八は、ウヒヒ、ウヒヒと寝言を繰り返し口元を緩ませている。


「……アホ面」


土方は、煙草を灰皿に置くと、徐に枕元の携帯電話を手に取り、カメラを起動させる。
眠る新八の横顔にピントを合わせ、シャッターを切る。
二、三度繰り返し、撮れた画像を確認すると、土方は満足して携帯を枕元に戻した。
……さて。
気を取り直すよう、土方は短く息を吐く。
アホ面、と称した新八の寝顔を数秒間眺めると、土方は慎重に手を伸ばした。
羽織っただけの着流しの裾が新八の剥き出しの肌に振れぬよう捲り上げる。
……起きてくれるなよ。土方はじわりと汗を滲ませながら脳裏で囁く。
土方の手が慎重に、目指すは新八の左手。ペタリ、と汗で湿った新八の手の甲に触れると、土方はごくりと唾を飲み込み、それをそろりと持ち上げた。
すると「うー」っと唸りながら身を捩った新八に、ぎくりと肩を震わす。
息を殺し、耳をそばだてると、新八から漏れる定期的な寝息に胸を撫で下ろした。
改めて、気を取り直し、土方は新八の手に意識をやった。


「……」


…………。
ここまできて、土方の動きが止まる。
…………どうしよう。
顎に手を当て、分かりやすく考える素振りをする。


はて、一体、どうしたら指のサイズとは計れるものなのだろう。






「しっかりやれよ」と爽やかに笑みを浮かべ土方を見送った女性店員の顔が、脳裏からなかなか消え去ってくれない。
土方はチッ、チッと繰り返し舌打ちをする。
これだから、慣れないことはするもんじゃない。


『――― いらっしゃいませ。お客様、本日はどういったお品をお探しでしょうか?』


慣れない店の空気にも気圧されてしまったのか、どうにも上手く立ち回れずに流されてしまった感じだ。


『あ、ああ、その、』


勝手が分からずまごつく土方の言葉を、営業スマイルを張り付けた店員は背筋を伸ばし待った。


『……出来るだけシンプルなヤツで……日常生活なんかに支障をきたさない感じの……』


土方は、どうしてだかその店員の顔から次第に視線をずらしながら、思い付く限りの少ない要望を店員に伝えていく。
すると店員は『なるほど』と一度頷くと、今までの業務的な微笑みを少し崩し、恐らく素に近いのであろう柔和な笑みをこちらに向けた。
よく見れば、なかなか良い顔立ちをした女性店員だった。素を見せた柔らかい微笑みは、不思議と見ている側の気分を落ち着かせる。
……それは、誰かに似ているような。
土方は思ったが、直ぐにそんなことは忘れてしまった。
慣れない空気感からくる緊張で、土方の思考の回路は、割りとそれどころではなかったからである。


『サイズは、その……こんなもんで……』


と、店員に向かって自分の手を差し出したところで、土方はハッと我に返った。
店員は、我に返り固まってしまった土方の手を見下ろした。
所謂、「銭よこせ」のハンドサインに酷似した、それである。
というか、まあ、形的にはそのまんまなのであるが。
じわじわ発熱し始める顔を、恐る恐る持ち上げた。
店員は、徐にそんな俺のハンドサインに手を重ねる。


『―――おまかせください、お客様』


バチコーン!とでも擬音が背中に付きそうなウインクを放ち、親指を立てられた。
「付き合いたてのカップルさんかな!?」「初心かな!?」と顔とバックグラウンドで言われているような気がして、熱が一気に上昇する。


……と、まあなんやかんやと、思いの外フランクな人柄を露見した女性店員の余計な気遣いもあり、無事に、というか、なんとも言えない感じではあったが、当初の予定通りに『物』を手に入れることが出来た。
溜め息にも似た深い息を吐き、土方は、不自然に膨らんだズボンのポケットに触れる。
真夏の陽射しは相も変わらず、天辺から地球ごと土方を焼き続けている。
だから、この、体の内側から熱くなるような感覚も、きっとそのせいに違いない。
こんな真夏の太陽の下、祝福を受けて生まれた誰か。
そんな誰かのことを思う。
……馬鹿馬鹿しい。そんなことを考える土方は、うっすらと微笑みを浮かべている。
―――こんなもの、贈ったところで、一体何になるというのか。
こんなもの、お前は俺の物だと、唾を付けるような話だと。
左手の薬指にキラリと光る銀色が、夏の陽射しを反射する。そんな風景を脳裏に焼き付けた。









万事屋は、今日も狂ったように蒸し暑い。
窓も玄関も開け放ち、いつぞや手に入れた古ぼけた扇風機は、ガチガチと在らぬ音を立てながらも今日も全霊で空気をかき混ぜている。
……が、一向に体感温度の冷えは感じず、この体たらくである。
銀時は、いよいよエアコンの導入を考えたが、……ああ、でも金も仕事もないんだった……と直ぐに諦めの境地へと達する。
ぐったりとソファに寝転び四肢を投げ出していた銀時は、重たい身体を起こすと、背もれ越しに目を凝らし、洗濯物をせっせと天日に干しているその背中を見る。
鼻唄でも聞こえてきそうな、浮かれた背中だ。
更に目を凝らすと、時折、照り付ける陽射しが左手の薬指に付いた、誰かの独占欲の証に反射して、ギラギラと白色に煌めいていた。


「……」


銀時は、ふんっ、と鼻を鳴らすとまたソファに寝転び、そして目を閉じた。


「あーヤダヤダ。これだから、夏はイヤになるね」





【独占欲のアドバンテージ】


8.12.Happy Birthday 新八くん!!!!!!!

一生愛す



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